第七十二話
若鳥を失ったスプルーアンスの第五艦隊はマーシャル諸島に帰還していた。
「スプルーアンス司令官、ハワイのニミッツ司令長官より電文です」
「御苦労」
通信兵はスプルーアンスに通信紙を渡して退出した。スプルーアンスはそれを見送りながら通信紙を一目した。
「……長官、それは無理というものです」
スプルーアンスは思わずそう呟いた。通信紙には『直ちにマリアナ諸島を早期に攻略せよ』と書かれていたからだ。
「……デービース達と相談をするか」
スプルーアンスはそう呟いてカップに注がれていたコーヒーを飲み干してデービース達を集めるのであった。
「……難しいですな。箱があってもそれを載せる物が無くてはなりません」
「ですが、ニミッツ長官が命令してきたんだ。動くしかないだろう」
「無駄に若い者の命を散らせるのか?」
「そうは言ってないだろうッ!! 命令なのだ、行くしかあるまい」
「ジャップが待ち構えているのだぞッ!! 空母戦力が回復するのを待つしかない」
参謀達を交えた会議も平行線のままであった。
「スプルーアンス司令官はどのようにお考えですか?」
デービースがそうスプルーアンスに聞いた。
「……この命令はニミッツ長官からではないだろう。恐らくはプレジデントだ」
「プレジデントが……?」
「太平洋の部隊を早くヨーロッパに回したいのだろう。そのために早くマリアナを占領して開発されたB-29を投入したいのだろう」
「では……」
「……我々は軍人だ。従うしかないだろう。だが、空母戦力が足りないのは事実だ。ニミッツ長官には航空戦力を回してもらう」
スプルーアンスはそう決断して直ぐにオアフ島に電文を放った。
――オアフ島、太平洋艦隊司令部――
「……スプルーアンスの言うことには一理あるな。全く、プレジデントも面倒な事をしてくれるものだ」
ニミッツ長官は溜め息を吐いて、オアフ島に停泊していた護衛空母群をマーシャル諸島に派遣させた。
護衛空母群には喪失した空母戦力の航空機が搭載してある。
護衛空母群は一週間後にはマーシャル諸島に到着して第五艦隊に航空戦力を提供するのであった。
「司令官……」
「うむ、二日後に抜錨して上陸船団と共にマリアナ諸島へ向かう」
参謀達を会議室に集めたスプルーアンスはそう宣言をした。
スプルーアンス司令官の出撃命令に第五艦隊は直ちに出撃準備に移行した。
しかし、その間にも日本軍の偵察機が時たま飛来していた。
「……敵はまだマーシャル諸島か……」
「油断は出来ませんね。相手は米軍です」
第二機動艦隊旗艦翔鶴の艦橋で山口長官と将宏達はそう話していた。
トラック空襲後に第五艦隊が引き上げたため、第一機動艦隊と第二機動艦隊はそれぞれタウイタウイ泊地と小笠原諸島に引き上げていた。
「何時でも出撃出来るが……」
「向こうが動かない事には変わりないですね。それとGF司令部にあの事は打診しましたか?」
「うむ、しておいた。しかし、中々面白い目論見だな」
将宏の言葉に山口長官はニヤリと笑った。そしてGF司令部では第二機動艦隊からの電文が届いていた。
「……成る程、そういう事か……」
「長官……」
「うむ、塚原に打電せよ。第一航空艦隊はサイパン島から爆撃機をヤップ島、ファラロップ島へ移動せよ」
電文は直ぐに第一航空艦隊へ届けられた。
「移動だと?」
「は、はい。GF司令部はそのように……」
「マリアナ諸島を見捨てる気か……? いや違う。それなら内地へ帰還する方が早い……」
塚原は考えるが浮かばなかった。
「……仕方ない。GF司令部の命令だ、従おう」
そして第一航空艦隊は司令部と共にサイパンを離れて二ヶ所の島へ移動した。(司令部はヤップ島)
「海軍は何を考えているんだ?」
報告を聞いた第三一軍の小畑司令官は首を傾げた。兎も角、第一航空艦隊の移動してから五日後、スプルーアンスの第五艦隊がマリアナ諸島を強襲した。
「よし、彩雲を出せ」
小笠原諸島から出撃した第二機動艦隊は十二機の彩雲を発艦させた。彩雲も機体性能が向上しており最大速度は六四二キロを出せた。これによりヘルキャットからの追撃は十分にかわせるのであった。
「敵機動部隊発見ッ!!」
瑞鶴から発艦した彩雲五号機がスプルーアンスの第五艦隊を発見して電文を放った。
「敵偵察機は?」
「北に逃げました」
「北か……(オザワは本土から来たみたいだな)偵察機を発艦させろ。北を重点的に探せッ!!」
直ちに第五艦隊からアベンジャー雷撃機が発艦していく。そして第二機動艦隊は一気に南下していた。
「戦闘機隊の発艦準備は何時でも出来るようにしておけ。何せ我々は囮だからな」
山口長官はニヤリと笑った。そう、今回の作戦である『あ号』作戦は第二機動艦隊を囮にした作戦であった。
そのため、第二機動艦隊の空母蒼鶴と小型空母にはそれぞれ新型艦上戦闘機烈風と零戦が全て搭載されていたのだ。
「後は敵偵察機が来るのを待つだけだな……」
山口長官はそう呟いた。それから三時間後の1145にアベンジャー雷撃機と第二機動艦隊は接触した。
「司令官、攻撃隊を出しますか?」
「……いや遠すぎる」
アベンジャーが接触した海域は攻撃隊が爆弾や魚雷を搭載せずに行って帰ってくる距離だった。スプルーアンスはそれを考慮したのだ。
「オザワの艦隊は南下しているな?」
「はい、間違いありません」
第五艦隊は南下してくるのを小沢中将の第一機動艦隊と勘違いしていた。
「此方も北上して一気にオザワの艦隊を叩く」
「ですが此方も被害を受ける恐れが……」
「この第五艦隊の対空砲弾は何だったかね?」
「……VT信管……」
第五艦隊の対空砲弾はVT信管付きの対空砲弾であったのだ。
「それに後方に上陸船団にいる護衛空母群の半数を展開させる」
「………」
「何か疑問かねデービース?」
「いえ、そうではないのですが……何か引っ掛かるのです」
「引っ掛かる?」
「はい、何か引っ掛かるような気がして……」
デービースはそう答えたが、それが何かは分からなかった。
「ふむ、取りあえずは注意しながら進むか」
そう判断するスプルーアンスであった。そして第五艦隊は一時北上を開始した。
上陸船団もサイパン島からの基地航空隊の攻撃が無く、上陸作戦を始めるのであった。
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