第二十話
将宏や東條達は午前中にも関わらず、帝国ホテルの一室にて緊急の会合を開いた。
「……では河内はアメリカの策略と考えているのか?」
「はい」
東條の言葉に将宏は頷いた。
「恐らくアメリカは石油等の輸出を禁止したら日本が暴発するだろうと踏んでいたと思います。ですが……」
「我々が開戦をしなかったから痺れを切らしたアメリカが自作自演をしたと?」
「……多分そうかと思います」
「……どれほど戦争をしたいんだアメリカは……」
伏見宮は溜め息を吐いた。
「国民はモンロー主義の思想があるので戦争は反対していますが、ルーズベルトはやりたいんですよね。チャーチルを助けたいですし」
ビスマルクが沈まなかった事により、ビスマルクの圧力は日に日に強くなっている。だが、ドイツ海軍も航空戦力の有効性は知っているので機動部隊の設立に大忙しだった。
「ドイツ海軍に旧式艦を売ろうにも日本とドイツは遠すぎる」
海軍は日露戦争で活躍し、今は特務艦になっている出雲や八雲等を売ろうとしていたが、イギリス等の妨害があると予想されたので無くなっている。
「旧式艦を売るとすればインド洋を制圧してからですね」
将宏はそう呟いた。
「それは後だ。今はアメリカの対応をどうするかだ」
伏見宮はそう言った。
「今回の事件により、近衛第三次内閣は総辞職するかもしれません。まだ外務省内での話ですが」
白州がそう呟いた。
「しかし……史実の十月に近衛第三次内閣は総辞職するのだろう?」
41年から会合に参加している嶋田が将宏に聞いた。
「はい。ですが、今回の事件で史実より早めに総辞職するかもしれません」
将宏はそう答えた。
「……史実通りだと次の総理は私になるが……」
「……はっきり言えばアメリカとの戦争は海軍が主力になります。勿論東條さんという線もありますが……」
「海軍からになると……儂ではやりにくいだろう。嶋田でもよくて海軍大臣だろう」
伏見宮がそう指摘する。なお、嶋田はその言葉を聞いて苦笑していた。
「……一人だけいます」
「何?」
将宏の言葉に杉山が驚いた。
「誰を総理にするのかね?」
「……山本長官です」
『何ィッ!?』
「お、俺か?」
将宏の言葉に東條達は驚き、名指しされた山本本人も驚いていた。
「山本長官はアメリカへ行った事もありますから閣僚の中ではアメリカを詳しく知る人物になると思います。それに山本長官は元は軍政家タイプなので」
「……確かに山本という線もあるな。だが、もし山本が総理になれば聯合艦隊司令長官は誰にするのだ?」
伏見宮が将宏に聞いた。
「……山本長官、嶋田さん、吉田大臣の同期は誰でしょうか?」
『ッ!?』
将宏の言葉に海軍関係者はハッとしてその人物を見た。
「……私が聯合艦隊司令長官をするのかい?」
「……やってくれませんか? 堀大将」
将宏は今は舞鶴鎮守府長官の堀悌吉大将に訊ねた。
「……俺にはそんな大役は無理だと思うよ」
「謙遜しないで下さい。山本長官や吉田大臣達は貴方を評価しているんです。ただ、これは近衛第三次内閣が総辞職した場合ですので」
将宏はそう言ったが、史実でも総辞職するのだから総辞職する確率は高い。
「取りあえずはアメリカの自作自演と主張して対米戦に備える。それで良いか?」
伏見宮の纏めに皆は頷いて会合は終わった。
そして日本政府はフィリピンの事件に対して軍の特殊部隊等は存在しておらず、アメリカの関係を修復したいのにわざと破壊するような事はしない。これは第三者による破壊工作であり、我が日本は何ら関与していないと真っ向からアメリカの主張を否定した。
これに対してアメリカは日本語が書かれた暗号書を証拠にして反日キャンペーンを展開。
アメリカ人による日本人の殺害(間違って中国人も殺される事も)が横行するようになり、警察はそれを全て無視した。
これに対して日本は日本にいるアメリカ人とアメリカにいる日本人の交換を提供。これにはアメリカも応じて日本側から在日アメリカ人を乗せた客船八隻の第一次陣が出港した。
そして十月一日。
近衛第三次内閣は事態の収容が広がるのと、陛下の期待に応えられなかったを理由に総辞職した。
「……危惧した通りになってしまった」
会合で東條はそう呟いた。
「……総理と聯合艦隊司令長官……やってくれませんか?」
将宏は山本長官と堀大将に訊ねた。
「……分かった。俺は引き受けよう」
山本長官がそう答えた。
「アメリカとの戦いは太平洋だ。ならその主力は海軍になる。総理が海軍の方がやりやすいだろう」
山本長官はそう言った。
「……河内大尉(昇進してた)。俺も聯合艦隊司令長官の任は引き受けよう。あの会合の後、山本と吉田と飲んでな。俺が長官やった方がいいと説得させられてな」
堀大将が苦笑する。
「……決まりだな」
伏見宮はニヤリと笑う。
「では山本五十六を総理大臣に、堀悌吉を聯合艦隊司令長官にする事に異議する者はいないか?」
『………』
伏見宮の言葉に誰も手を挙げなかった。
「では、山本五十六を総理大臣に、堀悌吉を聯合艦隊司令長官に決定するッ!!」
伏見宮の覇気がある声が部屋に響いた。
――1941年十月十日、東京――
「号外ッ!! 号外ッ!! 聯合艦隊司令長官の山本五十六大将が内閣総理大臣になったァッ!!」
新聞配達者が号外の紙を投げ捨てていく。民衆はそれを拾って紙を見る。
十月九日に山本五十六大将は聯合艦隊司令長官を辞職して後任に堀悌吉大将が就任した。
そして翌日の十月十日に、大政翼賛会の支持により山本五十六は近衛総理の後を継いで総理大臣に就任した。
山本内閣の誕生だった。
山本内閣の構成は主にではあるが、外務大臣に白州次郎が就任。
海軍大臣は山本が兼任して、陸軍大臣には東條が留任していた。
商工大臣には吉田茂が就任。
海軍次官には嶋田大将が就任するなどした。
「……やはり開戦は避けられぬか」
帝国ホテルの一室での会合に今回は陛下も参加していた。
「は、アメリカは戦争をやる気です。なのでこれ以上の交渉は……」
「よい。河内は日本のためによく尽くしてくれた」
謝ろうとする将宏に陛下はそう諭した。
「山本、食糧の備蓄はどうなっている?」
「は、前々から少しずつですが備蓄はしており約三年分はあります」
「うむ、史実のような食糧が不足するような事はしてはならん。山本、皇室の財産も使うのだ。戦争中に皇室の財産は使う道は無いからな」
「は、分かりました」
山本首相が頭を下げて、その日の会合は終わった。




