第六十話
序盤は分かる人には分かるあれです。
「諸君ッ!! とうとう日本がイギリスの喉元に当たるインドに攻めこんだぞッ!! 我等は一体何をしているんだッ!!」
ベルリンの総統官邸でドイツ第三帝国総統のアドルフ・ヒトラーはそう怒鳴っていた。
「我々ドイツ軍はソ連との戦闘中であり……」
「そんな事は分かっているッ!! ウラル山脈の要塞にいるスターリンは殺したのかッ!!」
「……残念ながらまだであります」
「貴様らトロトロとしているから日本がインドに攻めこむんだろうがッ!!」
ヒトラーは持っていた色鉛筆を机に置いてある世界地図に向かって投げた。机に当たった色鉛筆が部下の身体に当たろうとするが部下は寸前で避けた。
「畜生めェッ!!」
ヒトラーはそう叫びつつ椅子に座る。
「だがな、過ぎた事を後悔してはいかん。今を何とかしなければならない」
そう言ってヒトラーは世界地図のフランスに手を置いた。
「フランスにいる航空部隊の半数を対ソ戦に投入する。対地と補給路攻撃を重点に置くのだ」
「ですが総統、イギリス本土爆撃に使用するのでは……」
「今は仕方ない。今はソ連を潰す事を優先するのだ」
「まだ懸念はあります。イギリスが我が国に本土爆撃をする可能性があります。可能性がある限りはフランスに駐留しておくべきでは?」
「心配はない。代わりに特別防空隊をフランスに派遣する」
「特別防空隊をですか? しかしあの戦闘機はヤーパンの……」
「構わない。日本の戦闘機の評価は概ね高い」
ヒトラーが言った特別防空隊とは日本から送られてきた局地戦闘機雷電を主力にした戦闘機隊である。
最初は日本機だからと敬遠されていたが、フォッケウルフ社のクルト・タンク技師が操縦して上昇性能や重武装に好評価だったため三十機を輸入して防空隊を設立した。
折しもイギリス本土からランカスター爆撃機による爆撃があった事もあり直ぐに実践参加した。そして同隊は初陣でランカスター爆撃機を十一機も撃墜した。
報告を聞いたヒトラーは、空軍が局地戦闘機を開発するまでのライセンス生産をする事に決定させた。
日本側もライセンス生産を承諾して既にドイツ国内で九十機近くが配備されている。
ヒトラーはその特別防空隊をフランスに配備させようとしたのだ。
「ドンナー(雷電のドイツ名)はまだ生産される。ドンナーを主力にした防衛線をフランスから構築していくのだ」
「ではイギリスへの報復は……」
「今のところは予定に無い。全てはソ連戦が終わってからだろう」
「分かりました。それと気になる報告があります」
「気になる報告だと?」
「まだ信憑性は不明ですが、ソ連が日本に武官を派遣したみたいです」
「ほぅ……」
部下の言葉にヒトラーの目がスッと細くなるのであった。
「Разрешитепредставиться(初めまして)。ソ連太平洋艦隊から派遣されましたライサ・タルノフ大尉です」
将宏は東京のソ連大使館でそう説明された。タルノフ大尉は髪形は長髪のポニーテールにして色は茶であり瞳の色は灰色である。そして出るところは出ている(かなり)
「日本海軍の河内将宏だ。階級は少佐だ、済まないがロシア語は話せない」
「ОченьрадПознакомиться(お会い出来て光栄です)。カワチ少佐、大丈夫です。私は日本語を勉強しているのである程度の事は分かります」
「そうか(つまり、日本語で宮様達と話したら聞き耳される可能性があるな。注意しておくか)」
二人はそう言って握手をした。そして二人は大使館を出た。
「……同志タルノフが上手く行けばいいがな」
「は、ですが同志タルノフには最悪の場合はハニートラップも辞さないと指令しております」
ソ連大使館のとある部屋で数人の男が話をしていた。
「ヨナイが切られたのは痛い損失だが、これを機に日本海軍とパイプを持てば……」
そう願う男達であるが日本側も最初からソ連の狙いは知っているためにタルノフ大尉の相手を将宏に任したのである。
ただ、将宏曰く「俺に押し付けただけや」と前田少佐に愚痴っていたそうだ。
それは兎も角、将宏はタルノフ大尉の下宿先を前田家にしておいたのだが、二人が前田家に帰るとたまたま横空から帰ってきたヒルダと鉢合わせしたのである。
「ドイツ軍ッ!!」
「そういう貴様はソ連軍ッ!!」
二人はそう言って互いにモーゼルとトカレフを出そうとする。
「ちょ、待て待て待てェッ!!」
慌てて止めに入る将宏である。
「タルノフ大尉、此処で事件でも起こせば日本との関係が悪くなるぞ」
「ぐ……」
将宏の言葉にタルノフ大尉は言葉が詰まり、仕方なくトカレフが入るホルスターから手を退けた。
「それに此処は日本なんだ。無闇な事は控えてな」
「……分かった」
タルノフ大尉が渋々と頷いた。
「(ヒルダも挑発するなよ?)」
「(駄目なのか?)」
「(アカンに決まっとるわッ!!)」
小声でツッコミを入れる将宏である。
そんないざこざがあったが、タルノフ大尉は前田家に下宿するのである。
「ところで将宏。下宿代をそろそろ取ろうと思うが?」
「……何円?」
「一月五円だ」
「……分かった」
霞の言葉に渋々受け入れる将宏であった。まぁそれでも将宏の貯金はかなりあったのであまり損失はないが……。
そして新たにタルノフ大尉を含めた晩御飯である。
「このスープは美味いな……」
「味噌汁だ。身体にも良いぞ」
タルノフ大尉の言葉に霞はそう言って味噌汁を飲む。
「この焼き魚も美味い。日本の食文化、侮りがたしだな……」
後にそう報告をして怒られるのだが、それはまだ先の話である。
食事後、将宏は霞と話していた。
「済まんな霞。また厄介事が増えて」
「構わない。また賑やかになるだけだ」
霞はそう言って苦笑するが心の内は違う。
「(……また女性が増えた……。タルノフも将宏に引っ掛かったら……防衛線を貼るしかないかもな)」
そう思案していたりする霞である。
「カワチ少佐。サウナは無いのか?」
「いや、流石にそれは無いから」
風呂から出てきたタルノフ大尉にそう言う霞である。
「(しかも出ているところは出ている……強敵だ。おのれロスケめ)」
「……何か寒気が……」
霞の邪気な視線にタルノフ大尉は震えるのであった。
そして翌日、霞を除いた一行は横空に向かっていた。
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