4、裕の事情
三つ子かぁ、三つ子でも一卵性とかあるんだなぁ、と僕は裕を見ながら思った。昨夜見た彼女ははっきりと裕の顔と一致する。もうこれは血縁者じゃないとは言えないだろう。
でも裕子さんとわかれたあと、カズトが僕に言った言葉が胸の奥に引っかかる。
『裕は今家出してるんだ。というより、もうこれは別居って感じかな。裕の家庭の事情ってやつはオレらもしらないから、あんまりつっつかない様にしてやってくれよ』
家を出てる。って僕には想像つかない。僕には家族がイヤになったコトも、家族が邪魔になったこともないからだろうけど、裕の気持ちを分かることはできるのではないかと思った。でも、それが甘い考えだってことはすぐに分かった。
その日の僕は、昨日の雨以上に最悪な気分の裕に拍車をかけてしまった。それは、裕子さんのコトを口に出したからだった。
「水戸っち、それすっごいおせっかい。何かキレた、オレ帰るわ」
なんでそうなったのか、授業中にも関わらず裕は鞄を持ってさっさと教室をあとにした。その後を僕は授業中ということを理由にしておいかける事はできなかったけど、僕の代わりにケンちゃんが後を追った。先生もあとを追って行くのが見えたけど、すぐに戻ってきた。
教室内は僕の心のように、騒然としていたその中で僕は動悸が激しくなっていくのを感じた。昔の記憶が少しづつ僕の心の黒い闇をつっついて、見たくないものが次々と目に浮かぶ。
僕はまた孤独になっていくのを感じていた。
ケンちゃんが戻ってくると僕の背中をポンとたたいて、気にするなと僕に言ってくれた。カズトや薫も同じように僕に気を遣ってくれたけど、僕はこのままだと僕の回りに友達がいなくなって行く気がしてすごく怖くなっていた。
僕はどうしようもない人間で、気にしていると知っていたことも簡単に口に出してしまう、最抵な奴だ。誰かが励ます言葉さえも、今だけのただの気休めにすぎないんだと感じてしまっているし、気にするなという言葉で安心さえできない。僕は何者でもない、ちっぽけな人間だから、僕から人が離れていくのは簡単なコトだと思った。
「な、携帯で連絡してみなよ?」
ケンちゃんも薫もカズトもそれを進めたけど僕は首を横に振った。
「ごめん、僕もってないんだ。携帯電話」
それに連絡先もしらない。携帯を持っていないコトを告げると驚く顔が見えた。やっぱしおかしいのだろうか、高校生にもなって携帯を持っていないことは。別に家が貧乏なわけじゃない、僕が携帯からでる電磁波を嫌うせいなんだけど、その他にも電話や、顔の見えないままで会話することがきらいだからだ。
とにかく、ここは僕が謝らないとだめなんだ。そう口に出すとケンちゃんが裕のバイト先を教えてくれた。
僕は昨日の雨で花びらのほとんど散ってしまった桜の所に来た。
あっけないと思った。あれだけ満開に咲き、人の心に美しいと思わせていた桜がすでに姿を変えて、美しいとはとても思えない姿になっていた。地面に散った桜の花びらは、踏みつぶされた花びらよりもひどい色に変わって、あの頃の薄ピンク色のキレイな姿はなかった。
桜の側から離れたとき、渡り廊下の所に裕子さんがいた。やっぱり良くここを通るんだなぁと思っていると彼女は桜の方を見た。僕は一瞬どきっとしたけど、僕の方を見てないコトがそれを止めた。でも、彼女はすぐに僕に気づいて手を振った。
「水戸っちくんだよね? なんでそんなとこにいるの? 裕達は?」
彼女はゆっくり僕の方に近付きながら、あの四人を探していた。もう放課後なので、裕以外は昨日と同じような理由で帰ってる。カズトは今日は家の手伝いをしなければならないらしい。
彼女は裕のコトは知らないんだろうけど、僕は言うべきなんだろうか。僕が考え事をして無言になっていると彼女は答えられないならいいんだけどね。と言ってくれた。
「いや、別に答えられない分けじゃないけど。もう、みんな帰っただけだよ」
「あ、そうなの。なんか、水戸っちくんってあいつらとつるんでる感じしないよね。でも、悪い奴じゃないから仲良くしてやってよ」
少し照れたように彼女は笑った。そして僕の肩をばんばん何度も叩くので僕は体をよろけさしてしまった。おかげで眼鏡が少しずれてあやうく外れるところだ。
彼女は僕より少し身長が高かった。なんだか女子に負けてるってコトが無償にいやだった。
「あ、水戸っちくんさ、顔キレイだね。ちょっと眼鏡外してみてよ」
やっぱり裕とは血が通ってるよ。おんなじこと言うんだから。
「それはちょっと、
「なんで? いいじゃんちょっと見るだけだからさ」
言うとすぐに僕の前で手を合わせた。そんなに見たいものなのか?と僕は思ったが、そこまで言うならと、溜め息まじりに眼鏡を外した。すると彼女はちいさい悲鳴をあげて僕の顔をつかんだ。
「うっわ、キレイな目!ちょっと青いんだね」
顔が近くて僕は赤くなっていくのを感じた。彼女もしばらく僕の目を見てからすぐ、頬を赤くしながら僕をはなしてくれた。まだどきどきしてる胸をなでながら、僕は眼鏡をかけた。
「クォーターなんだ。目だけはじいちゃんからの遺伝。だからちょっとだけ視力弱いんだ」
「そうなの、いいなぁ。そんなにキレイな目。うらやましいよ」
うらやましい?なんで、目がキレイなぐらいで?こんなのカラーコンタクトでもつければ青くなるもんじゃないのか。
「ね、あたしも水戸っちって呼んでもいい? あたしのコト裕子って呼んでくれてかまわないからさ」
「うん、構わないよ」
彼女は嬉しそうに「やった」と言った。僕なんかでそんなに嬉しがるのは珍しいうえに、ちょっとひく。
「ひとつ聞きたいことあったんだけど・・・」
「なに?」
「裕は・・・元気そう? 最近帰ってこないから、心配なんだけど、さ」
彼女はうつむいて、僕に背を向けた。そしてその辺に転がっていた石をけった。
「うん、元気・・・といっても、僕が今日怒らせちゃったからどうかな」
「怒らせた? 裕を?」彼女はやたら驚いていた。「な、殴られたりしなかった?」
今度は僕が驚いた。
「いや、怒って帰っちゃったけど・・・他は何も?」
「・・・本当に。そうなんだ、よかった。やっぱり裕も成長したんだ」
成長した?僕はその時にあの噂を思い出した。中学のときより、今の方がだいぶましだってこと。なるほど、きっと彼等は裕子が知っている限りではキレると人を殴ったりしていたんだろう。でも、今は違うコトに驚いている。
「じゃぁ、僕はこれで。裕に謝りにいかないとならないんで」
「え、待って! 裕の住んでるとこ知ってるの?」
彼女は僕の方に顔を向けた。僕が頷くと彼女は顔を明るくさせて、「あたしも行きたい」と言った。僕は裕を心配する彼女の気持ちを汲み取って別にいいと返事をした。
裕のバイト先はちいさな喫茶店だった。たぶん皿洗いなどの仕事を任されているんだと思うけど、すこしイメージと違った。中に入るとすぐに、中年の女の人が席を案内してくれた。
ついつい場の雰囲気に流されてそのまま席に座ってしまった。店内の方も狭いといえるほどちいさくて、僕らの他にお客さんは2人くらいだろうか。なんで、こんなとこに裕ははたらいているんだろう。
「ご注文の方は?」
「あ、すいません。畑山裕はこちらにいらっしゃいますか?」
彼女が聞いた。中年女はちょっと待ってね、と言ってすぐにカウンターの奥に行った。次戻ってきたときは、エプロンをつけて少し汚れた服をきた裕だった。僕に気づいて気まずそうにこっちに来たが、裕子のコトに気づき顔を強張らせていた。
「・・・ど、どうした?」
裕は僕の方だけをむいて少し、照れくさそうに言った。もう怒っていないコトが分かって僕は安心して笑った。
「あの、謝りにきたんだけど」
「え、あ、なんで? 悪いのはオレの方じゃん。今日考えてたんだけど、水戸っちはオレのコト考えて言ってくれてたわけだし、勝手に怒って出て行ったのはオレじゃん。わるかったよ、気にさせて・・・」
「ううん、そんなこといいんだ。僕こそ、気に触るコトいってごめん」
僕と裕は顔を見合わせて照れて笑った。なんだかこんな風に誰かに謝ったコトなかったから、すっきりした。こんな気持ちは初めてだ。裕は僕の方に腕を回した。
「水戸っちやっぱいい奴。よっし、オレがなんかおごってやるよ! 何か頼め」
「あ、なら裕子も」
裕はその言葉に反応して裕子の方をむいた。裕子はさっきは裕以上に気まずさを感じていた。そのせいで、顔が固まってるコトが分かる。
「・・・なんだよ、お前は何しにきたわけ?」
冷たい言い方だった。僕の時の態度とはまったくちがう。裕子はその態度にもひるまず、裕を睨んだ。
「元気にしてるか見にきただけよ。今どうしてるの?」
「べつに。関係ねぇだろ」
僕は冷や汗がすっと頭からつま先にまで駆けていくのを感じてた。
「ひどいいい方。私だけじゃなくて、徹も心配してるよ」
裕はその言葉に酷く反応した。僕の方から表情は読みとれないが、裕は裕子の手をとり無理矢理立たせた。
「お前帰れ! 二度とくんな!」
そういうとすぐに裕子は店を飛び出した。僕が見る限りでは、すごく泣きそうな顔してた。
僕は出て行ってほっとした、という顔をした裕の前をさっそうとすり抜けて彼女の後を追った。どうしてそんなコトをしたのか、そのときの僕にも理解不能だった。
裕が僕の後を少しだけ追ってきて、「放っとけ」と、「待てよ」という言葉だけはっきりと聞こえたけど、僕には彼女の後ろ姿しか見えなかった。




