第百八話
明日はヒトラー更新予定。
後数話……。
「……海が哭いているな」
リー中将は思わずそう呟いていた。リーの視界には炎を上げながら波間に消えようとしている獰猛達が映っている。
「リー司令……」
「………」
リーは無言だった。バークが言おうとしているのは理解している。だが言葉に出せない。
「撤退を……具申します」
「……ふぅ」
バークが漸く出した言葉にリーは息を吐いた。
「……やむを得ない……か」
リーは帽子を深く被り振り向いた。
「全艦に発信!! これより撤退する、殿はこのモンタナが承ける!!」
「リー司令!?」
「早くしたまえ。それとモンタナは総員退艦せよ」
「それはいけませんリー司令!! 貴方はこんなところで死んではいけない人だ!!」
バークがリーを説得するが、リーは首を横に振る。
「良いんだバーク。私はガダルカナルでもジャップに負けたんだ。此処で果てるのなら本望だ」
「リー司令……。それなら私も残ります」
「バーク……」
「リー司令が退艦しないのであれば私も御供します!!」
「……判った、君には負けたよ。退艦しよう」
「……ありがとうございますリー司令」
そしてモンタナに総員退艦が発令され、乗組員達は海に身を投げていく。リー中将達はボートで駆逐艦に移乗した。
「放棄したモンタナを囮とする。その間に艦隊は戦場を離脱、離脱後は陣形を整えて真珠湾に帰還する」
米艦隊は戦場を離脱した。電探で米艦隊の離脱を知った宇垣は追撃しようとしたが止めた。
「あの艦を鹵獲しよう。アメリカもあれを囮にしたんだろう」
「見るところ、無人のようですし時間稼ぎでしょう」
宇垣の言葉に松田はそう補足するように言う。放棄してあるモンタナに重巡愛宕と駆逐艦雪風と時雨が近づき武装した乗組員をモンタナに移乗させた。
「宇垣司令、米艦隊は電探の範囲から消えた模様です」
「……離脱したか」
日本海海戦のようなパーフェクトにはならなかったが完勝したのはまず間違いない。
「宇垣司令、炎上している戦艦が沈みます」
左舷に大傾斜していたオハイオの限界が訪れていた。左舷に五本も酸素魚雷が命中していたのだ無理もない。オハイオはゆっくりと波間に消えていく。
その間、手の空いた将兵は沈んでいくオハイオに敬意を表して敬礼をした。
「……よし、トラックに帰ろうか」
宇垣はそう呟いた。鹵獲したモンタナは金剛が曳航する事になり、艦隊は陣形を整えてトラックに目指した。
そして夜明け後の0635。艦隊は十六ノットで航行していたが、海中に海の魔物がいた。
「……ビンゴ。ジャップの艦隊だ」
「やりましたね艦長。艦長の賭けは勝ちましたね」
この時、海中には米潜水艦のシーライオン、デイス、スケートの三隻が潜んでいた。三隻ともスクリューは動かさず、宇垣艦隊が来るのを待っていたのだ。賭けに等しい事だが、三隻はバラバラに動く事なく宇垣艦隊の帰還航路を勘で割り出して待ち構えていたのだ。
「主よ、このような機会に巡り会えた事を感謝します。魚雷は?」
「注水済みです」
「距離約三千です」
「ようし……全門撃て(シュート)!! 発射後急速潜行!!」
三隻の潜水艦は時間差で魚雷を発射した。この時宇垣艦隊の上空には愛宕と高雄から発艦した瑞雲二機が飛行していた。
「き、機長!! 左舷より魚雷複数接近!!」
「何!?」
瑞雲は直ぐに艦隊に知らせると急降下をした。主翼に搭載した二十ミリ機銃で出来るだけ破壊しようとしたのだ。だが瑞雲は一本しか破壊出来ず(むしろ破壊出来ただけでも御の字である)、宇垣艦隊は慌てて回避航行に移行した。
「魚雷三本!!」
「取舵一杯!!」
「とぉーりかぁーじ、いそぉーげー!!」
高雄は迫り来る魚雷を避けようとしたが、回避出来なかった。
「総員衝撃に備えよ!!」
その直後、高雄の左舷に三本の水柱が噴き上がった。それは後方にいた愛宕と摩耶にも二本ずつ水柱が噴き上がっていた。
幸いにも三隻は沈みはしなかったが、高雄は大破して半年もの間ドックに入れられた。
「金剛に魚雷四本命中!!」
「何!?」
モンタナを曳航していた金剛の左舷に四本の水柱が噴き上がった。モンタナを曳航していたため曳航具を外す暇がなく回避出来ずにまともに食らってしまう。
しかしど真ん中には命中せず艦首付近に二本、機関室付近に命中した。艦首付近も酷かったが一番酷いのは左舷機関室だ。この二本の命中で左舷機関室にいた機関兵全員が吹き飛んで即死した。
艦齢が三十年余りになる金剛にはかなりの損傷であった。この影響で金剛はトラックに帰還後にトラック諸島の冬島に力尽きたように擱坐した。(工作艦明石の施しにより半年後に浮揚して日本に帰還した)
モンタナの曳航は比叡に任され金剛の曳航は霧島がする事になった。
他にも魚雷回避のために最上と三隈が衝突をしていたが航行に支障はなかった。
「……窮鼠猫を噛む……だな」
「米艦隊に勝ったので油断していましたな。哨戒機の投入は惜しみ無くするべきです」
「うむ。良い教訓になっただろう」
後に艦隊の哨戒機は常時十二機編成となる。
「潜水艦は仕留めたか?」
「南雲司令からの報告では二隻を仕留めたようですが、まだ数隻入るのかもしれません」
「うむ、対潜警戒は怠るな。それにしても大和にも命中したのに気付かなかったな」
「それだけの巨艦です」
実は大和にも魚雷二本が命中していたが衝撃はさほど想像より下だったのだ。
「まぁいい。兎に角気を付けて帰ろう」
「……ジャップに一矢報いる事が出来たな」
生き残ったシーライオンからの報告にリー中将はそう呟いた。気休め程度かもしれないが事実は事実である。
「リー司令、太平洋艦隊司令部から緊急電です」
「何……?」
通信兵からの報告にリーは首を傾げ、紙を一目すると目を見開いた。
「……何と……」
「どうされたのですかリー司令?」
「……本国でプレジデントが辞任したそうだ」
「何ですと!?」
リー中将の言葉にバークは唖然とした。
海戦が始まる数時間前の夜半、アメリカの首都ワシントンDCに一個連隊規模の陸軍がホワイトハウスを囲んでいた。
住民にもその事は知らされず、知らされたのはガス管が爆発する危険があるから避難命令だ。ホワイトハウス周辺に民間人は一人も無く、いるのは軍関係者とトルーマンであった。
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