第七十五話
零戦六四型は零戦の最終型である。特徴的なのは米軍の艦載機コルセアのように主翼を逆ガル型にしているからだ。
この逆ガル型は零戦の急降下の制限速度をほぼ解除というより延ばすためでもある。
史実の零戦より比べて、この世界の零戦は将宏の口添えにより馬力や装甲を比較的に向上していた。
しかし、急降下の制限速度は七百キロと史実よりかは向上していたが交戦するヘルキャットやコルセアは急降下で逃走しているので零戦パイロット達も手を焼いていた。
そんな時に零戦の生みの親でもある堀越二郎が「零戦の主翼を逆ガル型にしてはどうかね?」と言い出したのだ。
史実では九試単戦(後の九六式艦上戦闘機)に逆ガル型が存在していたのだ。この世界でも当然あった。
堀越は軽戦である零戦が最早時代遅れなのは承知していた。そのため、零戦の有終の美を飾ろうと最後の改良型を設計したのだ。
それが零戦の逆ガル型であった。
この逆ガル型のおかげで零戦は急降下速度を九百キロまで延ばす事に成功したのだ。
また、逆ガル型にしたおかげで翼を曲げずにエレベーターが使える事が出来、小型空母は若干の搭載機数が増えた。
それは兎も角、米戦闘機隊は急降下で引き離せるはずの零戦が急降下でも追尾してくる事に焦りを覚えた。
「いかんッ!! このジークは手強いぞッ!!」
『逃げろッ!! こいつらは化け物だッ!!』
米戦闘機隊は零戦から離れるが日本側の戦闘機は零戦だけではない。
『ファックッ!! この戦闘機も厄介だぞッ!!』
他の戦闘機は烈風にも追われていた。烈風の武装は零戦の二十ミリ機銃より強力な三十ミリ機銃が装備されていたのだ。
米戦闘機隊は制空権を奪う事が出来ず、逃げ回るだけになってしまったのだ。そして手が余った烈風と零戦は攻撃隊に襲い掛かっていた。
『駄目だ落ちるッ!!』
『ファックッ!! ピーターが落ちるぞッ!! ヘンリーもやられたッ!!』
『全機、最大速度で敵機動部隊に突っ込めッ!!』
『後ろにジークだッ!! 誰か助けてくれッ!!』
米攻撃隊は損害を出しつつも第二機動艦隊へ到着した。戦闘機隊は引き上げた。
「ジークが引き上げていくぞ」
それは直ぐに分かった。第二機動艦隊が対空砲火を撃ち始めたのだ。
金剛と榛名が主砲から三式弾を放ち、瞬く間に三機のヘルダイバーと六機のアベンジャーが機体を損傷して海面に向かって墜落していく。
『全機アタックだッ!! ジャップの空母を生きて帰すなッ!!』
攻撃隊指揮官は突撃命令を出した。ヘルダイバー隊はエアブレーキを開いて急降下爆撃を敢行した。
「敵機急降下ァッ!! 直上ォッ!!」
「取舵二十ッ!!」
最初に狙われたのは第二機動艦隊旗艦翔鶴であった。翔鶴の防空指揮所では翔鶴艦長の松原博大佐が懸命の操艦を指示していた。
急降下した先頭のヘルダイバーの四百五十キロ爆弾は艦橋に近い海面で爆発した。
「うォッ!? これは迫力があるな……」
タルノフ大尉が思わずそう呟いた。最初に急降下してきたヘルダイバー隊八機は回避出来た。そして右舷からアベンジャー雷撃機六機が接近してきた。
「右舷からアベンジャー雷撃機六機接近ッ!!」
「あれ狙えェッ!!」
二五ミリ対空機銃の班長が指揮棒を持ちながら指示を出す。
「落ちろォッ!!」
二五ミリ弾が発射されて狙っていたアベンジャーの左翼が火を噴いた。
炎上したアベンジャーは裏返しの形で海面に叩きつけられて水柱を上げた。
「アベンジャーの爆弾倉が開きましたッ!!」
「取舵二十ッ!!」
生き残っていたアベンジャーを見ていた見張り員がそう叫ぶと松原艦長は回避を指示。
三本の魚雷はギリギリで避けられた。
「シットッ!! あれを避けるかッ!!」
今の雷撃に自信があったアベンジャーのパイロットがそう叫ぶ。
「……生きた心地がしないな」
「まぁそうだな」
魚雷を見ていたタルノフ大尉が呟くのに将宏が同調した。
だがその時、見張り員が叫んだ。
「敵機急降下ァッ!! 直上ォッ!!」
雲の中に潜んでいたヘルダイバー二機が翔鶴の隙を突いた形で急降下爆撃を敢行した。
「取舵二十ッ!!」
松原艦長は必死の操艦をしたが、ヘルダイバーは四百五十キロ爆弾を投下した。
「……これは当たるな」
山口の言葉に艦橋にいた者は身構えた。そして爆弾は中部飛行甲板に命中した。更にもう一発は下部飛行甲板に命中した。
「消火急げェッ!!」
消火ホースを持った応急隊が消火活動を始める。格納庫では別の応急隊員が一式放水器のバルブを回して放水を始めていた。
「回せ回せェッ!! 延焼を食い止めろッ!!」
消火活動が行われていたが、そこへ魚雷を搭載したアベンジャー四機が左舷からやってきた。
「アベンジャー雷撃機接近ッ!!」
「面舵二十ッ!!」
今回も対応が遅れた。二機を対空砲で撃墜したが、残り二機は魚雷を投下した。
「……あかん。これも当たる……」
将宏の言葉は的中して左舷前部と中央部に一本ずつが命中した。
「早く扉を閉めろォッ!!」
「は、はいッ!!」
たまたま誰かが扉を完全に閉めていなかったので乗組員が慌てて防水扉を閉める。そこへ海水がなだれ込み、危機一髪である。
「復原作業に移れッ!! 反対舷に注水せよッ!!」
右舷に海水が注水されて傾斜していた翔鶴は復原した。
「……あの、離してはくれまいか?」
「あ、済まん」
タルノフ大尉が将宏に抱きつくような格好をしていた。
魚雷の爆発の揺れにタルノフ大尉は対処出来ず、たまたま横にいた将宏に思わずしがみついたのだ。
「(……オッパイ大きかったな……)」
思わず感想を心の中で報告をする将宏である。
「……ふん」
それを見ていたヒルダは機嫌が悪かった。
「各艦の被害状況を知らせろ」
山口長官は伊崎参謀長にそう指示を出していた。米軍の攻撃は終わっていた。落とす物を落としたらあっという間に引き上げたのだ。
各艦の被害状況は攻撃が終了してから三十分後に纏められた。
「……筑摩が中破、矢矧も中破か。春雨は大傾斜で総員退艦か……」
「空母は翔鶴の他にも千歳と千代田が飛行甲板を損傷して発着艦不能です。無傷は瑞鶴と蒼鶴だけです」
伊崎参謀長は補足した。
「上の連中は二空母で収容しよう。二空母は直ちに格納庫にある彗星と天山を発艦させて硫黄島に退避させろ」
「宜しいのですか?」
「宜しいの何も我々は囮なのだ。無用な物は下げるのが良い」
山口長官はそう言った。そしてその頃、第一機動艦隊の攻撃隊がスプルーアンスの第五艦隊を攻撃しようとしていた。
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