8、ランチタイム
僕は何故か、裕子と昼飯を食べていた。そういつの間にか、何故かそういう事になっていたのだ。
というのも、裕と徹とのことがあってから僕はどうにか裕の力になってあげたかったけど、以前の経験からどうしても、それに踏み込む事ができなかった。カズトやケンちゃん、薫にも相談したいけど、やっぱりそれも以前のことが関係して上手く伝える事ができなかった。いや、伝えようともしていなかった。
それから僕は無表情になっていたらしい。僕はただ、考えごとうをしているが為に、どうしても表情が固まってしまっていただけだった。でも、そう取られても間違いじゃないほど僕には笑っている余裕はなかった。この小さい頭で考えなければならないことがあり過ぎて、会話についていくことも難しかったのだ。
で、僕が今日に限って渡り廊下を歩く裕子の姿をぼーっとみていると、それを変に解釈したあの四人が僕を無理矢理に裕子の所に連れて行ったのだ。仲の悪いはずの裕もそのときは何故か、嬉しそうにしていた。いや、楽しそうだったのかも。
とにかく、僕は彼等のなすがままに裕子のとなりにいる。
そして、裕子は音楽を聞いていた。僕が裕子の方を見ると、こっちをむいてにっこり笑う。すると、僕の顔が少しだけ赤くなっていくのが分かる。そこには恋愛感情はなく、女性に免疫がないために出て来た症状だと思う。
「水戸っちの弁当、カラフルね」
音楽を聴いていたはずの彼女はイヤホンを片方だけ外して僕のお弁当を覗き込んでいる。
「そうでもないよ。今日はたまたま、いつもは黄土色だよ」
「それってわかる! 卵焼きに揚げ物ばかりなんでしょ? もうすこしいろどりが欲しいわよね。あたし女の子だし」
いろどりは必要だ。なかったら食欲にも関わってしまう。
「だね。裕子それ、何聞いてるの?」
「これ? これは、クイーン。えっと、前に言ってた末っ子の徹が好きなの。水戸っちは知ってる?」
クイーン、QUEEN、前までテレビでよく流れていた曲だ。でも、テレビで流れているのを聴いたくらいで、まったくというほど知らない。その事実を伝える為に僕は首を振った。裕子はやっぱりね、といった顔をした。
「水戸っちって、あんまり音楽に興味なさそうだもんね」
イタイ所を突かれた。そうだ、確かに僕は音楽に興味がない。それは音楽のほかも同じようなものだ。
「やっぱりそうみえるんだ。うん、あんまり聞かないよ。それでもって、演奏しようと思った事はないし」
「ははっ、演奏しようと思う人は少ないでしょうね」
そうだな。僕はいつの間にか、休みの日に行った薫のライブを思い出していた。薫は自分たちの作った曲を気持ち良さげに演奏していた。その姿を見ると、音楽を好きな人は本当に歌が好きで、曲が好きで、作るのが好きで、演奏したくてしょうがない人たちなんだろうな。と思った。
中途半端な気持ちではないそれが、すごくうらやましく思えた事もを思い出していた。
そして、それから後の事もいつの間にか脳裏に浮かんでいた。あの、裕とその弟の徹の会話をついつい思い出していた。
「あのさ、僕気になってたんだけど、裕はどうして家をでたの?」
僕の問いに彼女は目を見張った。僕は気まずいことを聞いているのは分かっていたけど、裕よりは裕子の方がこの質問は聞きやすかった。裕子はしばらくそのままの状態で僕を見続けていた。
「それは、裕からは何も聞かされてないの?」
僕は頷いた。裕子は少し考えてから、思いきった感じで口をひらいた。
「本当は、あたしもあんまり裕が家を出て行った理由は分からないんだけど、あたしが知ってるのは裕が両親と、徹を酷く意識してたことだけよ。過剰だったといえるくらいに、徹の事には敏感だった。徹は頭がいいから、裕は少し比べられるところがあったし、私とも・・・いえ、これはいいの」
裕子は頭を振って何かを取り消そうとした。
「とにかく、たぶんいずらくなったのよ。意識するのって、すごくしんどいのよ。裕はそれに絶えられなかっただけ、今のあたしにはこれしか言えないけど」
それだけでも分かって良かった、と思う。でも、意識するのはどうしてだったのだろう?家族ってそんなに相手の事意識しないとおもうけど。こっれって、新たな謎かもしれない。
僕はこれ以上混乱したくないので、それ以上の詮索はやめた。
裕子とはそれだけの会話のあと、すぐに教室に戻った。彼女はやっぱり渡り廊下を静かにあるいていた。すこしだけ丸くなる背中が寂しく見えた。そのときになって彼女にどこにも味方がいないことに気づいた。彼女は彼女を守ってくれるはずの誰かがこの学校にいなかったのだ。
その存在とは、例えば友達であるとか。僕の場合、あのヤンキー四人組がそうであるように思える。
彼女は今ひとりぼっちなんだ。
僕は突然、裕のあの嬉しそうな顔を思いだした。僕の事を勘ちがいしてからかっているのだと思っていたけど、もしかすると彼女がひとりぼっちという事を知って、僕を彼女の側に導いたのかもしれない。それって、素敵な事じゃないか。裕は裕子をちゃんと見守っていたのだ。きっと、僕のように窓からそっと彼女の背中をみて。
僕は間違っているかもしれないその気持ちによって、心が温まるのを感じた。
彼等はつながってる、たとえどれだけ裕が裕子を突き放しても。




