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宇宙の新星人たち【本編(3)】  作者: イプシロン
第1章 生と死――秩序と怨念
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第14話 開戦前夜―前哨戦

 地球軍が隊形を整え終えたころ、ツァオベラーの聖戦団もアメミットによる神託という名の情報分析を受けて、土星のマックスウェル泊地に参集していた。

 大小さまざまな形状の氷が漂流する、リングに挟まれた宇宙空間には、ブルーイッシュグレーに塗られた艦船が、舷側を擦り合わせるようにして待機していた。

 船体の良く見える箇所にはツォベラーであることを示す標識である、傾けられたスワスチカ――ハーケンクロイツ――がマーキングされていた。またそれとは別に、各艦の船首には戦団名を表わす絵図――鎌首を持ち上げたコブラ、牙をのぞかせている半人半獣、怒りに満ちた能面のような顔、薄気味悪く笑う蝙蝠こうもりほうきにのった魔女など――が描きこまれていた。こうした外観は、リングを持つ土星の雰囲気とあいまって、不気味な空気を漂わせていた。

 ツァオベラーの聖戦団はそろって泊地を出たあと、団形を整えると超光速航行に移行して四時間後には小惑星帯に姿を見せはじめた。その数、百八十隻あまりだった。


 総数、約三百隻の地球軍は第四艦隊が前衛となって、そのやや後方には、第五、第六艦隊が左右に開いてつき従っていた。また第五、第六艦隊の後方には、到着したばかりの海兵隊の第八艦隊が位置についていた。そして、そこからかなりの距離をとった宙域には、約六十隻の三個潜宙戦隊と、DOXA所属の宇宙船二十隻が待機していた。


 戦団を二分した聖戦団は、後衛の「アズライール」の前方に進出した「バハムート」から、偵察団を放って哨戒行動に入っていた。偵察団はありとらゆるセンサーを駆使して地球軍をセンサリングしていた。

「団長、奇妙です。ここまでくれば電波も質量も傍受できるはずなのですが、何の反応もありません。情報ではこの宙域には潜宙艦が潜んでいる。そのはずなのですが……」

 黒い画面に緑色の点や線、文字を浮かび上がらせている計器を睨んでいた男が、顔もあげずに報告していた。

「あ奴らの潜宙艦はやっかいだからなー。かといってセンサーの出力を上げようものなら、こちらの化けの皮が剥げるというものだ……。まあよい、油断さえせねば大事にはならんだろう。監視を続けろ!」

「ナアム・ファヘムト!」

 計器を見ていた男が――了解しました! という意思表示をした。


 地球のペプタゴンにある軍令部中央司令室にはムーシコフの姿があった。薄暗い室内で明滅する、デジタルモニターに囲まれた男の顔色は、まったく読み取ることが出来なかった。

「第四艦隊は行動を開始したんだな?」

「そのようです、長官」

「そのようですじゃ困るのだよ……。とにかく正確なデータが欲しいんだ。多少時間はかかっても良い、確証がとれた情報だけを教えてくれ」

「は! 了解しました」


 ネバダ州にあったバベルの塔の最高議長室には、トロイヤとユピテール、ハウとエリス、そして車椅子に乗ったガデアンの姿があった。

 引き上げられた丸テーブルにあるモニターには、軍から送られてくる映像が映し出されていた。そこには、薄いカーキ色の制服を着た男と女が、せわしなく動きまわっている姿があった。誰かが言葉を発すると、その人物のいるあたりの画面から声が聞こえてきた。

「ああぁぁー、なんだか苛々するわ! 早くはじまればいいのに! と思った三秒後には、このまま何も起こらずに今日が終わればいい。そう思うのよ……」

「お嬢様、少し落ち着いてください」

 ガデアンは久しぶりの再会を楽しむように、柔らかな表情をしてユピテールに話しかけた。

 しかし、それでもユピテールは部屋の中をウロウロと歩くことをやめなかった。

「なにかまだ出来ることがあるんじゃないか? そればかり考えちゃうのよ……」

「ユピ、頼むから座っていてくれないか……。こっちまで苛々してくるんだ……」

 天真爛漫なユピテールの素行には慣れているトロイヤも、緊張のあまり、さすがに悲鳴をあげた。

「ああ、だめ……胃が痛いわ。ちょっと医務課にいって薬をもらってくるわ……」

 ユピテールがそういってその場を去ると、嘘のように空気が和らいだ。

 しかし、不思議なことにハウもエリスもガデアンも、気がつくとユピテールの話題を口にしていたのだった。


セキ大佐。第四艦隊が敵を捕らえた模様です! 敵はまだこちらに気づいていないようです。……あ、待ってください、詳細な報告がいま……――」

 紺色の制服に制帽姿のセキ大佐は、通信士の言葉を最後まで聞いて数秒たってから口を開いた。

「第四艦隊に通達。偵察隊を放って囮としろ。偵察隊は敵に発見されしだい、全力後退して敵を艦隊前面に誘い出せ。第四艦隊は敵を探知ししだい全力後退して敵を引き寄せること。以上だ」

「は! 命令伝達します!」

 通信士は回線を開くとがなるように叫びだした。

 この作戦にあって、セキ大佐ほどの適任者はいなかった。慎重といえば慎重であり、憶病といえば憶病といえた。しかし、決断すべきときに逡巡しない男。それがセキ大佐であった。


「マフデト、月と地球の様子はどうなっている?」

「ははー、それがですね、まったくやる気が見えんのです……」

 ヒドラはこの日のために、服装を一新させていた。長さの違う角が突き出た兜をかぶり、大きな肩当てをいからせ、胸の前では幅のある分厚いベルトを交叉させていた。腰からはキツネの尾のような毛足の長い房をたらし、足元は分厚い生地のブーツで固めていた。そして、その上から丈の長い黒いフードを羽織って全身を覆い隠していた。

「三個艦隊は、あいも変わらずパトロール中ということか……」

「御意」

「では、ヘルメスに連絡せよ。儂からの指示がありしだい、艦隊を発進させらるように待機させよ、とな」

「御意のままに……」

 マフデトは礼を返すと、裾を引きずって通信席へと滑り込んでいった。

「しかし解せぬな……」

 台座の上に乗せられた豪華なソファーに座っていたヒドラは、ふんぞりかえってから肘掛に腕をのせると、色の違う瞳で虚空をキッと睨み据えていた。


 そのとき、星々が散りばめられた漆黒の空間で、二つの勢力は同時に敵を発見した。第四艦隊の偵察隊と「バハムート」の偵察団が接触したのだ。

「団長。見つけましたぞ!」

「いたぞ、敵だ! 奴らだ!」

 二つの偵察部隊は即座にノズルから炎を噴出させた。一方は前進し、一方は後進をかけた。

「なぜ逃げる!? やつら、ただの長距離偵察団なのか?」

「急げ! 全力後退だ!」

 偵察隊と偵察団は鼻っ面を向け合ったまま同じ方向へと機動していた。しかし、聖戦団側の加速が勝り、二隊の距離はしだいに詰まっていった。

「まだ射程には入らんのか? 本団への通信は怠りないだろうな?」

「くそー、このままじゃ奴らに撃たれるぞ! おい、もっとスピードは上がらんのか?」

 射程まであと三十秒と迫ったところで、偵察隊は百八十度回頭して、後部ノズルを全力噴射した。と同時に偵察隊は大出力の電波を宇宙にばら撒きながら、本隊に状況報告を入れたのだった。

「ええーい、くそー! あと少しで射程に入ったものを!」

「団長。やつら強力な電波を発信しました。恐らく近くに本隊がいるものかと!」

「すぐに逆噴射じゃ! それからバハムート団に通信を入れろ。敵主力を発見した!――とな」

 双方は距離を保ったまま無重力の空間を進み続けた。

「セキ大佐! 敵の電波を傍受しました。恐らく本隊を呼び寄せるもようです」

「第四艦隊に通達。現在地に待機。敵の本隊をセンサーレンジに捕らえしだい戦術的撤退にうつれ」

「はっ!」


「ヒドラ様、まだ敵の全戦力は把握できていないのですが、敵は妙な動きをしているようです。如何なされますか?」

「ふむ……」

 ヒドラは肘掛に取り付けられた、アメミット神からのデータが映し出されている、モニターに目を落としていた。

「読めたぞ……。よしマフデト、バハムートに知らせろ。ゆっくり前進しながら攻撃しろ。出来る限りゆっくりと前進しながらだ――とな……。それから、我がアズライール団が到着するまでは戦端を開くな――ともな」

「おおせのままに」

 聖戦団の「バハムート」「アズライール」、そして地球軍の第四、第五、第六艦隊は砲火を交えぬまま、しだいにその距離を詰めていった。

「まずいな……こうも艦隊同士が近づくと乱戦になりかねない……。まずいぞ……」

 セキ大佐は冷静だった。しかし、彼には柔軟性がなく、作戦通りに行動することしかできなかったのだ。

「馬鹿が……今が戦機じゃないか……。いつまで睨めっこをしてるつもりだ……」

 戦況を見守っていたギュゲスはそう呟いたあと、いきなり怒号を発した。

「全艦に通達。即時戦闘待機に入れ! 艦載機の発艦もありうる。本艦各員も戦闘配置につけ!」

「イエス・サー!」

 ――これだけの装備を揃えてもらって、俺が後方から見物していると思ったら大間違いだ。まあ見てろよ……。目にもの見せてくれるわ!――。

「通達完了しました」

「よーし……全艦、全力前進! いいか、どいつもこいつも怯むなよ! 突っ込めー!」

「サー・イエス・サー!」

 第八艦隊の全艦艇の船内にファンファーレが響きわたった。

「センパー・ファーイ!」

「ドゥー・オア・ダイ! ドゥー・オア・ダイ!」

「海兵隊魂を見せてやれー!」

 兵たちの士気は頂点に達した。戦場の後方で六十を超えるノズルの炎が一斉に迸った。

 ようやくDOXA隊と合流した<スペランツァ>号の艦橋にいたニクスは、海兵隊が突進したことを知って色めきたった。

「なんてこった……。しかたない。ちょっと変わったことをするしかないな……。パードレ、DOXA隊全艦に通信してくれ。我に続け――とね」

「かしこまりました」

 セキ大佐は動揺していた。

 ――第八艦隊はギュゲス少将か……確かに階級からいえば俺に従う理由はない。だが、これは艦隊戦なのだ。艦隊司令官はわたしなのだ……――。

「通信兵、第八艦隊に通達。前進をやめろ。貴艦隊の行動は作戦から逸脱している。統制を乱すことは許されない――とだ」

「は! 伝達します」

 それから、一分とたたずに第八艦隊から返信がかえってきた。

「司令、第八艦隊より入電です」

「読め……」

「糞喰らえ!……であります……」

 セキ大佐はその言葉を聞いた瞬間、艦長席のコンソールに拳を振り下ろしていた。その激震は地球にまで届いていた。

「ちょっと、何してんのよ! なんで後ろのが特攻するのよ!?」

「ユピ、特攻じゃないよ。突撃だ。少しは言葉を選べよ!」

「たいして変わらないじゃない……。どっちにしたって下手したら死んじゃうんだからさー」

「ミマース君、あの男、なんといったっけ?……」

「ギュゲスですか? 彼なら大丈夫でしょう。好きこのんで負け戦をする男ではありませんから」

「ふむ……そうか……しかしな、セキはそこまで読めておらんだろうな……」

「ええ……長官、そこが彼の弱点ですね……」

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