第五十五話
「成る程、その手がありましたね」
「……つまりだ。日米の捕虜を交換するのか?」
宇垣参謀長が山口中将に問い、山口中将は頷いた。
確かに妙案であった。開戦後、少なからず日本軍も捕虜で兵士が捕らわれている事は知っていた。
「一応、史実では民間人の交換は日米と共にやっていました。人命優先のアメリカも食いつくでしょう」
将宏はそう断言した。なにしろ、海上に不時着水した航空機を探すのに大規模な捜索をするのである。アメリカが乗らないわけがない。
「……よし、山本と直ぐに相談してみよう」
堀長官はそう判断をして暗号で東京と交信しあった。
そして一時間が経った時、堀長官が長官室に入ってきた。
「内地も了承した。アメリカとも一週間程度の交渉で交換出来るだろう」
堀長官はそう言った。山本も捕虜の交換を了承したのだ。
日本政府は捕虜の交換をアメリカに打診した。これに対しアメリカも交換を了承したのである。
「ジャップの提案からは仕方ないが、ボーイズ達が帰ってくるのは喜ばしい事だ」
ルーズベルトがハル国務長官に漏らした言葉である。ガダルカナル島にいた捕虜の海兵隊は第八艦隊が捕獲した輸送船に乗り込み、十一月十日にニューカレドニアのヌーメアに到着した。
アメリカも海戦等で捕虜にした航空機パイロット等を輸送船に載せてトラック島に送るのであった。
「え? 休暇ですか?」
空母翔鶴の長官室で将宏と前田少佐は山口長官からそう言われていた。
「そうだ、貴様らは少し働きすぎだからな。五日程度の休みをやるから内地へ行ってゆっくりしてこい」
山口長官はそう言った。確かに二人は八月にトラックに来てから一度も内地へ帰っていなかった。
それを堀長官は心配したらしい。まぁ前線の兵士にはそんな余裕は無いのだが……。
「……分かりました。内地でゆっくりと垢を落としてきます」
「うむ、しっかりな」
三人はそう言って敬礼をして将宏と前田少佐は翔鶴を離艦して用意されていた二式大艇で内地へ向かったのである。
ちなみにこれと入れ替わるように海護の護衛駆逐艦六隻に護衛された四隻の空母がトラック島に入港した。
空母は小型空母の大鷹型三隻とドイツの客船シャルンホルストを改装した神鷹である。
大鷹型は搭載数が史実より多少多めの三十機で連装高角砲四基、三連装対空機銃十基、最大速度二七ノットである。
対する神鷹は第二次大戦勃発時に神戸で係留していたが39年十二月に海軍がドイツから購入して改装したのだ。
排水量は約二万一千トン、搭載数は五一機(常用四八機、補用三機)、連装高角砲四基、三連装対空機銃十二基、最大速度二八ノットである。
目下、第三機動艦隊への配備が有力視されているがまだ搭載する航空隊がいないので航空機輸送をしていた。
四隻は格納庫に第二機動艦隊へ配備される天山を搭載していたのだ。
飛行甲板で露天係留していた分も含めると約百五十機である。
入港した四隻はクレーンを使って天山を下ろしていく。
「やっと新型機だな」
搬入を見ていた古参の整備兵はそう呟いた。なお、空母から降ろされる九七式艦攻は練習航空隊か各基地の対潜哨戒機として運用される事になる。
それは兎も角、第二機動艦隊にも漸く新型の艦攻が届いた事に士気が上がる事になるが、内地へ帰還した将宏に驚くべき報告が届いたのである。
「えぇぇッ!? 漫画が休載させられたァッ!? どういう事ですかッ!!」
「……済まない、横槍を入れられたのだよ」
海軍省でわざわざ大本営から来た辻中佐が済まなさそうに頭を下げる。
「横槍って何処からですか?」
「……頭が固い陸海の馬鹿どもだ。奴等、文部省と手を組んで戦時中だからと言って無理矢理休載させた」
「……あの馬鹿どもが……」
将宏は右拳を机に叩きつけた。
「……辻中佐」
「何だ?」
「そろそろ馬鹿どもを掃除したいと思いますがどうですか?」
「ふむ……それはいいかもしれんな。未だに突撃すれば勝てると思っているような連中だ、優秀な人材を要所にすれば我が陸軍も進歩出来るだろう」
辻中佐は腕を組みながらそう言った。
「それにな、私も漫画を楽しみにしているんだ。奴等の好き勝手に休載させられては困るんだ」
辻中佐はそう言ってニヤリと笑った。
「分かりました、此方も陛下に頼んでみようと思います」
「ハッハッハ、一番効くのは陛下の御言葉だからな」
辻中佐はそう笑うのであった。
それから数日後、陸海軍で人事移動があり、所謂頭が固い将校の多くが予備役へ編入された。
独裁者のような振る舞いであるが、この人事移動のおかげで陸海軍の壁はかなり無くなり、風通しが良くなる事でもあった。
そして漫画はというと休載から再び連載する事が決定されるのであった。
そして仕事を終えた将宏と前田少佐はヒルダと霞と共に二泊三日で箱根の温泉に来ていた。
「はぁ〜……いい湯やなっと」
「戦争している事を忘れるな……」
将宏と前田少佐は首もとまで深々と湯に浸る。その時、航空機の爆音が聞こえてきた。
「あれは……陸軍の九七式重爆やな」
「確か小田原には陸軍の重爆隊の航空基地があったな」
三機の九七式重爆は超低空飛行で将宏の頭上を通過した。その時、将宏は双眼鏡で此方を見ているパイロットを見つけた。
「……ん? 超低空飛行?」
「マサヒロォ〜、あれって陸軍の飛行隊?」
「それにしては超低空飛行だな」
隣の女湯でヒルダと霞がそう言ってきた。
「……ははぁん、成る程な」
「フッフッフ、陸軍の風上にも置けんな。将宏、後の事は任せろ」
「任した」
二人はニヤリと笑った。後に三機のパイロット達は二ヶ月の減棒と便所掃除が言い渡されるのであった。
その後、四人はどんちゃん騒ぎをして大の字にして寝ていた。
「……ん……トイレ……」
尿意を感じた将宏がのっそりと起き上がる。
「……飲み過ぎたかな……」
将宏は目を擦りながら厠に向かう。その時、中庭に霞がいた。
「霞?」
「ん? 将宏か」
「朝早くからどうしたんや?」
「日の出を見ようと思ってな」
確かに日の出が少しずつ出ていた。
「日の出か……明けの明星は何処かな?」
「それだと彼処だ」
「彼処って何処だよ?」
「だから彼処だって」
「だから何処だって」
その時、二人は気付けば顔と顔が間近にあった。
「「………」」
二人は黙ってしまう。その沈黙が痛いんだ。
「(何か言うべきやろか……)」
「(何で黙ってしまうんだ。顔が近いだけじゃないか)」
二人は徐々に顔を赤くしていく。心なしか二人の顔は徐々に近づいていってる。
「(このままだと……)」
「(でも……)」
そして唇と唇が合わさる寸前だった。
「はいはい終了ぉ〜」
「「ッ!?」」
いつの間にか前田少佐が来ていて両手で二人の顔を遠ざけた。
「今、何していた? ん?」
笑顔の前田少佐であるが異様に怖い。怖いのである。
「……何でもない」
「……同じく何でもない……」
霞はそう言って顔を赤くしながら去った。前田少佐はグリグリと将宏の右足を踏みつける。
「霞に手を出してみろ……『お前の額に穴が開くぞ』」
「は、はい……(シスコン……)」
そう思う将宏であった。ちなみにヒルダはというと……。
「ニュフフフ〜♪ もうそこは入らんぞマサヒロォ〜♪」
部屋で夢を見ながら爆睡しているヒルダであった。
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