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3、雨やどり

 あれから僕は、何度も髪の長い女の子を見かけるようになった。 

 僕の教室から見下ろせばすぐに見える渡り廊下を彼女はよく通る。何故か友達はいないけど、たぶん移動教室か、別のクラスの子に会いにきているか、どちらかだろう。これは気にしているのではなく、たぶん目につくだけだと思う。見たいと思ってもいないのに視界の隅に入ることってあると思う。僕の場合彼女がそうなだけだ。

 見かける彼女の顔も、誰かに似ていると思った理由が僕はやっと分かった。それは、丁度僕の隣の席で数学の時間から一時間ぐらい、寝続けている裕だ。見れば見る程よく似てる、彼女の方が目が大きくて、肌の色が白けど。

 もちろん僕は裕にそのコトを話してみた。けど、裕は何も答えず話を流されてしまった。あまり人に話したくないコトなのか、僕には言いたくないコトかと思ってもう一度聞く気にはどうしてもなれなかった。それは中学からの経験から来てるのかもしれない。僕は仲がいいと思っていた友達の多くに相談事だけはされたコトがなかった。相談事ではなく、その悩みが解消してから最後に聞かされる。その時に僕は悟った。結局、ただ話すのに都合のいい奴なだけで、悩みを聞いてもらうには不都合なやつだと。

 今となってはあきらめているので、裕の態度もそんなに気にしてはいない。

 その日は雨が降っていた。それでも、僕が窓を見下ろせば渡り廊下には彼女の姿があった。後ろ姿だけど、なんだか寂しそうに丸くなった背中が見える。

「ちょっと、みとっち! 次カード引く番」

「あ、ごめん」

 僕は慌てて窓から目を離した。

 僕の机と後ろの女子の机、それから裕の机を合わせて何故かババ抜きをしている。雨が降っているというコトで花見ができなくなり、彼等は暇つぶしの為にたまたま誰かが持っていたカードを借りてババ抜きをはじめているわけだ。

「雨なんて最悪だよな」

 ケンちゃんが残り一枚のカードをうちわ代わりにして言った。

「だな、このままじゃ桜散っちまうよ」

 吐き捨てるように言ってから、薫はカードを捨てる。

「げっ」カズトの声がひびいた。「いや、何でもない」

 そう言うが、薫の顔が妙に笑っていてバレバレだった。おかげで裕の顔が少し曇る。

 その場に少しだけの緊張が走った、裕がどのカードを選ぶかでこのゲームに勝つのが誰か決まる。裕もカードは一枚だけだ。カズトが持っているのは三枚のカード。裕が手を伸ばしてカードをつかんだ、まだカズトの表情は変わらない。だが、裕が別のカードをつかむと少しだけ頬を引きつらせた。それによって裕はカードを決めたのか、最初につかんだカードを選んだ。

「うっわ、最悪。カズトにやられた」

 結局そのババ抜きで勝ったのはケンちゃんだった。


 帰りになって僕は傘を持ってきてないコトに気づいた。裕はバイトがあるからとすぐに教室を出て行ったし、ケンちゃんは細い目を細めながら何も言わずに出て行った。たぶん彼女と帰るかなんかだろう。薫はバンドを組んでるらしく、その仲間と練習しに行くと言っていた。で、残ったのが僕とカズト。

 カズトは傘を持っていたけど僕が少し残ると言と一緒に残ってくれたのだ。

「オレさ、気になってたんだけど水戸っち、気になってる子とかいる?」

 その言葉に何故か長い髪の女の子の顔が浮かんだけど、無理矢理消した。

「いないよ。なんで?」

「いや、なんとなく。そうだ、裕から聞いたけど水戸っちクォーターなんだって?」

「うん、まぁ、そうだけど」

「さっすが、だからそんなにキレイなんだな」

 さすがって、なにが?という言葉は呑み込んだ。

「カズトこそ、気になってる子いないの?」

 カズトはふっふっふ、と変な笑いをした後に耳打ちしてきた。「いるよ」ていう、短くてちいさな声だったけどはっきりと聞こえた。

 別に驚く事ではなかっただろうけど、僕は少し目を大きくした。そしてそのままカズトを見ると少し頬が赤くなっていた。何より、そんなこと簡単に僕に教えていいのだろうか?というのが一番驚いたかもしれない。

「俺の話聞く?聞きたい?」

 カズトは少し照れているみたいだ、たぶんテンションもあがってるからすごく話したくなってるんだと思う。僕はもちろんうなずいた。

「俺が好きなやつは、ここの学校にはいないんだけどめっちゃカワイイやつなのよ。いつ知り合ったかというと、オレんちラーメン屋なんだけど、そこでバイトに来たとこから始まったわけ。ちなみに一個年上よ。まだまだつき合ってはいないけど、俺はめちゃ好きだし、絶対両思いにしてやろうって思ってる」

 なんか熱く語られてこっちまで顔が赤くなる。

「そのうちさ、オレんち遊びにこいよ。水戸っち紹介するし。あ、でも間違っても惚れるなよ」

 惚れないよ。と笑うと、カズトは満足そうに笑った。そして僕も、そうやって話してもらったのは初めてだったからすごく嬉しくて笑った。カズトがすごく頑張ってる事がうらやましく思えた。

 僕も恋をしたことがあった。ただあれを恋というのかどうか、僕には判断しかねる。

 ただ、僕は今でも彼女の面影をおいかけていて、彼女以上の人が現れないということが僕の新たな恋をせき止めている。あの頃の僕は、今よりずっと心がひねくれていて、ちびだった。だから、僕を救ってくれた初めの人は彼女だった。今はもう、会う事はできないけど。

「なぁ、そろそろ帰らない?傘ならパクってけばいいじゃん」

 僕は言葉に従った。パクるというのではなく、借りるコトで雨はしのげるし教室にはいくつか傘が残っている。ずっとおいたままなのもあれば、部活中の子がおいて行ったのもある。まぁ、明日返せばいいわけ出し。と僕は一つ借りた。

 

 ぱらぱらした細かい雨が空から降って来るのが今日は不思議とキレイにみえた。

 カズトは僕の隣で傘を開くとさっさと下駄箱からの階段を降りて、水たまりにはまっていた。慌てるその姿を見て僕は思わず笑ってしまった。ふて腐れるように水をけるカズトは、僕の方を見て少しだけ目を大きくした。

 僕ではない所を見ているので、僕は振り向いてカズトの視線の先を探した。

「あ・・・」

 声はちいさくて聞こえていないと思う。けど、そこにいる長い髪の女の子は僕の方を見た。

「裕子じゃん」

 と言ったのは、まだ水たまりに足を反分つけたままのカズトだった。それに気づいた彼女はカズトをみて、みるみるうちに笑顔をつくった。

「かっちゃん!久ぶり」

 カズトは階段を登り、彼女の前に立って握手をした。傘は水たまりにつかっている。

 僕は何がなんだか分からずに、二人を見ているとカズトが僕の腕を引っ張った。

「裕子、こいつ水戸っち。オレらの高校最初の友達」

 彼女は笑顔をつくって僕に頭を下げた。僕もつられて同じコトをした。

「で、水戸っち。こちら裕の三つ子の姉ちゃんで裕子」

 僕は一瞬、世界が止まった気がした。裕子という彼女が、裕の血縁者ではあることはなんとなく予想していたけど、まさか三つ子とは・・・。双児までなら見た子とあるけど、三つ子は初めて聞いたし、本当にいるんだとか、そんなコトを考えてしまった。

「み、三つ子・・・」

 僕のつぶやきは、昔話に盛り上がる二人の声にかき消された。



 

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