第八十六話
普通は軍法会議で銃殺ですよねー。
「無いッ!! 無いッ!! 無いッ!!」
将宏と前田少佐が陸王で急いで自宅に引き返してきてた。そして将宏は部屋の惨状を見ながらある物を探していた。
「何を探しているんだ将宏?」
前田少佐はぐちゃぐちゃになっている部屋を見ながら将宏にそう言った。
「……技術者達と妄想して描いた五式戦車の書物が無くなっているんだッ!!」
将宏はそう言った。
「五式戦車? 四式戦車じゃなくてか?」
前田少佐は不思議そうな表情をしながら将宏にそう聞いた。
「あぁ。これはまだ陸軍にも言っていない仮称戦車なんだ。戦車砲は何とケーニヒスティーガーの超砲身七一口径アハトアハトだ」
「……それは色んな意味でヤバイな」
将宏や技術者にとっては恥ずかしい事である。言わば黒歴史だ。
「霞に見つからないよう厳重に保管していたんだ。恐らく今回の地震で見つかって……」
「それなら霞が言ってくるだろ?」
「それはそうだが……まさかッ!?」
「どうした将宏?」
将宏は何かを思い出したかのように部屋を出て一階へ駆け降りた。
「な、何だ?」
ドタバタする音に驚いた霞がひょっこりと顔を出す。将宏の目的は霞だった。
「霞ッ!! タルノフ大尉は何処だッ!!」
「タ、タルノフ大尉か? タルノフ大尉なら大使館が心配だと言って大使館へ向かったが……」
「畜生ッ!! やられたッ!!」
「お、おい将宏ッ!!」
将宏は玄関へ向かい、外に停めていた陸王に乗り込んだ。そこへ前田少佐がサイドに乗り込み、将宏は陸王を発進させた。
「一体何なんだ?」
「……持って出たのは恐らくタルノフ大尉だ」
「何ッ!?」
将宏の言葉に前田少佐は驚いた。
「地震で部屋を見にきたタルノフ大尉が恐らく見つけたんだろう。そしてタルノフ大尉はスパイだ」
「そうか、将宏達が描いた妄想をタルノフ大尉は新型戦車だと勘違いして大使館に……」
「これはえらい事だ。何としても書物を回収しないと……」
「だがよ? 将宏達が描いた妄想なら別に良くないか? 普通に違うのに警戒してくれるから問題は……」
「問題があるのは此方だッ!! あんなのを他の奴等に見られたら……恥ずかしいに決まってるだろッ!!」
「……なら描くなよ……」
前田少佐の呟きは陸王のエンジン音に紛れて将宏の耳には入らなかった。
一方、タルノフ大尉は何とか大使館に到着して大使と面会していた。
「何とッ!? ヤポンスキーはこのような新型戦車を開発していたのか……」
「恐らくではありますが試作段階だと思います」
「うむ、よくやったタルノフ大尉。今ので失態を帳消しにするほどの情報だ」
ソ連大使は満足そうに頷いた。
「同志大使。それでは私の家族を……」
「うむ、解放しようじゃないか」
「ありがとうございますッ!!」
大使の言葉にタルノフ大尉は思わず涙を流した。
「おぉ、そうだ同志タルノフ。君にプレゼントだ」
「え……?」
パァンッ!!
部屋に一発の銃声が響いた。
その時、ソ連大使館に漸く将宏と前田少佐が到着してタルノフ大尉を出すよう門番の警官に言っていた。
「ですからタルノフ大尉は此方に来ておりません」
「嘘をつくなッ!! 此方にタルノフ大尉が入ったのは判っているんだッ!!」
このような押し問答は既に十分が経っていた。その時、大使館内に発砲音が聞こえた。
「……今のは銃声か?」
「立ち入り検査だッ!!」
「あ、ちょっとッ!!」
将宏は警官を押し退けて大使館に突入したのである。大使館内でも突然の発砲音に騒然としていた。
「日本軍だッ!! 今の発砲音は何だッ!!」
将宏は近くにいた顔見知りのソ連海軍関係者に叫んだ。
「そ、それが私にも分かりませんッ!!」
「ならタルノフ大尉は何処だッ!!」
「同志タルノフなら先程、大使と面会を……」
「大使の部屋はッ!?」
「二階の右側……ってそんな事をしたら外交問題に……」
「既に問題になってるわッ!!」
将宏は階段を駆け上がり、教えられた部屋を蹴破った。
「タルノフ大尉ッ!?」
「ぬ、ヤポンスキー……」
部屋には血の池に倒れたタルノフ大尉とトカレフを所持していた大使がいた。
「ヤポンスキーがこんなところで何をしているッ!!」
「たまたま外にいたら発砲音が聞こえたからな。捜査で入ってみたらこんな状況だ。大方、入手した新型中戦車の証拠をみつけなくさせるためにタルノフ大尉を粛清しようとした……違うか?」
「………」
「黙っているのは図星か大使?」
「だ、黙れヤポンスキーッ!! 此処はソ連領内だッ!! 貴様を密入国、いや日本帝国が我がソ連に宣戦布告したと認識するぞッ!!」
「ふん、宣戦布告をしたけりゃするがいい。今のソ連は日本に勝てんからな」
「な、何だとッ!!」
ソ連大使の脅しに将宏はそう返して、倒れているタルノフ大尉の止血を施す。
「今回の事は我が同志スターリンに報告させてもらうッ!!」
ソ連大使はそう吐き捨てて部屋を出た。そしてタルノフ大尉は医務室で応急措置をされて横須賀の海軍病院に移された。
勿論、今回の事はただでは済まされない事だった。将宏は直ぐに山本達からの招集を受けた。
「……今回のは明らかに君が悪いだろう」
「河内君、ソ連が宣戦布告をしたら我が日本は終わりだぞッ!!」
杉山達がそう怒るが将宏は至って冷静だった。
「……自分がした事は日本の得にはならないでしょう。ですが自分は後悔していません。目の前で撃たれた人間を放っておくわけにはいきません」
「だがな河内君、問題はソ連だ。ソ連が満州に攻めこめば……」
「いや、ソ連は日本に宣戦布告は出来ません」
「何? どういう事かね?」
「ソ連は何処と戦争をしてますか?」
「ソ連はドイツ……」
その時、杉山達は何かが判った。
「ソ連はウラル山脈まで後退させられています。シベリアから兵力を持ってこないと戦線の維持は出来ません。仮にソ連が宣戦布告をすればシベリアの兵力は満州で釘付けとなり、ウラル山脈は陥落します」
「まさかそれを狙って……」
「いえ、身体が咄嗟に動いただけです」
将宏の言葉に東條や杉山達は安堵の息を吐いた。
「だが河内君。君は罰を受けねばならん」
「覚悟は出来ています」
「河内少佐は減俸一年、内定していた中佐の昇格を取り止め、謹慎三ヶ月とする」
山本はそう下した。本来、このような場合だと刑務所行きであるが将宏の功績を考慮しての判断だった。戦後、将宏は「少尉までの降格も覚悟していた」と霞に語った。
一方、ソ連ではスターリンがソ連大使の行為に激怒していた。
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