2、桜並木
入学式から一週間が経った。
あの日から僕はしらない間に有名人になっていた。というのも、僕に話しかけてきたあの四人は知る人ぞ知る、地元では有名な不良だったらしい。クラスの中や、他クラスで仲良くなった奴から聞けば今はまだ、中身も外身もましな方だという。
それに絡まれる僕はもはやあの四人組の仲間だと思われているらしい。それが僕を有名にした原因だと思われる。確かに僕はあの四人と仲がいいが、僕自身は決してあんな性格でもないし、あんな格好はできない。それにあいつらみたいに、そこにいるだけで誰かが寄って来るような存在でもなく、目立つコトもない。
どうして僕なんだろう、あいつらと一緒にいるのは、なんで僕なんだ?
「だから言ってるだろ、みとっちの顔キレイだもん。結構目立つと思うけどな」
幸運にも窓際の席になった僕の隣の席に座っている茶髪の裕が、大きな溜め息と共に吐き出した。
「別にキレイじゃないよ。それに目立ってもいないし」
「水戸っちが眼鏡かけるからだろ?その眼鏡ちょっと大っきくないの?合ってないし」
うっさいなぁ、と僕が少し膨れると裕は面白い玩具を見つけた子供のように笑った。
「水戸っちってさぁ、どっかの国の血混じってるだろ?」
僕はドキッとした。そんなコトいう人を久ぶりだった。それに、眼鏡をかけてからは誰もそんなコトいわなくなっていたのに。
「なんでわかるの?」
「わかんじゃん、日本人の顔じゃないもんね。で、どこの血?」
「フランスだよ。うちのじいちゃんがフランス人なんだ」
裕は無意識にか口笛をふいた。その音はあまりにも大きく僕は一瞬だけクラスの注目を集めた。
「じゃ、水戸っちはクォーター?」
「そうだね、そうなるね」
すごいなぁっと、裕は妙に感心していた。それがどうすごいのか、僕がフランス人の血を受けついでるだけで別に話せるわけじゃない。もし話せるなら、少しは僕の取り柄っていうものになっていたかもしれないけど、残念なことにじいちゃんがたまに話すフランス語を理解するのも無理だ。
次の授業が始まると、裕は机に突っ伏して顔だけこっちに向けていた。
「寝るの?」
眠そうな目を無理矢理開けて、僕を見ると首を振った。首についているジャラジャラした物が机にあたって大きな音をたてた。
「窓、見てみろよ」
先生がこっちを見て注意しようとしてるのが見えた。でも僕は裕の言葉にしたがって窓の方に目を向けた。裕の目がどこかいい物を見つけたと言ってる気がしたからだ。外には薄ピンク色の桜並み木が見えた。風が吹いて桜が揺れると花びらが舞いはじめた。入学してから一週間経つけど、これをこんなにゆっくり見たのは今日が初めてだ。
僕は素直にきれいだと感じた。
僕は裕の方を見ると、すごいねと声を出さずに伝えたが、裕は笑ってるだけだった。
「水戸っち、弁当くいにこうぜ」
金髪のカズトが僕の肩をつかんで揺すった。
「はぁ、ここで食べないの?」
「桜キレイだから花見しようって。いくだろ?」
なるほど、授業中窓の外を見てたのはそんなことを考えてたからか。
「いくよ」と僕は立ち上がった。
カズトと廊下に出ると薫がいた。薫は身長が高いので僕は少しだけ彼の顔を見るには見上げなければならなかった。あの四人の中では一番横に並びたくないと思っていたが、薫は僕の横にきて僕の頭に肘をのせるのが何故か気にいっていた。そして僕も、とくに嫌だという反応をしないから薫は今も乗せている。
「ちっさいよな、水戸っち」
肘をのせずに手のひらをのせて、髪をぐしゃぐしゃにしながら薫がいった。
「だよな。何センチなん?水戸っち」
僕は少しふくれて「154センチ」と答えると、二人は何故か納得した表情を浮かべていた。
僕の身長は高校生の1年男子における平均身長を大きく下回っている。いってしまうと、僕の身長は高校1年生女子の平均身長ぴったしなのだ。これは結構コンプレックスだけど、そのうち伸びるコトを信じているのでちびといわれても気にしない振りぐらいできる。
一階まで降りて桜並木の所にいくとすでにどこかから借りたブルーシートを桜の下にしいた、裕とケンちゃんがいた。何か楽しそうに話しているみたいだったけど、僕らが来るとすぐこっちに来いと大声で呼んだ。
薫とカズトが二人のとこに行く後ろに続いて歩きだしたとき、すっと甘い香りがした。
第二校舎へと続く渡り廊下の方を見ると、髪の長い女の子がじっと桜の方を見ていた。その顔に僕は見覚えがあったが、僕の視線に気づいた彼女が目をそらした為に覚えることはできなかった。
でも、確かに知っている顔だった。
「水戸っち! 早くこいって!」
僕は視線を戻してブルーシートに駆け寄った。
桜が舞って、ちらっと見た裕の顔が少しだけ記憶の片隅に引っかかった。どこか何かにすっぽりとはまるように、地面に桜の花びらが落ちるように。




