第十話
二・二六事件後、陸軍内で統制派と皇道派の争いは統制派が勝利して皇道派の殆どの将校が予備役に追いやられた。
東條中将や杉山中将等はほぼ陸軍省を掌握して陸軍の改造を行った。代表的な例が武器の統一化、陸海共同のネジ等の規格統一化等である。
航空機等に搭載される航空機関銃を陸海で統一化したりした。これにより、戦時中に味方航空基地に着陸した陸海軍機の整備がスムーズに行われる事になった。
更に損耗が激しい航空機もエンジンの統一化を進めたりしている。
一方、海軍では機動部隊の護衛に必要な重巡の整備に追われていた。艦本も防御力、生産性、航続距離を重点に置いた重巡の建造を決定した。
この重巡は畝傍型重巡となり、主砲は五十五口径二十.三サンチ連装砲四基、十サンチ連装高角砲六基(開発中)、六一サンチ四連装魚雷発射管二基、スウェーデンからライセンス生産された四十ミリ連装対空機銃八基、二五ミリ三連装対空機銃十二基が搭載される予定である。
この畝傍型重巡は後に同型艦が八隻にまで建造される。この畝傍型重巡の建造で旧式であった青葉型と古鷹型重巡の退役が決定された。
軽巡も史実の阿賀野型を踏襲する形で建造が決定された。違う点は主砲が最上型に搭載されてる十五.五サンチ砲を連装砲で三基搭載して開発中の十サンチ連装高角砲四基を搭載する事だ。
この阿賀野型にも八隻の建造が決定。これによって天龍型、川内型が退役した。
この退役した艦艇は輸出される事が決定している。輸出先はドイツとイタリアであった。
「米艦隊を大西洋にも張り付けさせる必要があります」
将宏はそう皆に説明した。輸出の発案者が将宏なのであった。
この艦艇輸出に一番狂喜乱舞したのがドイツ海軍であった。
「グートグートグートッ!! まさかヤーパンが艦艇を輸出してくれるなど思わなかった……」
ドイツ海軍長官のレーダー元帥は長官室で喜びのあまり、昼間なのにビールを飲んでしまうほど浮かれていた。
「主砲や高角砲は此方で生産した物を載せればいい。機関も此方に来た次第に交換しよう」
陸軍国なドイツのため艦艇の配備が思うままにならない海軍は日本の艦艇輸出に大いに沸いた。
そして数日後、レーダー元帥の元に日本海軍の駐在武官がやってきた。
その駐在武官はレーダー元帥に驚くべき発言をしたのである。
「えぇッ!? そ、それは本当ですかッ!?」
「はい、本当ですレーダー元帥。我が日本海軍は貴国に小型空母を格安で売却します」
「……それは確かに有り難いのですが……」
流石のレーダー元帥も日本からこう立て続けに艦艇が輸出されるのに疑問を持った。
「ふむ……それは少しおかしいな……」
この事はヒトラーの耳にもすぐに入った。
「日本の駐在武官は「我が日本に対して大量の工作精密機械を輸出してくれた感謝の気持ち」だとは言っていますが……」
「それなら重巡を輸出する時に言ってくるはずだ……何か臭うな」
「総統、ただ単に日本は我々と内密な関係になりたいのではないですか?」
「ふむ……それだけなら構わんのだが……」
レーダー元帥の指摘にヒトラーはそう呟くが釈然としなかった。
「……少し調べる必要があるかもしれんな」
ヒトラーはそう判断をして日本に多数のスパイを送る事を決めたのであった。
そして日本でも反省会が行われていた。
「……少し空母の輸出は早かったですね」
「向こうが警戒していると?」
「恐らくは。ただもう契約はしているので、ドイツ海軍の乗組員が日本に来日次第に訓練をさせて早めに帰国させるのが手でしょう」
「……仕方なかろうな」
将宏の言葉に伏見宮はそう頷くのであった。そして日本の艦艇輸出に世界は驚くのであったがそれはまた別の話しである。
それから四年の時が流れた。
「……そろそろノモンハンになります」
「何としてもソ連に大打撃を与えてやらねばな」
集まった会合で東條が呟いた。
「ですが叩きすぎると倍返しになる可能性もあります」
「うむ。満州とソ連の国境にはこの四年でかなりの防御陣地を構築している。万が一、ソ連が満州に入り込んでも十分に対処は出来るだろう。支那事変が起きなかったから構築は順調だった」
東條はそう言う。盧溝橋事件を発端とする支那事変は起きなかった。しかも日本側は史実のような通州事件等が起きぬように在留日本人は密かに中国から満州に移っていたのだ。
「戦車部隊も既に満州にいるし九七式戦闘機二型も新京に集結している」
戦車は最新鋭の九七式中戦車と改良型の八九式中戦車乙であるが性能は史実より上回っていた。
九七式中戦車は前面装甲が七五ミリで、戦車砲は九〇式野砲をベースにした戦車砲で五十口径にした七五ミリ戦車砲である。
八九式中戦車乙は前面装甲を五十ミリにして五十口径にした五七ミリ戦車砲を搭載している。このため、諸外国では乙型は新型の中戦車と一時期は認識されるはめになった。
「野砲も九〇式野砲を主力にした部隊が満州に駐留している」
また、満州に展開している陸軍航空隊の戦闘機は九七式戦闘機二型である。
九七式戦闘機二型はエンジンを中島の九百馬力のエンジンを搭載して最大速度は四九〇キロを出した。
武装は機首に七.七ミリ機銃二門と主翼に十二.七ミリ機銃二門を装備している。
また、海軍は九六式艦上戦闘機二二型が配備されていた。エンジンは九七式戦闘機と同じ中島のエンジンであり、最大速度は五一五キロを出している。
何故九六式艦上戦闘機が五百キロ代を出しているのかというと、史実で零戦五二型以降がエンジンの排気によるロケット効果を利用し、速度向上を狙った推力式排気管を採用しているからである。
更に二機種とも最新鋭の航空無線を載せている。
「海軍航空隊もノモンハンが始まれば九六式艦上戦闘機六十機、九六式陸攻四八機が第一陣として準備しています」
山本中将が発言をする。
「……ドイツやアメリカからの工作精密機械が無ければどうなっていたことやら……」
杉山が呟いた。
ドイツから届けられる工作精密機械は日本の各工場で大活躍をしていた。
工作精密機械の活躍で陸海の将官達も工業力に関心を持ち、更にドイツから輸入をしている。
それを買うカネであるが、皇室の財産を一部削減したり朝鮮に対する投資を中止して充てていた。
ただし朝鮮からの反感もあると予想してソウルと平壌のみはインフラ等の投資を継続させていた。
また造船所も各地へ分散している。
輸送船やタンカーはブロック工法や電気溶接をしたりして徐々に数を増やしたりしている。
なお、輸送船やタンカーは全て速度向上が求められ、最低でも十八ノット、最高で二六ノットと決められて機関の交換が行われている。
「……全ては準備が完了しているわけだな」
首相である平沼騏一郎が呟いた。
なお、平沼内閣の人員はほぼ史実通りであるが陸軍大臣は杉山が海軍大臣は永野修身が就任していた。
史実での海軍大臣は米内光政であるが、米内は伏見宮の暗躍により予備役にさせられていた。
主な理由は史実での女好き(ソ連大使館等の赴任でハニートラップに掛かった可能性あり)や原爆投下の天祐の言葉でたまたま会合に参加していた陛下が激怒したからである。
将宏の「後の極東国際軍事裁判で東條さんや永野さん達が裁かれたのに米内は何もされてませんから」が決め手だった。
本当は将宏や山本五十六が米内に対して引退するよう迫る予定だったが陛下の激怒により無くなったのであった。
「後は時間が来るまで待つしかないです」
「だろうな」
将宏の言葉に東條は頷いて、その日の会合はそこで終了するのであった。
そして五月十一日、第一次ノモンハン事件が勃発した。
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