第12話 鋼の意志――鉄の掟
海王星にある暗黒崇拝教の本拠地――ツァオベラーの大伽藍は地下深くにあった。凍りついた惑星の表面には警戒センサーと星間通信機のアンテナが見えるだけだった。
その電子通信網が束になったコミュニケーションラインをとおした頑丈なパイプシールドにそって数百メートル地下に潜った部分には広大なスペースがあった。その一角に人ひとり寄せ付けないような遺跡を模した壁に何重にも守られた場所にアメミット神と呼ばれる――悪魔は鎮座していた。
カバの下半身はゆったりと座った姿勢をとっていたが、獅子の上半身と前足は世界を見渡そうとその身を起していた。獅子の尾はセンサー網と繋がれ、瞬間瞬間に新しい情報を貪るように体内に取り込んでいた。
頭部はかすかに口を開いたワニだった。鱗の並んだ額に正八面体の半分を曝けだして埋め込まれた暗黒物質の結晶は、艶のない黒いピラミッドのようだった。
しかしてその実態は人格型コンピューター六台を繋ぎあわせた、永遠に眠らない意志あるコンピューターだった。
悪魔神アメミットを崇拝する信者の中には、多くの科学者や技術者がいた。そうした男たちは誰しも裾を引き摺るような長く黒いフードを着て、アメミットが見つめる広いスペースにある、造船工場の監視業務についていた。神により極度にオートメーション化が進められた工場は彼らの仕事を奪いはしたが、そこにいる男と女たちは文句ひとつ言うことはなかった。暇な時間ができるたびに神に祈りを捧げ、新技術の開発に関する示唆や指示をうけては、持ち場に戻って、工場のロボットを制御しているメインコンピューターにプログラムや指示を入力したのだった。
そこには人間の感情というものが見あたらなかった。洗脳されつくされ食事もろくに摂らずに働いた者は、それとなく死期を悟ると自らどこかに姿を消し、そうしてまた新しい信者が補充されていった。
ツァオベラーの戦闘艦はこうして建造スピードと性能を上げていった。しかし、それでもまだ地球軍に対して六割の戦力しか確保できていないのが実情であった。完成した艦船は即座に土星のリング内にあるマックスウェルギャップと呼ばれる間隙――宇宙が作った自然の良港である艦隊泊地へと運ばれていった。
その土星のマックスウェル泊地には<ケイローン>号が遊弋していた。
「ヒドラ様、いかにしても人員が不足しています。いくらなんでも使い捨てに過ぎます」
「マフデト、それはわかっているのだ。だがな洗脳に弱い者が死んでいくのを俺が止められるというのか?」
「それはもう……」
「そうであろう。だが、あの男にその点は言い含めておいたわい。改善しろ……とな。あとは支配欲や憎悪の強い連中を集めるしかあるまいな。つまり……」
「つまり?……」
「そろそろドンパチをするということだ」
「つまり、地球軍の兵隊をかっさらう。そういうことですね?」
「その通りだ。わかったなら早速準備にかかれ。全戦力をかき集めろ。法皇から許可は得ている。遠慮はいらん。ただし、ヘルメスの持ち駒には手をだすなよ。いいな……」
「はは! 御意のままに!」
その頃、受け取れる限りの補給を受けた地球軍の戦隊も木星の小惑星帯――ギリシャ群に集結しはじめていた。忍耐と苦渋の日々を過ごしてきた兵員の士気は高かった。細い針一本で爆発するような風船のように士気は高揚していた。
ある兵士はアポロ作戦で友を失い、ある男は火星のギザ基地にいた恋人を奪われ、ある女はPETUのテロに遭って親を殺されていた。必ず復讐を遂げてみせる――そうした男と女の憎悪は紅蓮の炎となって燃えていたのだ。
戦力は木星基幹の第四、第五、第六の三個艦隊だった。総数三百隻あまり。しかし、地球からの増援や支援が受けられないことは明白だった。火星を制圧したヘルメスの艦隊が、援軍の行く手を塞いでいたからだ。そうしたことを考慮した参謀本部は、全艦隊が補給物資を満載し、その艦隊を援護する潜宙艦とDOXAの勢力が揃うのを待って攻勢に出ることに決めていたのだ。
だが、ここにきて参謀本部の意見は完全に二極化していた。
交戦派は火星の勢力は無視して潜宙艦とDOXA勢力も攻勢に加わるべきだという主張を繰り返した。防戦派は潜宙艦とDOXA勢力を火星の戦力を抑えうる配置につかせ、戦況いかんによっては木星隊の援護にまわるべきだといって引かなかった。
焦点は機動力にあった。DOXA勢力は新装備が充実しておらず、トロイヤの決断によって武装を拒否していたため、囮や攪乱または補給救護という後方支援にまわるしかなかった。そして、潜宙艦もまたその鈍足が仇になっていた。フラットブラックに塗られた潜宙艦はそれだけでも充分に迷彩効果があった。いやそれ以上にステルス性能が高かった。質量センサーをはじめとする、各種の電波を混信させて妨害したり、はたまた自艦の質量を反重力装置によって無くすことで、質量センサーにさえ感知されないという芸当までできたのだ。宇宙の忍者――潜宙艦がそう呼ばれる所以だった。しかしこの機能は視認距離ではまったく意味がなかった。そういった意味では、地球軍はツァオベラーのステルス能力に一歩遅れを取っていたのだ。だが潜宙艦の牙は長射程星間魚雷にあったため、そうしたことは問題にならなかったのだ。しかも、旧式の反重力装置は重くかさばることでエンジンの出力を犠牲にしていたのだ。機動力とステルス性に問題あり――それが潜宙艦の欠点といえたのだ。
「ムーシコフ総長、ご決断を!」
「…………」
「長官、攻勢あるのみです! いざとなれば地球から一個艦隊を火星につぎ込めば良いのです!」
「いいや、それは困る。本星を危機に晒すことは許されない。大体において世論がそんなことを許さないよ」
「将軍、世論などなんとでもなるじゃないですか、ここ一ヵ月の宣伝部と諜報部の働きをお忘れですか!」
「勝とうとせんことじゃ、負けないことが大事なのだよ。潜宙艦とDOXA勢は火星への警戒に使うべきじゃ」
「そんな弱気でどうなされます! そこまで不安だと申すのなら、潜宙艦隊をいっそのこと機動艦隊に編入して大攻勢をかければいいのです。火星など地球の三個艦隊をもってすれば、今すぐにでも殲滅くらい可能なのです」
「なにをいっておるのかね! 君はあのEMPの脅威を忘れたのか! 万がいち……核が使われたら三個艦隊など一瞬で無力化されるのですよ! もしも、そうして艦隊を丸ごと奪われたらどうするつもりですか! 奴らは手段など選ばんのです。そこを忘れてもらっては困る!」
「長官、ご決断を!」
「長官!」
「総長! 何かいってください……」
「そうです。この場合、沈黙は金ではありませんぞ!」
ムーシコフは議場に集っている主だった将星たちの顔を見まわすと、おもむろに立ち上がってどよめきを沈め、重く低い声でゆっくりと口火を切った。
「諸君! 諸君らの意見はいちい的確な分析であると思う。だが、わたしはどちらの案も受け入れるつもりはない!――」
とたんに、議場が騒々しくなった。
だが、ムーシコフはそれには構わず先を続けた。
「わたしははじめから決めていたのだよ」
「では何のための会議ですか……」
「そんなやりかたには賛同できん……」
「いいかね。戦争の鉄則は負けないことだよ。勝つことじゃない。したがって、わたしは慎重策でいこうと思っている、つまりこうだ……」
ムーシコフはテーブルにおかれたリモコンを手にとるとモニターに戦場予想図を映し出した。
「三個艦隊はそれぞれに単独行動をとる。ただし、つかずはなれずだ。潜宙艦とDOXA勢は火星を睨みつつ木星の艦隊を援護する。第四、第五、第六の各艦隊は会敵ししだい逃げだせ!」
「なんですとー!」
「兵隊たちがそんな命令をうけつけるとお思いですか!」
「長官は気でも狂われたのか!?」
「黙れ!!」
ムーシコフの両の拳が馬蹄形の大きなテーブルを振動させた。
「いいかね諸君、君らの気持ちはわたしにだって解るのだよ。だがね、この興奮していきり立った状態が冷静だといえるのかね!? どうかな、将軍……」
夜叉のような顔でムーシコフは交戦派の一翼にいる男を石に変えるかのような視線で牽制した。
「…………」
「そうであろ……。では現場の兵の士気が君たち以上に沸騰していることは想像ができよう。どう思うかね?」
「…………」
今度は防戦派の提督に視線を突き刺した。
「であるから、逃げるんだよ。そして――」
「…………」
「誘いだして引きこんで包囲して、叩き潰す! 徹底的に叩き潰す!! …………何か意見はあるかね?」
長い沈黙の時間が流れた。
「ではこれで決まりだ。わたしは交戦派の意見も、防戦派の意見もしっかり聞き入れたつもりだ……異論があるなら意見をいってくれ!」
「…………」
「では決済とする。……言い忘れていたがね、潜宙艦とDOXA勢力は包囲網の完成を見て援護だ。それまでは、火星の敵勢力への警戒を主任務とする。以上だ!」
時は来た! 戦いの機はついに熟したのだ。数え上げれば不安材料など山のようにあった。
だが、戦うべきときに戦わないものは、その瞬間に敗北者となるのだ。永遠に立ち上がれない敗北者となるのだ。それが戦争の掟であり、生と死を賭けるものの厳しき掟なのだから……。




