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5、瞳からの記憶

 彼女は僕の姿を見ると、ある方向を指差した。そこはファーストフード店だった。

 中にはいって、僕は飲み物だけ頼むと彼女はお腹がすいているのかポテトを頼んだ。席に着くと僕は彼女の目に浮かんでいた涙を思い出していた。今はないが、さっきはそれが見えた。

「よかったね。裕と仲直りできて」

 僕はぎこちなくうなずいた。心はすっきりしているので、僕は笑顔でその言葉に頷けたけど、彼女と裕の会話のあとじゃそんな簡単に喜べない。

「変なとこ、見せちゃったよね。ごめんね」

「いいよ、でも仲悪いんだね」

 僕はいってからしまったと、口もとを押さえた。彼女は気にしないで、と笑った。

「前はそうでもなかったけど、中学にあがってからお母さん亡くして・・・それから人が変わったな。裕はもっと大人しくて、落ち着きがあって、あたしより裕の方が上に見られてたし・・・。徹とも」

 彼女は首を振って言葉を続けたが、僕は初めて聞く徹という言葉が気になっていた。

「今だっていいとこいっぱいあるけど、あたしが知ってるのはもっとちっさい頃の裕だけだから、なんかね。今はあたしなんかが知らない所にいるし、存在が遠くなった気がするの。カッちゃんたちがいい人達だってコトは知ってるし、ちいさい頃から一緒だったからあたしに言えないコトもいっぱい言ってると思う。あたしなんかは家族とも思われてないんだろうし・・・」

 苦しそうだった。裕にそんな事情があったなんて知らなかった。っていうのは当たり前なんだけど。僕と裕は知り合ってやっと2週間の関係だ。知らないコトがいっぱいあって当たり前だし、それをいちいち僕に教えたりしないはずなんだ。僕が僕のコトを誰かに話そうとしないのと同じように。

「裕のコトはわからないけど、喧嘩できるのっていい仲ってことじゃないの? ほら、本当に仲悪いのって話したりもしないコトあるじゃない。裕が口をきく分には裕子の存在はちゃんと裕の中にあるよ」

 裕子は少しうつむいた顔をあげて、そうだといいなぁと彼女はポテトを口に含んだ。

「ねぇ、徹ってだれなの?」

 僕は思っていた疑問を口に出した。

「裕から聞いてない? 徹はあたしと裕の弟。三つ子の末っ子よ」

 僕は名前の響きが妙に気になった。

「そうなの、同じ学校?」

「ちがうわ、徹はもっと頭のいいとこ行ってるの。お父さんが進めた所なんだけど、T大付属高校よ」

 名前を聞くだけそこがどれだけすごい所か僕にも理解できた。そんな弟がいると裕や裕子は比べられたりしないのだろうか?僕のように。

 僕はすごいんだねというと、裕子は満足そうに笑っていた。


 次の日学校にはちゃんと裕が来ていた。

 僕に気づくと裕は手をあげて大きく手を振った。僕は急いで裕の所に駆け寄った。

「おはよう。今日ははやいんだね」

「おう。えっと、昨日は本当わるかったな」

 僕は少し照れた裕がおかしくて笑った。それを見て裕は僕の首に腕を回して首をしめはじめた。もちろん、じゃれあってるだけだ。僕は首に裕のアクセサリーがあたって結構痛かった。

「そんなに笑わないでくれよな、水戸っちくん」

「いたいってば、離してよ」

 僕は非力だ。その為、その腕を振りほどく力はなかった。

 ぞろぞろとカズトやケンちゃん、薫がやってきて僕らが普通であるコトにずいぶん、ほっとしていた。そして、ほっとして僕の頭をぐちゃぐちゃになるまでなで回してくれた。おかげで僕の髪はぼさぼさ、眼鏡はずれるしついてない。

「あ、水戸っちこっちむいて」

 裕の方をむくと眼鏡を外された。僕があわてて眼鏡をとろうと手を出したがケンちゃんが僕の腕を押さえた。

「すっげキレー! 青いんだな」

 裕だけでなくカズトと薫も僕の目を見ていた。

 僕はまた昔の記憶が脳裏に駆け巡って、気分が悪くなった。ケンちゃんがそれに気づいて僕を離してくれたけど、僕の腹の中にたまったその黒いものは消えてはくれなかった。僕はそのままかがみ込んで周りの声を無視して固まっていた。

 そして、気づいた時には真っ白なシーツのベットの上だった。

 起き上がり、自分の体を触ってみる。特に痛いところはなく、気持ち悪いということもない。頭を打った様子はないけど、そうやってここに来たのか分からない。ベットを囲む白いカーテンを開けてみると、保健医の先生がいた。僕の様子に気づくとぱたぱたとスリッパの音をたてながらやって来た。

「だいじょうぶ?」

 僕が頷くと先生はカーテンを全開にして、僕のブレザーをとってくれた。

「早く顔みせたあげたほうがいいわよ。ずいぶん心配していたからね」

 僕はまた頷いた。ベットから降りて、もう少しで授業が終わるコトを知ったのでそれまでしばらく保健室のイスに腰掛けていた。保健室は真っ白いイメージがあって、入試のときの苦々しい思い出を蘇らせた。それと同時に、僕の一番真っ黒な部分が急に名乗りをあげて僕の前に飛び出した。

 僕が避けようとしても、彼の持つ範囲は広くとても避けきれなかった。僕がそのままそこに呑み込まれそうになったとき、裕の声が聞こえた。

「おーい、水戸っちだいじょうぶかぁ?」

 たいして心配してなさげな言い方だったけど、僕はおかげで目が覚めた。裕達は静かな保健室の中へ大きな音をたてながら入って来た。僕が手をあげて「もうだいじょうぶ」と答えると、ほっとしていた。

 

 暖かい風が吹いて、天気は雲ひとつ無い明るい空。僕は母にいわれるままに庭の掃除をしていた。僕の家の庭には立派な芝生が広がっていて、そこにはやっぱり雑草が生えてくるわけで、誰がそれを摘み取らないと芝生が育たないわけで、母は僕にその役を渡したわけだ。

 母は純性の日本人で、父の方がハーフだ。父の血多く受けついだのか、僕は目にも肌にも日本人にはないものが少しだけ混じっていた。でも、僕の妹は母とそっくりな顔なうえに、母の良くしゃべる所も似ている。普通は女の子は父親に似るというのに、僕の家庭は少し変わっているのかもしれない。

 いろんなことを考えながら雑草をぬいていると、家の方から電話のなる音が聞こえた。僕が行っても間に合わないので、中にいる妹が受話器を取った。しばらく話し声が聞こえるとすぐに、僕を呼んだ。

「畑山って人から電話」

 僕は黙って受話器を取った。妹は二つにくくった長い髪を揺らしながら家の中へ戻って行った。畑山といえば裕だろうか?まさか、裕子からではないと思うけど。

「もしもし?」

『あ、水戸っち? オレオレ』

 え?オレオレ詐欺か?という変な思考を僕は止めて、声の主を僕のある限りの脳の力を使って考えた。

「裕だよね? どうしたの?」

『いや、どうしたもこうしたも、今日オレらと遊ばないかと思って電話したわけよ。っていっても、他の三人はいろいろいそがしいみたいだけどな』

 ふーん、とだけ返事をした。

『オレと一緒にあそぶのいやか?』

 声が低くなって急に大人しくなった。僕は少し慌てた。

「いやじゃないよ。でも、どこいくの?」

 受話器の奥で高らかに笑う裕の声がひびいた。何がそんなにおかしいんだろう?

『俺に任せろ、いいとこ連れてってやるからさ』

「うん、じゃ楽しみにしてる。あ、でも僕今、庭掃除してるから終わってからいくよ。どこ行けばいい?」

『へっへっへ。実はオレ今お前ん家の前にいるんだ。掃除なんかやめて出てこいよ!』

 家の前にいる?なんでわざわざ電話して来たんだか、それならそうで玄関のチャイムを鳴らしてくれたら出て行ったのに。でも入りにくかったのかもしれないな。ということで僕は解決させた。

「わかった、じゃ行くよ。ちょっとだけ待ってて」

 僕が出かける事をいうと、妹はお菓子を買ってくることで庭掃除を引き受けた。これでも僕は妹をカワイイと思ってる優しいおにいちゃんなので、これまでにもいろんなものを買って来た経験があった。そのせいで妹は少しわがままになった気がする。



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