第五十八話
『明けましておめでとうございます』
元旦、将宏は前田家で正月を迎えていた。第二機動艦隊も内地へ帰還しており、乗組員も日頃の疲れを癒しているはずだ。
「さんが日は家にいる予定だ。後で初詣に行こう」
「そうだな」
御節を食べながら将宏はそう頷いた。食糧の自給はコメは何とか足りていた。主に肉が無いのだが、政府は卵も産める鶏の増産をしていた。勿論、将宏の意見により鳥インフルエンザも警戒して政府主体である。
牛や豚の畜産をしているが鶏に比べれば遥かに少ない。政府も史実を教訓にして食糧の自給率を増やしてはいるが戦争に徴兵されたりしてあまり進んでいないのが現実であるが開戦前から食糧の備蓄をしていた事もあり、今のところは食糧不足になる事はない。
「ほら将宏。きな粉餅だ」
霞が皿にいれたきな粉餅を渡す。
「将宏、此方の砂糖醤油はどうだ?」
それに釣られてヒルダも砂糖醤油が入った皿を渡す。
「ハハハ……」
苦笑する将宏であった。なお、餅は渡された分も将宏が食べた。
将宏達は初詣を済ませ、さんが日を前田家で過ごした。さんが日を過ぎると三人は霞に見送られながら海軍省に向かった。
「明けましておめでとう河内君。今年もよろしく頼むよ」
「明けましておめでとうございます宮様。ところで自分に何か用で?」
「うむ。実はな河内君、ソ連から日本に観戦武官を送ると言ってきたのだよ」
宮様の言葉に三人は唖然とした。
「……確か中立条約は結んでませんからあまり意味が無いような気がしますが……」
「どうやら向こうは日本がシベリアに攻めいらないか心配のようでな」
「北進……ですか? 今の日本はそんな余力はありませんよ」
「向こうはそう思ってない。ソ連も日本とドイツが東西から攻められると思っているようだ」
実際にはシベリアにいる兵力をドイツ軍に充てたいためである。
「それで宮様。自分に何の関係が?」
「単刀直入に言うが、観戦武官を君で預かってほしい」
「……拒否権は発動出来ますか?」
「発動出来るわけないだろう。要は陸軍を見せなければいいんだ。陸軍の戦力を知られるわけにはいかんが、海軍は知られても構わん。ソ連海軍が我が海軍に太刀打ち出来ると思うかね?」
「……まぁ無理でしょうね。精々飛龍一隻でソ連海軍の太平洋艦隊は壊滅するでしょう」
「君の任務は陸軍の戦力を報せないようにするんだ。それものらりくらり交わしてな」
「はぁ、そう上手くいきますかね?」
「上手く行かないと駄目だ。そうしないとドイツは負ける」
ヒルダがいる手前で宮様はそう告げた。
「分かりました。何とか頑張ってみましょう」
「頼むぞ」
宮様はそう言った。そして一月二十日、カルカッタ攻略作戦が発動した。
シンガポールに集結していた上陸船団は直ちに出撃してアンダマン諸島の北アンダマン島沖合いで待機していた南雲中将の南遣艦隊と合流して南遣艦隊が護衛に回った。
そして艦隊は一路カルカッタへと向かった。その頃、ビルマのマンダレーでは集結していた陸海の航空部隊が出撃準備を完了していた。
「富永司令官、攻撃隊は何時でも出撃出来ます」
「うむ……」
富永中将はそっと腕時計の時間を見た。
「……時間だ。全機発進ッ!! 目標はカルカッタだッ!!」
「発動機回せェッ!!」
出撃命令を受けたパイロット達が各機の愛機へと駆け寄って乗り込んでいく。
そしてエンジンを始動してプロペラを回し始めた。整備兵達が次々と脚のブレーキ止めを外していく。
「帽振れェッ!!」
最初に戦闘機隊から発進し、海軍は零戦五四機、陸軍は隼(陸軍用零戦)の後継機である三式戦闘機『疾風』三六機(マンダレーからだと航続距離が足りないのでビルマのシットウェから発進している)と隼五四機である。
疾風はほぼ史実の四式戦闘機『疾風』を踏襲している。史実の疾風の操縦席は主翼のやや後方に設けられていたが、この世界ではそれは見直されて零戦同様になっている。
武装も史実同様であり最大速度は南方から良質の高オクタン価のガソリンを使用しているため六四八キロとなっていた。
疾風隊を指揮するのは飛行第六四戦隊飛行隊長の加藤建夫大佐である。
疾風隊はカルカッタの制空任務を受けており、一〇〇式司令部偵察機の誘導の元で飛行していた。
『電探に反応。敵戦闘機が向かっている』
一〇〇式司偵には対空レーダーが搭載されていた。日本陸海軍の偵察機には全て簡易の対空レーダーが搭載されている。
「敵さんのお出ましだ。歓迎してやるぞ」
加藤大佐は操縦桿を引いて上昇した。上空からの一撃をかけるつもりである。
『敵戦闘機は約五十機也。此方へ向かっている』
『隊長ッ!! 二時下方ですッ!!』
列機の檜中尉がそう叫んだ。二時下方にはスピットファイヤーとハリケーン戦闘機が飛行していたのだ。
「急降下で蹴散らすぞッ!!」
敵戦闘機隊より上位を飛行していた疾風隊は一斉に敵戦闘機隊に向かって急降下を開始した。
急降下する疾風隊に敵戦闘機隊は銃撃を受ける直前まで気付かなかった。疾風隊は太陽を背にして急降下をしていたのも一因ではあるが。
加藤大佐は二十ミリ機関砲を発射した。機関砲弾は先頭を飛行していたスピットファイヤーの左翼を吹き飛ばした。
左翼を吹き飛ばされたスピットファイヤーはスパイラルダイブをしながら墜落していく。
加藤大佐はそれに目もくれずに急降下しながら後方を見た。
奇襲攻撃によって敵戦闘機隊はバラバラになっていた。こうなれば後は一対一の格闘戦である。
『隊長そのままッ!!』
檜中尉が叫んだ。後方から一機のスピットファイヤーがエンジンから火を噴いて墜落していった。
『脇が甘いですよ隊長』
「ハッハッハ、檜に言われては儂も老いたかな」
加藤大佐は豪快に笑う。
「よし、ならもう少し頑張るとするか」
『お供しますよ隊長』
二機は再び空戦の輪に入ったのである。そしてマンダレーから発進した陸海の戦爆連合が到着したのは十五分後の事である。
疾風隊は完全に敵戦闘機隊を駆逐していたのである。
「爆撃態勢に移れッ!!」
総隊長の宮内少佐が一式陸攻『靖国』の機内でそう叫ぶ。
「投下準備完了ッ!!」
「用ぉ意……撃ェッ!!」
開いている爆弾倉から次々と六十キロ爆弾が投下され、六十キロ爆弾はカルカッタの滑走路に次々と命中したのである。
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