第二十一話
十月十五日、参謀本部の場所にて陸海の大本営の設置が決定された。更に同日、伏見宮が後ろから支えていた海上護衛隊司令長官に就任。
参謀長には及川大将が就任した。
「……何か戦争の道へ進んでいるな」
朝食のとき、霞がポツリと呟いた。
「……まぁいざと言う時に備えてやからなぁ」
将宏が少し焦りながら味噌汁を啜る。
「それでも、横須賀基地でヒヨコに教える機会が増えているが?」
同じく味噌汁を啜るヒルダが将宏を見る。
なお、将宏とヒルダは前田家で下宿をしていたりする。
霞は何やら嬉しそうな顔をしていたが……。
「……馬鹿兄上は何か知っているのか?」
霞は秋刀魚を食べている前田大尉に訊ねた。
「い、いや俺は何も知らんなぁ……」
前田大尉はギクシャクしながらもそう答えた。
「……ならいい。私はただの一般人だからな」
霞は興味が失せたように言う。
「(……何か申し訳ないわ)」
将宏は味噌汁を啜りながらそう思った。
将宏と前田大尉は朝食を済まして大本営に来ていた。
なお、ヒルダは横須賀基地へ行った。
「それで……作戦だが……」
集まった陸海の参謀達は将宏を見つめた。
「実は自分も独自ながら簡単に作戦を考えてきました」
将宏は立ち上がってそう言い、参謀達に一人二枚の紙を渡した。
「こ、これはッ!!」
「……大胆過ぎる……」
参謀達はそう口々に言う。
「質問は後です。では説明します」
将宏は指揮棒を持ち、世界地図のある場所を指した。
「まず海軍ですが、開戦時にアメリカ太平洋艦隊の根城である真珠湾を奇襲攻撃してハワイの航空戦力と太平洋艦隊、基地施設、燃料施設を徹底的に破壊します。この作戦には第一航空艦隊と一日に竣工した大和を加えた第一艦隊が担当します」
「大和は秘匿すべきではないか?」
海軍の軍令部第一課長の富岡定俊大佐が言う。
「既に公表していますし、今更秘匿するのは意味無いと思います。大和は積極的に使うべきです。大和は戦うために生まれた戦艦なんです。お聞きしますが何のために大和を建造したんですか?」
『………』
将宏はそう言った。将宏の言葉に海軍の関係者は何も言えなかった。
「そして第一航空艦隊と第一艦隊はウェーク島とハワイの間にいるはずの空母エンタープライズを捕獲します」
「……あれだけ空母を建造しているのにまだいるのかね?」
第一部長の福留少将が聞いた。
「アメリカとの戦いは消耗戦です。日本の工業力はアメリカには敵いませんから建造する日数は明らかに違います。なので空母は一隻でも多くいる必要があります。エセックス級だけで二十隻以上ありますからね」
『………』
将宏のエセックス級という言葉に海軍関係者は顔を歪ませた。
「そして第四艦隊がウェーク島を攻略します」
「ミッドウェーはどうする?」
「……艦艇の数が足りません。開戦初期は南方を素早く手に入れて油田施設を無傷で捕獲しなければなりません」
近代兵器は石油やガソリンが無くては戦えないのだ。
「陸軍ですが、タイから進撃する部隊と海軍の南遣艦隊に護衛された輸送船団をコタバルから上陸させて進撃する部隊に分けます。そして南遣艦隊の空母龍驤、飛鷹、隼鷹等の空母部隊はシンガポールを奇襲してイギリス東洋艦隊を撃破させます」
将宏はトントンとシンガポールを指す。
「イギリスに気付かれないか?」
「南遣艦隊の派遣はタイへの訪問目的だとか言うしかないです。まぁ向こうも此方が手を出すまでは動けません」
「南方作戦支援として堀長官は伊勢と日向を派遣する予定です」
『オォォッ!!』
聯合艦隊から派遣された宇垣参謀長がそう言うと、陸軍関係者は喜びを見せた。
やはり航空機が主力になりつつ今でも戦艦は威圧感を出す存在なのである。
――十一月中旬、ホワイトハウス――
「プレジデント、日本は戦争への準備しているようです」
「……そうか、漸くジャップも我々の誘いに乗ってくれたか」
ホプキンスからの報告にルーズベルトはニヤリと笑う。
「しかしアメリカにいるジャップを返してよかったのですか?」
「構わん。それに日本にいた我が同胞が帰ってくるのだ」
ルーズベルトはそう言った。
「……ジャップが東南アジアを占領するようだな?」
ルーズベルトはキングとスチムソンに聞いた。
「イエス。台湾方面に偵察に出したB-17が多数の輸送船団を発見しており、海軍の考えでは開戦後に東南アジアに攻めこむでしょう」
キングはそう言った。
「ふむ……フィリピンは捨て石になるな。マッカーサーからの要請で支援をしてはいるが恐らくは陥落するだろう」
ルーズベルトはそう判断した。
「ではフィリピンの支援を打ち切るのですか?」
「いや、時間稼ぎが必要だから減らして送れ」
ルーズベルトはフィリピンを完全に捨てる事にしたのだ。
「分かりました。そう手配しておきます」
スチムソンは頷いた。
――柱島泊地――
柱島泊地では第一航空艦隊と第一艦隊が出撃していた。
「……頼んだぞ」
通信機能を増強させた聯合艦隊旗艦敷島の艦橋で堀長官は第一艦隊と第一航空艦隊を見送っていた。
対米交渉は既に決裂寸前までになっていた。しかし、それでも将宏や東條達は改善に見出だそうとしていた。
山本首相自らが行く案があったが流石にそれは見送られた。
「……無理そうやなぁ……」
将宏はこの時、空母赤城に乗艦していた。その理由はというと……。
「どうかね特務参謀? 改装された赤城の具合は?」
「こ、これは小沢長官」
将宏の前に現れたのは第一航空艦隊司令長官の小沢治三郎中将だった。
「赤城は改装によって搭載機は百機を越えたからな」
赤城は下部の二十サンチ単装砲六門は撤去されて格納庫の広さを確保し、艦を伸ばして機関も新しくされ対空火器も十二.七サンチ高角砲、四十ミリ連装機関砲、二五ミリ三連装対空機銃が設置されたのだ。なお、常用は零戦三六機、九九式艦爆二七機、九七式艦攻二七機の九十機で補用十二機の全搭載機数は百二機である。
赤城と第一航空戦隊を勤める加賀も改装されていた。下部の二十サンチ単装砲は撤去され、航空機のスペースを確保し、艦を伸ばして機関も新しくされ最大速度は三十.二ノットを記録。
武装も十二.七連装高角砲、四十ミリ連装機関砲、二五ミリ三連装対空機銃が設置された。航空機は常用に零戦三六機、九九式艦爆三六機、九七式艦攻三六機で補用十二機である。
「はい。史実より武装と搭載機数も増えていて強力な空母です」
将宏は力強く頷いた。
「ただ沈みにくくなっだけかもしれんな。赤城と加賀は老齢艦だ。気を抜いていれば史実のミッドウェーになるかもしれん」
小沢長官はそう言って並走する空母加賀を見つめた。
「そのために防空巡洋艦に改装した軽巡長良と五十鈴がいます」
第一航空艦隊には防空艦の補給として防空巡洋艦に改装された長良と五十鈴が臨時に配備されていた。二隻は主砲を全て撤去し、十サンチ連装高角砲に置き換えて二五ミリ三連装対空機銃も増設した。
残念ながら四十ミリ連装機関砲は二隻に乗せる余裕は無かった。それでも二隻は第一航空艦隊の防空の要でもある。
「……河内特務参謀のおかげで出来る限りの事は出来たからな」
小沢長官は言った。
「……まだ特務参謀には馴れませんけどね」
将宏はアハハハと笑う。
実は将宏、第一航空艦隊の特務参謀に任命されていたのだ。




