26、徹の本性
僕の心は砕け散ったわけではなかった。簡単にあきらめられる程の大きさではなくなっていた。僕の彼女に対する恋心は、天に打ち上げられた花火より大きかった。僕が僕の中で思っていたよりも、ずっとでかくて泣きたくなるようなものだった。
でも、僕は泣かなかった。いや、泣けなかった。僕はそれぐらい自分に冷静でいられた。
「それでも、ふられたのはふられたんでしょ?」
痛いコト言うよな。バーのカウンターの端に僕とナミが座って、なぜか今日は色のついた飲み物が目の前にある。この状況を作ったのは、素面のくせに酔っぱらっているナミのおかげだ。でも僕はこんな所に来るんじゃなくて、傷心の僕を励ます会を裕を含めた四人ではじめるはずだったけど、ナミが僕に話があるって強引に連れて来られてしまった。
僕としては、裕達と騒いでいたかったが、今となってはどっちだっていい。明日に変更になったことだしね。
「話って何?」
僕から話を持って来るのを待っていたかのように、ナミは話しだした。
「私も考えたんだ。水戸っちに便乗しようと思ってね。考えるだけじゃ、駄目だし、裕はどうしたって私を見る目はただの友達。またはそれ以下って感じ。だから告白するしかないって思った。振られる覚悟はあるよ。でもね、水戸っちと同じなんだ。やっぱり、それでも好きは続くと思う。それで何回でも、うざがられても、アタックするつもり。私が根性あるの知ってるっしょ? 出来ると思うんだ」
僕はふーんとだけ返した。彼女は必死にも見えた。僕に先越されたという思いすらそこにはあった。僕は無関心でそんな返事をしたんじゃなくて、僕も密かに持っているその部分を共感するように言っただけ。
僕はマスターのくれた飲み物に手を付けた。
「しんどいだけだよ。そんなの続けるのは」
「分かってる。だからね、しんどいときは話聞いてよ」
ナミは苦く笑った。僕は笑わずに素っ気なく聞こえるように分かったと返事を返した。僕はナミより一歩前にいるけど、立っている場所はそれほど変わっていない。彼女を振り向かせるコトなんて、僕にはとうてい無理なような気がする。彼女が誰が好きなのか、知らなければ良かったとさえ思える。
僕は飲み干すと、ナミを見る。
「応援は、今も変わらずしつづけるよ。でも、頑張り過ぎない方がいいと思う。うざがられない程度がんばれ」
がんばれ、こんなにも頼りない言葉を僕は彼女にぶつけたものだ。本来なら、がんばろうという所なのに僕は突き放すような応援をしている。どうしてだろう、僕がおかしい。
それに気づいていないのか、どうでもいいのかナミは喜んでいた。
帰りのコトだった。僕とナミはあれからマスターに無理矢理酒を飲まされ、バー内でばか騒ぎをしたあと酔いが冷めて来た頃に店を出た。それからも変な冗談を言って帰る道すがら僕は徹を見つけてしまった。
徹は僕なんかはよく知らない店から数人の友人と、肩を組む程仲のいい女子と一緒だった。あとからナミに聞いたところとてもぼっちゃんが行くような、健康的な店ではないらしい。まぁ、そこは僕にだってすぐに察しはついた。そして、裕がずっと前に言ってた言葉を思い出した。
徹の本性。
つまりは、そういうことだった。徹が二重の性格を使い分けているということだろう。彼は確かに、見る人にそうだと思わせるような行動を取っている。何より、僕が腹立たしくなったのは、肩を組む女子と堂々とキスをしている所を見たからだ。
それが駄目なわけじゃない。徹の彼女かもしれないし、徹の中でそれが常識ならそれはそれで僕には関係ないコトだ。でも、今は裕子のコトが頭を巡っている。それが僕に腹を立たせるんだ。
ナミを引っ張って、僕は今見たものを振払うように駆け出した。なかったコトにはできないけど、僕の中に停めておけばいい。そう思った。
振られてからの第一日目。その日は近付いてくる文化祭の準備が一日の大半を締めくくった。
僕と裕子達のクラスが展示物を置く場所は近い。その為、僕は裕子と顔を合わせるコトが多かった。初めは顔をおもいっきり背けてしまったが、しだいに僕も裕子も話をする努力をし始めていた。ぎくしゃくするより、話す方が楽だ。
視聴覚室と会議室。隣同士の教室から出て、放課後にいのこり組になった僕と裕子は話をはじめた。
「水戸っちのクラスは何作ってるの?」
「ハリウッドの有名人達」
声を出して裕子が笑った。
「何それー! スパイダーマンとか作ってるんだっけ?」
「そう、それがハリウッドの有名人」
裕子はわかったと口だけで言った。顔を見るとあまり納得していない様にも見える。
「裕子のとこは?」
「あたしんとこは、海の世界。っていうかニモの世界って感じ」
あのディズニーのやつね。っと僕が言うと彼女は笑って答えた。
「文化祭んときは見に来てね」
もちろん。裕子は僕の返事を聞くとすぐにうつむいた。僕は何度かこのときの裕子を見ている。だから裕子の気持ちが何となく分かる。
「どうかしたの?」
僕が顔を覗き込むように聞くと、裕子は慌てて顔を背けた。その状態のまま裕子はなんでもない。と何度も言った。でも、僕は引き下がらなかった。
「なんでもないって、顔じゃないよ」
裕子ははっと僕を見た。それからまたうつむいた。そのまま沈黙が流れたが、僕は耐えきれず口をひらいた。
「話してよ。裕子は気を使ってるんだろうけど、かえってそれが駄目だと思うんだ。僕らって今は友達だろ?なら、話してくれてもいいじゃん」
裕子は困ったように眉根を寄せて、何も無い所を数秒見つめてからすぐに顔を上げた。決心した顔だ。
「大したコトじゃなのよ。ただ、知ってたし、分かってたけど、悲しくなっただけ」
何のコトか分からなかったけど、僕は真面目に聞いていた。
「好きな人が、女の子と一緒のとこ見るのってつらい・・・。みちゃったんだ、仲良く歩くとこ。でもね、いっつも違う子なの。それがあたしの勇気をとどめる。告白したらね、彼の周りにいる子と同じになる気がして、それが嫌で言えないの。ただ、それだけのこと」
ただ、それだけのこと。ではないんだろう。僕だって裕子が徹のコトを話すだけで胸がいたくなるのに、裕子は僕が昨日にみた徹を見たわけだから悲しくもなるんだろう。僕は彼女より幸せだった。でも、彼女よりしんどいものもある。彼女がいかに徹を好きか思い知らされるんだから。
僕から何か声をかける言葉はなく、二人一緒に悲しみを無言で分かち合っていた。それが不思議と、僕と彼女の距離を縮めたように感じたのは勘ちがいだったのだろうか。すっと伸びた手が彼女の手を掴んで、彼女もしばらくしてから力をこめた。何の意味のないものだけど、僕には十分だった。




