18、家の事情
裕の熱は、三十八度もあった。これって結構あるけど、僕は熱もないのに学校休んじゃったし。
「裕くん、大丈夫? お薬ここにおいとくからちゃんと飲んでね。それで、親御さんに連絡はしたのかしら? 別に家に泊まってくれるのはいいのよ、でも心配はかけさせないでね」
裕は僕に見せたコトのない、すこし恥じらったような笑顔を母に向けて、寝た。というのも、母を安心させる狸寝いりだけど。僕は母と一緒に、部屋を出た。学校を無断欠席したコトを怒られるのかと思ったけど、母はそんなことをいちいち怒る人ではなかった。これも小学生のとき、イジメを受けた僕をただ一人理解してくれたひとだからだ。まぁ、天然な人でもあるから、そういうことに無頓着名だけかも。
「裕くんのことちゃんと看てあげなさいよ。それで、着替えたらお買い物行ってチョウダイ。熱には桃の缶詰めってきまってるの」
そんなの初めてきいたよ、お母さん。言葉を飲み下しながら、僕は急いで着替えに戻った。
裕はうっすらとまぶたを持ち上げて僕を見た。
「これ、桃。食べれる?」
僕が買って来た桃を見ずに、辺りを見回す。僕が着替えに戻って来たときにはぐっすり眠っていたくせに、まだ眠そうだ。
「たべる。今何時?」
「もう、五時だよ。目覚めた?」
「ぜんぜん、っていうかこの家寝こごちいいべ」
そういって布団に顔を埋める。でも、僕がお皿に入れた桃を差し出すと、嬉しそうに飛びついてきた。
「裕、聞かせてよ」
昼に言ってたことを徹回される前にどうしても聞き出したい。僕は焦ったかもしれない。それも分かっているかのように、裕は桃をじっくり味わいあながら、僕に待てと示した。
「桃は味わって食べるもんだろ。俺の話も、味わって聞くもんなんだから、落ち着け」
僕はその通りだと、イスに座って音楽をかけた。僕が聞くのは、ほとんど偏ってる。ポップスがほとんどで、ロックなんかは聞かないし。でも、ラップは結構聞くかもしれない。でも、今流しているのはポップスだ。
「しってる。オレもこの曲好きだ」
「やっぱり! 僕もすっごいすきなんだ。いいよね、歌詞も何もかも」
僕が言うと裕は優しく微笑んだ。
「はしゃぐ水戸っち見るの、何か変な感じだな」
「そう? 僕これでも、学校でいるとき信じられないぐらいはしゃいでるんだけど」
みえない、と裕はいいきった。僕には他の人に僕がそう見えていなかった事が悲しい。自分で思っていても伝わらないものってあるもんだな、って新ためて実感。
裕が桃のはいっていた皿を置くと僕は姿製を正した。
「桃うまかった。水戸っちの母親美人なのな。やっぱ、水戸っちのキレイな顔はそんなとこからきてるんだな」
そりゃ、親の遺伝子からできてますからね。裕は布団に潜って、顔だけ出すと僕を見て視線をそらして、また僕と目を合わせた。
「オレの母さん、中学はいってすぐに事故で死んだんだ。それから、すぐに父さんが新しい人を連れて来た。それが、徹の母親。三つ子って事にしてるけど、本当は赤の他人なんだ、オレたちと徹は。母さんのことがそんなにすぐに忘れられた父さんが許せなくて、オレはグレてグレまくった。裕子は半分あきれて、今頃になっていろいろ言って来やがるし、父さんもあたらしい母さんも、オレの事なんか無関心だ。グレ他瞬間から、赤の他人だってオレに言ってた。それがオレにもっと大きなダメージを与えて、オレはもうどこにもい場所がないって事に気づいた。でも、徹は恵まれてた。頭も良くて、態度もいい、オレだって最初は憎むに憎めなかったけど、あいつはいいやがった」
裕は言葉をきった。次の言葉を紡ぐのに、少し時間がかかった。
「徹は、世の中全部虫けらの世界だって。オレも裕子も、ここにいきてる奴ら全部虫けらなんだって。何言ってるか分かる? 馬鹿にしてるだけじゃなく、あいつは世界に何の価値もないっていってるんだ。ちっぽけで、オレが悩んでた事なんてそれ以下だって。オレは、むいかついたけど、すっきりした。それであいつに惹かれたんだ。あいつの本物の心をオレは知りたいって思った。あいつがいつも本当は何を思ってるのか。気づいた時には、オレはあい次が好きになってた。それは、恋なのか、友情なのか、全然わっかんないけど、あいつの言葉をきいていたいと思った」
じゃぁ、どうしてあのときはあんなに怒ってたんだろう。裕は一度布団の中に入った。頭まですっぽりかぶって、僕からは姿が見えない。
「馬鹿だったよ、オレは。あいつ、オレの気持ちに気づいてやがった。それでオレは脅される形になって、いつまでもこき使われた。パシリって奴かな。でも、あいつはそんなつもりないって顔して、裕子にも同じ事させてた。オレは、あいつが嫌になった。なんで好きとか思ってたんだろうって、変になってたんだろうかって、冷めたっていうのか? それになった。でも、あいつはオレを離そうとしなかった。あいつはそういう奴だった。だから、逃げた。オレに目を向けない、親からも逃げた。結局、徹はオレに戻って来てほしいと思いながら、オレをこき使いたいだけだ。裕子と違って、オレは本性知ってるから、使いやすいだろうし。それで、両親は変わらずオレなんか消えればいいと思ってる。もうずっと連絡とってないけど、裕子からも徹からも親の事は聞いてないし」
隠れた裕が、泣いてるんではないかと心配になったが、裕はすぐ顔を見せた。
「裕子は、真剣だったじゃない」
「・・・家の奴は信じれない。裕子だって、徹の下僕だ。あいつにいわれてやってるだけだろう」
裕の表情が曇った。
裕の心の痛み、僕が知ってしまった分は軽くなってくれただろうか。僕は、ちっぽけで裕みたいに強くはないし、そんなに大きな事を抱える事はできないけど、裕を見守る事は出来るだろうか。手助けするのではなく、安全な道を通れるように裕を見守る事。傷ついてつかれて、これ以上の傷を負わせない様に、僕に出来る事はそれだと思う。そして、たまに裕にお節介をやくのだ。
「裕、話してくれてありがと」
「うん・・・全部じゃないけど、オレもはなせてすっきりしたし。また、聞いてよ。水戸っちは安心するから」
熱に犯されておかしくなってるんだろうか、友ダチにいうようなセリフじゃない気がする。僕は熱くなる頬を押さえながら、裕に言った。僕もいわないといけない事があった。
「そうなら嬉しいよ。それで、僕の事だけど井上の告白、断ったよ。きっぱり言ってやった。それで、また裕の話。徹っていう人はよく知らないけど、僕は裕の友達だから裕を見守るよ。たまに、傷つけるような事をするかもしれないけど、裕には僕やケンちゃん、薫、カズトがいるってことわすれないでね。僕らは裕の居場所になりたいんだから。それと、無理しない事」
裕は目を見張った。うっすらと浮かんだ涙の膜が見えたかと思うと、裕はまた布団に潜った。こんどこそ泣いてるんだろう。僕はついつい笑ってしまった。
「それと、やっぱり今のままって駄目だと思う。僕がイジメに対抗したみたいに、裕も裕子や徹、親に立ち向かってよ。話し合わなきゃ何も終わらないんだから」
裕はもぞもぞと布団の中でうごめいた。
「それは・・・まだまだ考えられない」
僕は溜めい気を吐き出した。喧嘩にならないだけましか。立ち上がって、裕のそばに寄って、頭であるだろうところをなでてやった。僕がちいさい頃に落ち着かせる為に母がやってくれた仕草だった。