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6、おでかけ

「おっす、待ってたぞ」

 裕は玄関から少し離れた所に立っていた。片手にはバイクのヘルメットが見える。

「ごめん、待たせて」

「いいって。じゃいこうぜ」

 片手に持っていたヘルメットが見事な弧をえがいて僕の手もとに落ちた。こっれってつまり、そういう事だろうか?僕に、僕がいままで乗った事のない乗り物に乗れって事か?

「裕・・・二人乗りしていいの?」

 バイクの事はよくしらないが、僕は乗るのがいやだったし、二人乗りしてはならないバイクとかがあった気がしたんだけど・・・違っただろうか。裕はバイクにまたがって、僕に笑い掛けながらヘルメットをかぶった。そして親指をたてて後ろに乗るように促した。

「でも、ちょっと怖いし」

「何言ってんの。男だろ、バイクなんか怖がってんなよ。乗ってみると気持ちいいんだぜ」

 僕はごくりとつばを呑み込んで裕の後ろに跨がった。そして裕の肩をもつと、その手に力を込めた。

「じゃ、いきますか」

 やたら大きな音が僕の耳の奥を刺激した。少しだけ頭の中に痛みが走ってきたが、暖かいような冷たいような風にあたっているうちに、耳の奥もそれほどキンキンしなくなった。みるみるうちに景色が変わっていく。それが車の中と違って、ガラス一枚透した景色ではなく何の隔てのない景色であるということが、とてもすっきりとした気分にさせた。

 裕は僕にこの景色を見せたいと思ってくれたのだろうか?

 僕は裕の後ろで首を振った。そんな都合のいい事考えるなんて、自分はおかしいと思ったからだ。だいたい、僕と裕は友達だけど、裕が僕をめちゃめちゃ頼りにしているわけではない。昔の友達のように、僕は一緒にいるだけ用なのだ。一緒にいて、遊びたいときにだけ遊んで、その他のときには声をかけない。僕はその程度のちっちゃな存在なんだ。間違っても、図に乗ってはいけない。

 いつの間にか、バイクは止まっていた。

「ついたぞ」

 目の前を見上げると、そこは人通りの多い若者の集まる場所のひとつだった。ビルもならぶし、ショッピングモールもあるし、ゲーセンもある。僕が最も苦手とする場所のひとつでもあった。

 バイクを降りると裕は適当な場所にバイクを止めてさっさと歩き出して行った。

 僕がどこに向かっているのかきいても、お楽しみに。と言うだけだったから僕は人混みの中に突っ込んでいく裕の背中を必死においかけるはめになった。人酔いしやすい僕も彼をおいかける事だけに集中していたせいか、酔う事はなかった。

「ここ、ここ」

 まるで鶏が鳴いてるみたいだった。裕が指差す所はライブハウスだった。料金は映画を見るよりちょっと高いくらいだ。

「入るの?」

「もっち。今日ここで薫が出てんだよ。ほら、バンド組んでるって言ってたろ?」

 あぁ、そういえば。

「見るだろ?」

 僕はうなずいた。

 

 中は地下になっていて少し暗かった。

 すでに薫とは別のバンドがステージに立って歌っていた。客の入りはそんなに悪くなさそうだ。といっても、こんな所に来たのはじめてだし僕は裕からの情報からそうだと知っただけだけど。それにしても、音がやたらとうるさく感じられた。耳がいたい。

「薫のバンドは次だ!間に合って良かったな!」

 大声で話さないと聞こえないぐらい音がそこに充満していた。まだ乗っていないお客もいるけど、騒いでる人もいるから普通の音量では会話はできない。僕はそんな中で緊張していた。裕が堂々としているのが心の救いだった。

「でてきたぞ!」

 前を見ると少しずつ人垣ができていた。僕と裕もその中に紛れ込んで薫の顔がよく見える所まで駆け出した。メンバーが現れると今まで以上に黄色い声援がそこを埋め尽くした気がした。

 薫はギターを持っていた。僕にはそれがどういった価値を持つものか分からなかったけど、裕は妙に感心した声をあげていた。

「あれはめちゃくちゃ薫がほしがってた奴だ! 高いからってあきらめてたのについに買ったみたいだな!」

 僕はふーんとだけ言った。

 こんなに興奮したのは初めてだって言えるくらい、薫たちの演奏に僕は刺激を受けていた。凄いの一点張りで、僕は裕をあきれさせるほどずっとその言葉を口にしていたらしい。でも、それくらい感動したってことなんだ。

「なんだ、来てたのか!」

 薫は素っ頓狂な声をあげて、僕らを迎えた。

「うん、演奏聞いてたんだ。いつもながら、カッコいいいねぇ」

 僕は一生懸命に首を縦に振り続けた。

「はは、ありがとよ。それにしてもなんか珍しい組み合わせ? でもないか、でも何か裕が隣にオレら以外の友達連れてるのって初めて見たかも」

「そうだっけ?」

 裕は笑った。僕は少し薫を見る目を大きくしてしまった。口からそれは本当なのか?聞きたかったけど、聞くのが恥ずかしくなって聞けなかった。でも、本当なら嬉しい。

 薫のバンド仲間の人が薫を呼んで、薫はすぐにそっちに行ってしまった。薫以外のメンバーは年上だったり、違う学校の人だったりで僕や裕さえも知らないやつだ。薫に打ち上げにこないかと誘われたけど、僕も裕も断わった。それにはそういう理由があったんだと思う。

「さ、次は遊びに行きましょうか?」

 僕の背中をポンッとたたいてまた先先と前に進んで行った。


 次に行ったのはディスコ?だろうか、バーだろうか。とにかく、僕には縁のない所だった。

 入ってすぐ、裕の周りに一気に人だかりができて僕は入ろうとしても入れない境界線の外っかわに追い出された。しばらく、カウンターの所に座って裕が楽しそうに、チェケラッチョ系な男や化粧ばりばりの女の子と話しているのを見ていた。カウンターにいた男性が僕を哀れに思ったのか、水を出してくれた。

「まあまあ、裕ちゃんは人気者だからさ。それにしても、初めて見る顔だね。名前は?」

 僕は緊張でからからになった喉を潤す為に水を飲み干した。

「水戸敦です」

「そうそう、水戸っちよ、マスター」

 後ろから裕の声が聞こえた。振り返ると話終えたのか、裕が突っ立ってマスターと呼んだ男性に水をねだった。

「ふーん、水戸っちね」

 マスターの目がきらっと光った気がした。

「そう。おーい、お前らこちら水戸っち。オレのダチでーす」

 裕がさっきまで話していた友達が僕の方を一斉に見た。まるで獲物を見るような目に見えたんだけど、僕は無理矢理笑って頭を下げると、友達の何人かが僕の方に来てじろじろと顔をなめ回すように見た。

 そして、裕に初めて合ったときのようなリアクションがかえってきた。

「キレイな顔してんな。てか、珍しい顔」

 珍しいってなんだよ。

「だろ? 水戸っちクォーターなんだぜ。カッコよくね?」

 何人かがその言葉にうなずいた。どこがなんだ?という言葉を呑み込んで代わりに僕はとりあえず笑ってありがとうと言葉にしていた。

 裕がビリヤードというものをしてるときも僕はカウンターにいた。そのときはもう僕は一人ではなく、裕の友人の何人かと話をしていた。でも、あんまり会話になっていなかったかもしれない。僕は緊張してたし、なんだか場の雰囲気にもなじめなくて、裕の友人達に僕の存在を失望されないようにするのでいっぱいいっぱいだった。

「水戸っち、裕と同じ学校でしょ? 裕ってやっぱモテてる?」

 女の子の一人が聞いてきたが、僕は裕が誰かに告白されてるところも、ラブレターをもらう所も見た事がない。

「いや、どうだろ? 告白されてるのとか見た事ないけど」

「マジで! うっそ、ありえねぇ」

 なんでそこまで反応するのか、僕が首を傾げてると同じように驚いていたマスターが口をひらいた。

「水戸っちは知らないだろうけど、裕は中学時代、女100人切りを目指していた男だったんだよ」

 僕は驚いて、大きな声で「うそ!すごい」と言っていた。すると、マスターを含めた全員が笑った。

「うっそ。いやぁ、水戸っち結講からかえるね。いいキャラしてるよ」

 そりゃどうも。少しだけ赤くなった頬を隠すようにかいた。

「でも、マジ話。裕は中学んときめちゃめちゃモテてたよ。でも、彼女とか興味なさげでさしかも、今は本当に丸くなったけど昔もっととんがってる感じで、オレらでさえも近寄れなかったもんな」

 そういう話はよく聞く。裕がすごく荒れてたって。

「まぁ、裕にもいろいろあったんだろうけど、またこうしてここに来てくれて嬉しいよ。金にもなるし」

 マスターの最後の一言が僕らを笑わせた。急な爆笑に気づいた裕がなになに?と真剣に訪ねて来るが、誰もが知らん顔して結局僕が締め上げられてしまった。それでも僕は何も答えなかったけど。


 本格的な暗闇になって来た頃、僕と裕はそこを出た。

 帰る間際にマスターを含めた裕の友人が僕と裕に「またこいよ」と言ってくれたのはすごく嬉しかった。でも、それを覆すような出来事がその後のボクらの前に現れた。

 バイクを止めた場所まで行くと、裕のバイクの上に誰かが座っていた。盗もうとか、遊びで乗っている感じではなく、ただ何かを待っている感じだ。制服姿で僕らとは世界の違った感じの、ぴしっと着こなす奴だった。もう僕にはそれだけで彼が何者なのか簡単に想像できた。そして裕の表情からも簡単に読み取れた。

 近付いていくと、バイクの上に乗った彼は僕らの方を見た。

 裕や裕子とはまったく似ていない顔立ちだが、二人の持つ香りがした。短くて整った髪の毛、キチンと着られている性服に、背中に背負っているリュックの厚み。どれも裕からは考えられない姿だ。これはもはや表と裏といった感じ。

 彼は裕を見てから僕の方を見た。そしてにっこり笑うと、なんだか爽やかな印象を与えられた。



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