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24、最後の打ち上げ花火と僕の告白

 予測不能ではあったけど、彼女がどういったコトを思って走り出したかは分かっている。決して僕の心を読みとってくれたわけじゃない。それなのに、僕の胸は恐ろしいほどに跳ね上がり、裕子につかまれた手は熱を帯びている。彼女が僕の方に顔を向けるたびに、僕の頬は真っ赤に染まっていく。おかしくなりそうだ。

 彼女は立ち止まって、僕を屋台から離れた場所に連れて行った。

「ね、あの辺で休も」

 彼女はブルーシートの敷かれた芝生の上に座った。僕はその隣に座る。

「えっへっへ。このままあの二人いい感じになっちゃえばいいのにね」

 僕はただ笑って答えた。裕の気持ちを知っている分、簡単に喜べるもんじゃない。裕子は思いきり背伸びをすると、ため息をはいた。

「あたし、水戸っちにお礼いわなきゃって思ってたの。裕のコト、ちゃんと帰らせてくれてありがとう。あのままじゃ裕もあたし達家族もどうなってたかわかんないわ。徹もそう言ってたのよ。水戸っちのこと全然しらないのに、お礼言いに行くっていい出したときもあったわ。ふふっ、おかしいでしょ」

 裕子は僕が見たコトのない、初めて見るような笑いを浮かべた。その顔には見覚えがある。裕子がしたんじゃなくて、他の人の顔が思い浮ぶ。

「お礼なんて、気にしなくていいのに。いい奴なんだね」

「そぉなのよ、本当にいい奴なの! でも、あたしにとっては・・・」

 その先の言葉を聞きたくなくて、僕は耳を塞ぎたくなった。でも、裕子はそれ以上何も言うことはなかった。僕はそれが気に触って、なに?と聞き返していた。望んでいない、聞こうともしていなかったのに、声に出していた。

「なんでもないわ、気にしないで。あ、花火はじまるよ」

 空を見上げると、真っ暗中にひと筋の光が現れる。それが飛翔すると天に打ち上げられた光は、大きな火花を散らしていく。その瞬間に僕も裕子も、大声をあげてその火花に向かって感嘆をあげる。何発も何発も打ち上げられ、色とりどりの花火が、僕らの顔を染めていく。

 ふと横を見たときの彼女の横顔は、美しかった。真っ赤に染まる僕の頬と違って、彼女はほんのりとしたピンク色に染まっていた。僕は、こんなに好きになっていたことに気づいて口もとを釣り上げた。

「キレイね。あたし中一の時、お父さんにだまされて、たまやーって叫んだコトあるの。それを言うのが常識だって、教えられてたんだけど、あたし一人が恥かいちゃって、裕もお母さんも笑いっぱないし。だけどね、徹だけは笑わずに、一緒に叫んでくれたのよ。あれは嬉しかった」

 たいそう嬉しそうに小さく笑う。それを見ていると、胸がズキっと音をたてた。

「徹は、いっつもかばってくれるのよ。あたしが悩んでるときも、すぐに話聞いてくれるしね。あ、水戸っちもそうよね。あたしの話、いっぱい聞いてくれるじゃない。あたし水戸っちは身内以外じゃ初めての話やすい友人かもしれないわ」

 友人。僕は口の中でつぶやいた。その位置にいることが、僕とっていいコトなのかどうかは、そりゃ、よくないに決まっている。でも、彼女にとって僕の位置はそこ。友人という席に座るしかなかった。

「そう、ありがとう。僕も裕子は話やすいよ。というか、よく僕なんかの話をきいてくれるなぁって思うコトもあるし」

「なんかって? 僕なんかってなに?」

 裕子がつっかかった。僕は裕子の凄みのある目に、吸い込まれてしまうんじゃないかと思いつつ瞳を合わせていた。

「水戸っちは自分を低く見過ぎよ。人って自分が思ってるよりも、ずっとすごいもんなのよ。水戸っちには水戸っちのよさがあって、それが、僕なんかって言葉で済まされるようなもんじゃないってコト、あたし知ってるわ。もっと自信もちなよ。水戸っちは水戸っちでしょ?自分のコトそんなに責めないであげてよ」

 裕子はそういうと、笑って花火を見た。

「キレイよね、そう思えるってことは大切じゃない。水戸っちは、あれぐらいキレいな心持ってるのよ・・・。ってくさいか」

 裕子は顔を手で隠して、耳を真っ赤にさせていた。僕は眼鏡越しに映る花火の色に染められた自分の顔を、見られたくないと思った。僕は打ち上げられた花火以上に真っ赤になっているはずだ。

 僕もその空気にたえきれなくなっていた。

「くさいよ。でも、ありがと」

 僕は裕子の方は絶対に見なかった。背けた顔と反対の方向から、どういたしまして、という声が聞こえた。それで、僕は笑ってしまった。裕子もつられたという様に笑いはじめた。そうなると、花火にかき消されていく笑い声も、僕の中では勇気に変わっていた。

 最後の花火が打ち上げられたときには、僕らの会話もそれなりに盛り上がっていた。テンションを上げ過ぎて、僕は裕子と同じように声を上げて連続して打ち上げられる花火を見ていた。歓喜の声が舞い上がる中で、終わった花火。ゆっくりと立ち去って行く人を見送りながら、最後の余韻を楽しむ人もいる。

 僕と裕子も、しばらくの間座ったまま、話をした。

「おわっちゃったね」

「うん、キレイだった。でも、あっけないもんね」

 裕子はちらほらと帰っていく人を見てから立ち上がった。

「花火って、失恋みたいじゃない? 好きになって、どんどん気持ちが高まってそれをぶつけて散っていく。なんだか、悲しいわね」

 ふふっと、小さく笑った。ふと見えたその顔が、どこか遠くを見ているようで恐くなる。どうしてそんな顔をするの? と聞きたい。僕も立ち上がって、裕子のとなりに立つ。

「裕子にとって、僕は友達?」

 彼女は僕からの急な問いかけに首を傾げたが、すぐに「そうよ」と答えた。それが、どうにも気にいらなかった。僕は、彼女にとって友人でありたくない。そう思い初めていた。すっと伸びた腕は自然と、彼女の肩をつかんでいた。

 こんな感情は初めてだ。僕がこんなに積極的だってコト、知らなかった。腕はそのまま彼女を引っ張り、僕の腕の中に招き入れていた。彼女が持つ甘い香りが、僕の鼻の奥を刺激した。

 彼女が僕の腕の中でもがくのを全身で受け止める。僕は必死になって彼女を捕まえていた。そして、言ってしまった。もう、どうにでもなれっという気持ちが、僕にそうさせていた。

「友達はいやだよ」

 それだけ言うと、僕は彼女を抱きしめていた力を緩めた。彼女はするりと、僕の腕から逃げ出て真っ赤な顔を手で隠しながら、僕の前に立ち尽くしていた。僕は一息おいてから、高まっている心を彼女にぶつけた。人に見られていようが、そんなコトはどうでも良かった。僕は彼女しか見えていない。

「好きだ、裕子が好きなんだ」

 彼女が走り去って行ったのは、僕の言葉を聞いてからだった。

 顔の火照りが冷めないまま、僕は彼女の姿を見ていた。足は震えて身動きすらできず、彼女の真っ赤な顔が目の前になるような気がした。


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