第九十七話
時系列は戻り五月。将宏達は何時もの会合をしていた。
「国内のインフラはどうなっていますか?」
「今のところは順調だ」
将宏の問いに新たに鉄道省等を纏め、日本の国土と交通等を整備を目的に発足した国土交通大臣の岸信介はそう答えた。
陸海軍は旧式の八九式中戦車乙改は砲を降ろしてブルドーザーの代わりにしていたが、数が不足しておりその不足を補うため九七式中戦車も砲を降ろして産業戦車として生まれ変わっていた。
農業では出征して子がいない農家が溢れていた。そのため政府は刑務所の囚人達を駆り出した。
既に前例で滑走路の設営をさせていた事もあり、根回しは十分にしており各地の刑務所では刑務官や警官の監視の元で農作業が進められた。
また、燃料タンクの地下施設への設営と移動も行われており、既に十基が完成して燃料を注入していた。
そして時系列は戻り十二月五日、将宏達は緊急の会合を開いていた。
「明後日は東南海地震が発生する日です」
「うむ、海軍は第一艦隊と第二機動艦隊が土佐沖で訓練という名の待機をしている。陸さんはどうですか?」
「此方も富士で演習させようと即応態勢にしている」
「国民の被害は出来るだけ少なくしたいが……」
「ですが、あまり軍や政府が動くと国民も怪しむと思います。マスコミも煽って政府には予知能力者がいるのではと書くかもしれません」
将宏自身も防災はしたいが、やり過ぎると国民も不審に思う可能性もあった。
「ふむ……なら陛下からの命令ならどうだろうか?」
「陛下からのですか?」
「うむ。陛下から防災訓練を促せば国民も信用するだろう」
その方向で行われる事になり、翌日に陛下から国民への呼び掛けとして七日に防災訓練をするよう促した。
理由は冬だから火の用心をせよとありきたりな事である。
そして1944年(昭和十九年)十二月七日の午後一時三十六分、年(昭和19年)12月7日に午後1時36分から、紀伊半島東部の熊野灘、三重県尾鷲市沖約20キロを中心とする震源の東南海地震が発生した。
名古屋に駐屯していた第三師団の師団長山本三男中将は津波の危険があるとして海岸地域等の住民を内陸に強制ではあるが避難させた。
この避難により津波に巻き込まれた人は史実よりかなり減少(逃げ遅れた人や避難指示の最中に巻き込まれた兵士を含む)した。
海軍の第二機動艦隊は津波が収まった後に愛知県の伊勢湾に入り、被災者の支援や救助活動を展開した。
この時、非常に活躍したのが陸軍のカ号観測機だった。滑走距離が短いため医薬品や食料の輸送に大活躍をしたのだ。
最終的に死傷者の数も史実より三分の一までに押さえられた。
「……漸く事態は終息したな」
「死傷者の数が史実より少なく出来たのが幸いです」
地震後の会合で将宏達はそう話していた。
「名古屋の飛行機工場を長野と岐阜に移転させたのは効きました。両方とも被害は無く生産に影響はありません」
史実での名古屋飛行機工場は東南海地震により壊滅的な打撃を受け、航空機の生産が著しく低下していた。だが、昭和十七年に長野と岐阜に工場を移転しており直接的な被害らしい被害は無かった。
「それで復興の方だが……」
「軍も協力をして仮設住宅を建築して一時的に住んでもらいましょう」
耐震の家を建てるのが先決かもしれないが、生憎将宏は建築関係には疎いため口には出さなかった。
十二月二十日、日本はフィリピンのレイテ島から撤退を開始した。レイテ島に構築して陣地の破壊もしくは撤去に完了したからだ。
アメリカはそれを称賛する一方でフィリピンの支援と称してレイテ島に上陸をした。
「……一部ではあるがフィリピンに足掛かりが出来たな」
「はい。ですがプレジデント、ソ連にも協力を求めるのは……」
「不服かね?」
ハル国務長官の言葉にトルーマンはジロリと睨んだ。
「まぁ一時的なものだ。ソ連には満州に朝鮮半島、千島、南樺太を渡すだけだ。日本本土は我々が頂く」
「はぁ……(そう上手くいくだろうか……)」
アメリカは密かにソ連と接触をしており、アメリカとイギリスが戦を始めた時にソ連の対日参戦の要請をしていた。その暁として満州や千島等の領土を譲渡する約束になっていた。
「日本を占領し、日本をソ連の防波堤としてやる。太平洋は渡さん」
トルーマンはニヤリと笑った。
「……どうするかねベリヤ?」
「……やらざるを得んな。我々はアメリカから支援を受けている。それも格安での支援をな」
ソ連の書記長であるフルシチョフはベリヤと話をしていた。
「だが日本は強敵だぞ? 情報によるとヤポンスキーは新型戦車を満州に配備しているとの事だ」
新型戦車とは百五ミリ戦車砲を搭載した四式戦車の事であった。
「ヤポンスキーの工業力を考えれば百両も無いだろう。我々が得意とする数で押せば問題無かろう」
「ふむぅ……」
ベリヤの言葉も一理あった。四式戦車はまだ満州に三個中隊しか配備されていない。しかし、三式中戦車は全部隊に配備されていた。
「それに先のハルヒンゴールでも我々はヤポンスキーに負けている。ここいらで勝たねばソ連は早々と崩壊するかもしれん」
「……判った。その方向でいこう」
フルシチョフはそう決断をした。斯くして日本は知らないうちに包囲網が出来つつあった。
そして年が明けた昭和二十年一月、将宏はまたも中島飛行機に来ていた。
「中島社長に遂に完成したのですか?」
「うむ、計画から五年……遂に超重爆富嶽は完成した」
中島社長はそう言ってある格納庫に将宏を案内した。
格納庫には六発機の大型爆撃機が鎮座していた。
「これが……富嶽……」
「性能はほぼ君から話してくれた通りだが、速度は六八〇キロになっている。が、緊急の噴進器を使えば七七〇キロになる」
「エンジンも問題は無いのですか?」
「あぁ。ハ五四は問題無く発揮している。開戦前に精密機械を大量に輸入したのが効いたのだろうな」
二人はそう言いつつ富嶽を見つめていた。
「これ一機だけですか?」
「工場で三機が生産中だ」
「出来れば五十は揃えたいですが……」
「一年半は掛かる。史実の終戦日までには十六機は揃えられる」
「……やはり工業力ですね」
「……そうだな。工業力だな」
二人は富嶽を見ながらそう呟くのであった。
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