第二十三話
――十二月一日皇居――
皇居の千種の間で陛下を含めた御前会議が行われていた。
「……山本、やはり開戦しかないのか?」
一通りの報告を聞いた陛下は山本に聞いた。
「……残念ながら……アメリカはイギリスを助けるため、太平洋を手に入れるため我が日本と徹底的にやりたいようです」
「……やむを得ないか……」
陛下はそう呟いて、千種の間を後にした。そして陛下がいなくなった千種の間で山本は東條達を見た。
「……開戦だ」
山本はそう言った。
――聯合艦隊旗艦敷島――
「長官、電文です」
「うむ」
堀長官は宇垣参謀長から渡された電文を受け取る。差出人は山本からだった。
「……大海令第十二号を開封せよ……か」
堀長官は金庫から大海令第十二号を取り出した。
「……宇垣、直ちに全艦隊に打電だ」
敷島から電文が送られた。
『ニイタカヤマノボレ 一二〇八』
――空母赤城――
「小沢長官、旗艦敷島から電文です」
「うむ」
小沢長官は古村参謀長から通信紙を受け取る。
「……参謀長、いよいよ開戦だ」
文を読んだ小沢長官はそう言った。
「やはり開戦ですか」
近くにいた航空参謀の内藤中佐が言う。
「……歴史は繰り返してしまう……か」
聞いていた将宏は呟いた。
「だが……やるしかないだろう」
小沢長官はそう言って目を閉じた。
――十二月八日ハワイ諸島北方――
「長官、時間です」
「……第一次攻撃隊発艦せよッ!!」
古村参謀長から告げられた発艦時刻に小沢長官が低く叫んだ。
『発艦始め』
赤城の発着艦指揮所から青い旗が振られた。プロペラを回していた零戦隊の一番機である板谷少佐の零戦がゆっくりと動き始め、零戦が飛行甲板から離れてそのまま上昇していく。
それに続いて二番機も発艦を始める。他の空母でも第一次攻撃隊に選ばれた航空機がプロペラを回しながら発艦していく。
第一次攻撃隊の陣容は零戦六六機、九九式艦爆七二機、九七式艦攻九十機である。
なお、九七式艦攻は五十機は長門型戦艦の主砲弾を改造した八百キロ徹甲爆弾を搭載し、四十機は真珠湾の浅い深度のために開発された浅沈用魚雷を搭載している。
総隊長は淵田中佐で、制空隊隊長は板谷少佐、艦爆隊隊長は高橋少佐、水平爆撃隊は淵田中佐が兼任し、雷撃隊は村田少佐が指揮している。攻撃隊二二八機は第一航空艦隊上空で集合して編隊を組んだ。
そして攻撃隊は真珠湾へ目指して飛行して行った。
「……直ちに第二次攻撃隊の発艦準備だッ!! 第二次攻撃隊は準備が完了次第発艦開始せよッ!!」
「ハッ!!」
第一次攻撃隊を見送った小沢長官の言葉に古村参謀長が敬礼をした。
各空母の乗組員は第一次攻撃隊を見送ると慌てて第二次攻撃隊の準備に入った。
「第一艦隊はどうした?」
「既に先行を開始した模様です」
双眼鏡で前方を見ていた将宏が言う。第一航空艦隊の前方には高須中将の第一艦隊と不時着用の伊号潜水艦四隻がいた。
しかし今は第一艦隊も速度を上げて真珠湾を目指して航行していたのだ。
「なら構わない。第一艦隊には作戦の総仕上げをしてもらわないとな」
小沢長官はそう言った。
一方、東南アジアはどうなっていただろうか。
――戦艦伊勢――
「撃ち方始めェッ!!」
「撃ェッ!!」
伊勢の砲術長が引き金を引く。新しく伊勢に搭載された四十一サンチ連装砲四基は紅蓮の炎を上げた。
伊勢が目標にしたのはマレー半島のコタバルの海岸陣地である。伊勢の砲弾は海岸陣地に落下途中で幾つもの花火を上げた。
それは海岸陣地を火の海へと変えて陣地にいたイギリス軍の将兵を焼こうとする。
イギリス軍の将兵は我先にと目の前にある海へ飛び込んで火を消す。
しかし砲撃はそれで終わらない。
伊勢と二番艦の日向は次々と砲弾――三式弾を海岸陣地に撃ち込んでいく。
「……砲撃は順調なようだな」
「はい。今のところ敵さんからの反撃は皆無です」
南遣艦隊司令長官の南雲中将の言葉に参謀長の矢野志加三少将が言う。
「角田の空母部隊はどうした?」
「は、今頃は攻撃隊を発艦させているはずです」
南遣艦隊の空母部隊は角田少将を司令官の元、イギリス軍の根城であるシンガポールを攻撃しようと攻撃隊を発艦中だった。
空母部隊は旗艦龍驤を筆頭に飛鷹、隼鷹、祥鳳、瑞鳳の五隻である。
「シンガポールを徹底的に叩けッ!!」
角田少将の訓示はそれだけだった。角田少将は上空警戒機の零戦を僅か九機だけ残して後は全てシンガポールへ送り込んだ。
一方、イギリス東洋艦隊はというと。
「急いで出撃準備をしろッ!!」
イギリス東洋艦隊旗艦プリンス・オブ・ウェールズの艦橋でフィリップス中将が叫んでいた。
既にコタバルが砲撃されているのは知っていた。
「艦隊決戦で片付けてやる」
フィリップス中将はそう考えていたが、出撃準備が完了する前にシンガポールに角田空母部隊からの攻撃隊が殺到するのであった。
そしてマレー半島、真珠湾の攻撃が始まる十五分前、大日本帝国は米英蘭に対して宣戦を布告していたのである。
しかも世界に向けて発信していた。
――十二月八日午前三時、首相官邸――
朝日等の記者達はいきなりの緊急会見にも関わらず、朝から元気だった。
「記者諸君、朝早く御苦労だ」
そこへ山本首相が会見場に入ってきた。
「総理、いきなりの緊急会見とは一体何でしょうか?」
現れた山本に記者達が次々と疑問をぶつけていく。
「焦るでない。……では今から発表する」
『………』
記者達は黙りこんだ。
「我が日本帝国は度重なるアメリカとの交渉してきたが、遂に限界であろうと判断をしてアメリカ、イギリス等に対して国交を断絶する事にした」
山本はそこで一息入れた。
「そして……米英蘭等の国に対して宣戦を布告する事が決定、既に各大使館にも通達済みである」
ザワザワッ!!
山本が発表を終えると記者達が騒ぎ出す。
「質問は少しだが受け付けよう。君らも仕事があるからね」
「総理、宣戦を布告するという事はアメリカのハル・ノートは受諾しないと言う事ですか?」
「その通りだ。ハル・ノートは我々を戦いさせようとするアメリカの陰謀である。それにフィリピンのアジア艦隊の艦艇爆破未遂もアメリカの陰謀である」
「何故アメリカがそこまで我々と戦いたいのでしょうか?」
「アメリカ……ルーズベルトの盟友であるチャーチルのイギリスが瀕死の状態だからだ。ルーズベルトは選挙の公約で息子を戦争に駆り出さないと公言している。それに付き合わされたのが日本だ」
山本はそこまで言うと注がれた水を飲む。
「アメリカには勝てるでしょうか?」
「……正直に言えば、正面から当たれば負けるであろう」
『ッ!?』
山本の言葉に記者達は驚いた。
「一国の首相がそのような発言をしても言いのですかッ!!」
「そうだそうだッ!!」
記者達が騒ぐ。
「黙れェッ!!」
山本が一喝した。
「……総理だからこそ真実は言わねばならんのだ。国民を煽ってきた貴様らにその事が言えるのか? 典型的な例が日比谷焼き討ち事件だ」
『………』
山本の言葉に記者達は何も言わない。
「確かに我が国の国力を考えればアメリカとの戦いは無謀だ。しかし、日本一国ではなく、アジアの国々がアメリカと戦えばどうなるか?」
「……大東亜共栄圏を作るのですか?」
「似たような物を作る考えはある」
見覚えがある記者の言葉に山本はそう答えた。
「それでは一つ、記者諸君に特ダネを提供しよう。我が日本海軍は宣戦布告のため、アメリカ太平洋艦隊の根城である真珠湾を奇襲攻撃する予定だ」
『ッ!?』
記者達に激震が走った。
「今の時間だと攻撃隊は真珠湾上空に到着した頃だろう」
山本は三時十九分を見てそう言った。




