第11話 勝利への確信
地球の周回軌道を離れた<スペランツァ>号は月にあるムーンベースに着床した。
「おい見ろ! 金色の船が降りてくるぞ!」
「どこだ! 何も見えないじゃないか!」
「なんて豪華な船だ……」
「いいや、それだけじゃないっぽいぞ。高性能。そういう匂いがぷんぷんする」
退役を間近にひかえたような、煤けて汚れた輸送船や病院船ばかり眺めてきた救護隊員たちは、そう歓声をあげて、黄金色の船を出迎えた。<スペランツァ>号は、その名のとおり暗く意気消沈していた医療従事者たちに希望をもたらしたのだった。
「俺達は負けやしない!」
「地球万歳! テラン万歳!」
「太陽系に平和を!」
「また来てくれよなー!」
ニクスとシノーペは救護隊員たちの見送りを受けて、任務を終えて待機していたダフニスとクロエを連れて早々にムーンベースを後にした。歓喜と郷愁。月基地に残った人々にそうした感情を残して……。
「それにしても呆れたわ……、こんなに大きな船を独占して二人でデートなんてね!」
「まあまあクロエ、そういうなよ。どこも人手不足なんだよ。そのくせやらなきゃならんことは山ほどあるんだ……」
「でも、嬉しいわ。また船長と旅が出来るなんて」
クロエは素直にそう喜びを表現しながら、傍らを歩いているダフニスとともに艦橋へと向かっていた。
「もう旅行気分なのかい……。気持ちの切り替えが早いね……月基地にいたときは、ぐずぐず言ってばかりいたのになー」
「そんなことはないわ、ダフ。あれは演技なのよ。ほら、周りの人たちの空気に合わせないと浮いちゃうじゃない」
「どっちが本当なんだかねー。だが、二人とも変ってないようで安心したよ」
ニクスがそう言いながら艦橋の扉をくぐったとき、シノーペが三人を出迎えた。
「シノーぺさん! 元気そうで!」
さっさとニクスを追い抜いたクロエはシノーペに抱きついて、感情を爆発させた。
「もうね、周りじゅうきったない男ばかりだったの……ずっとそんなところにいたのよ……悲劇としかいいようがなかったわ……」
とたんに艦橋に笑いの花が咲いた。
「クロエ、本当にご苦労様。大変な任務に志願したあなたは偉いわ。あたしは画像を見ただけで……」
そういってシノーペは女らしい優しさでクロエを抱擁した。
「そっとしておいた方が良さそうですね……」
ダフニスがそう呟くのを聞いたニクスは黙って頷くと、二人ながらに艦橋を出て通路を歩きはじめた。ニクスはちょうど良い機会だとばかりに、船が積み込んだ新装備をダフニスに説明しながら船内を案内していった。
その間にも、船はパードレの航法によって速度をあげながら木星軌道へと航路を向けはじめていた。進路変更を終えた<スペランツァ>号はぐんぐんと加速していった。それは、反重力装置の加速限度一杯の猛烈さだった。しかし、ニクス達は何の違和感も感じていなかった。
「これは凄いね……マードレ」
「なんだか、温泉旅行にいってスッキリした気分ですね」
パードレもマードレも改装を受けた<スペランツァ>号の変貌ぶりに驚愕するやら喜ぶやらで、さかんにホットラインに電気信号を流しあっていった。
「これまでの航行が各駅停車だった気がするよ」
「科学の力、人間の知恵とはたいしたものです。わたくしたちの未来はけっして光を失わない。そんな心強い気持ちになりますね」
「ああ……感慨深いものがあるね……」
「それに、この船はじまっていらの事態も起こるかもしれませんよ」
「なんだい? それは?」
「出産ですよ。なんだか楽しみなんです。セドナと離れてもう随分経ちますからね……」
「赤ん坊の泣き声か……実に懐かしいね」
<スペランツァ>号の船内には戦争を感じさせるものは何もなかった。非武装ゆえにそう感じさせたともいえたが、その本当の要因は人と人、そして人格コンピューターが作り上げた絆にあったといえよう。
黄金色の船はたった四時間で木星軌道上にある小惑星帯に到着した。準光速船時代なら、二、三ヵ月かかる行程を驚異的なスピードで航破したのだ。機動力の強化は敏捷性をも高めていた。<スペランツァ>号はその機敏さを活かして出会う小惑星全てにセンサーを載せた無人小型探査機を射ち込んでいった。その間にも新しく装備した機器の試験は行われ、必要な量のデータを収集していった。時にはPETU隊員が使っている通信を傍受したり、姿の見えないツォオベラーのステルス宇宙艇を質量センサーに捉えて逃げ出すこともあったが、センサーの増強されたレンジと船の速力に助けられて、敵に捕らえられることはなかった。それとは逆に輸送任務についていた軍の潜宙艦やDOXA所属の準光速宇宙船とすれ違うこともあった。その度にパードレとマードレは集めた情報を味方に渡して危険宙域などを伝達していった。
ニクスはこうした活動を通して、新技術が軍の戦闘艦に行き渡れば戦争には勝てるという確信を日々強めていった。一ヵ月が過ぎた頃、早ければ一年か二年、時間がかかったとしても数年以内には戦争を終わらせられる。そう確信したのだった。
ムーシコフは<スペランツァ>号からの報告を聞いて決断した。ここ二カ月以内に戦端を開こうと。そうと決めたムーシコフの行動は早かった。トロイヤとユピテールの協力を仰ぐと、したたかな情報戦に突入したのだ。
『地球軍、全力をもって火星を奪還か!?』
『ここ一ヵ月以内に木星宙域で、大艦隊戦勃発か!?』
『月面基地に大船団を確認! 地球軍、反攻準備中か!?』
真偽のはっきりしないニュースが地球狭しと駆けめぐり、PETUやツォベラーの諜報員によって太陽系全域にばら撒かれていった。
それまで意気喪失していたユピテールは嘘のように生きかえって、仕事の鬼とかした。だが、彼女からすればそれは遊び気分でできるものだった。まるでパズルやクイズを作るように、毎日のように奇怪な噂を流しては情報を攪乱したのだ。その手腕は味方であるムーシコフまで騙されて、鼻息を荒くして悔しがったこともあった。
ムーシコフはすっかりユピテールを気にいって――「わたしは君を過小評価していたようだな。小娘め、やりおるな。あっぱれだ!」
という本文に――「感謝している。ここまでの闘いで一番戦争に貢献したのは君だ、ユピテール君、ありがとう」
と追伸をつけて電報を寄こしたのだった。
電文を読んだユピテールは、茶目っ気たっぷりにムーシコフにこう返信した。
「お眼鏡に叶えて嬉しい限りでございます。今後ともDOXAをご贔屓くださいますよう、宜しくお願いいたします。追伸、どうです? あたしの新しい執事になりませんか? 爺やは随時募集中ですのよ」――とやりかえしたのだった。
誰もが戦機は熟してきていると感じていた。しかし、戦端の開かれない日々に人々は一喜一憂して異様な興奮状態の中にいたのだった。




