17、ひさしぶりの会話
公園、でっかくて、遊ぶとこがいっぱいあって、でもデーとスポットに選ばれるそんな場所。
街中にぽつんと立っている、不思議な空間。僕も何度か足を運んだ事がある。昼間は人ばっかりで、苦手とする場所だけど、夜になると人が減り夜景の良く見える場所があったりして、僕は好きだ。
急いで駆け付けた場所は、広場だ。中央のふんスイを囲むようにベンチがあって、カップルがよく来る所だが誰もいない。たぶん雨だからだけど、ライトアップしてあってキレいなのにと、僕は思ってしまう。
裕の姿はそこになかった。他の場所を探そうとした時だった、僕の視線の隅にちらっと裕の姿を見た気がした。傘を差す僕と違って、何も持っていない人。
もう一度視線を戻し、僕は見間違わないようにその人を見た。裕だ。
「裕!」
声に反応して、体を振るわせた。ベンチの側に立ってる。木の陰になっていて見えていなかっただけだった。ずっとそこに立っていたと思われる。
僕を見る瞳に涙が浮かんでいるように見えた。
「わぁ、すごい濡れてるよ。大丈夫?」
裕に近付く僕を見ながら、裕は倒れるんじゃないかとお思ういきおいで、頷いた。
「・・・水戸っち、おひさ・・・じゃん」
抑揚のない声。雨に濡れる体がなんだか、しぼんで見える。
「裕、なんでこんなとこに突っ立ってるんだよ! 肺炎になるぞ! 夏だからって、甘く見ないほうがいい」
「でも、気持ちいいし・・・。でも、ぼーっとしてきたかも・・・」
それは見たら分かる。何時間立ってたんだってくらいだよ、そんなに濡れてるなんておかしい。
裕の足がフラッと揺れると、一気に体が傾いた。僕は傘を放り投げて裕の体を支えた。小さい僕には水を含んだ衣服をまとう彼は重かった。いろんな物が重く感じられる。それを全部受けとったわけじゃないけど、裕の衣服の分だけは持てているのかもしれない。
「ごめっ・・・立てないや」
謝る声も、荒くなっていく息も、僕の肩にのしかかる。ここまでになった裕を支えながら、僕も雨に濡れていた。
火事場の馬鹿力ってこれかぁ。と、僕はついついそんな事を考えながら自分の家に裕を運んでいた。
あの公園からだと、僕の家が近いのだ。裕の家はしらないし、裕が今住んでるマスターの所までは結構距離がある。僕の体力も考えると家しかなかった。
裕はぐったりしていて、濡れているはずなのに熱くなっていた。それもそのはず、あんなところに立っているからなんだけど、僕の体もそれぐらい熱くなっていたからっていうのもある。玄関で出迎えた母さんの声も顔も思わず笑ってしまうほど、おかしかった。あんなに焦ってる所を見るのは初めてかもしれない。それから、父さんが出て来て裕を運んだ。僕も同じようにふろ場に運ばれて、僕はとりあえず意識のあるうちに着替えた。裕の事はしらない。
目が覚めたとき、僕のベットが上にあった。裕にベットを占領されたと知ったんのは、目が覚めてから10分後だっただろうか。
「おはよう」
声をかけてきたのは、冷えぴたを貼られている裕だった。まだ少し頬が赤くて、熱っぽい感じがした。
僕は上体を起こして、座る姿勢をとるとベットの裕を見た。
「・・・しんどかった?」
裕は目を見張った。僕も、自分の言葉に驚いた。
「僕は中学んとき、イジメ合ってたんだよね。っていっても、中一の時だけだったけど、でもしんどかった。誰も僕を助けてくれなくて、誰も僕を見てくれなくて、僕ってそんなにちっぽけな存在で、そんなに意味のない存在で、僕にはい来て行く意味さえも見え隠れしてた。結局、助けてくれる人もできず、僕は僕で戦った。歯向かう事を教えてくれた人はいない、僕に味方なんかいなかったから。ずっと、しんどかった。裕は、しんどい? 僕と喧嘩して・・・しんどかった?」
僕はまた甘えてしまった。僕はもう、甘える事をしないでおこうと思っていたのに、言葉が止まらなかった。どうしても伝えたい、いや吐き出したかったものが、流れ出た。
でも、裕はきいてくれた。ゆっくり布団の中から手が出て来た。それが僕の頭をくしゃっとなでて、目を指差す。
「やっぱ・・・キレいな目じゃん」
眼鏡のない素っ裸な瞳に向かって突き付けられた指先は、血の通った色をしていた。
「ここどこ?」
「僕の家。裕をどこに連れて行ったらいいのかわかんなかったから、家に連れて来ちゃったんだ」
ふーん。と返事が聞こえた。
「オレ、しんどかったかも、でもソレ以上のものもあった」
急に話しはじめた裕は僕の目をじっと見ていた。真剣な顔をするのは、そして見るのはひさしぶり。
「水戸っち、オレの中ででっかいもんになってたから、つらかったかも。オレ素直になれないから、謝る事もしなかったし、水戸っちは前みたいにすぐにオレんとこ戻ってくると思ってた。でも、いくら待っても水戸っちこないし・・・無理だって気づいたら、もうどうでも良くなって・・・」
それであの場所に、雨にうたれながら立っていたわけだ。裕の言葉の続きを勝手に読み取った。僕は裕のおでこに貼られた冷えぴたを触って、ぬるくなってる事を確かめると立ち上がった。そういえば腹も減ってる。
「かえのやつもらってくるよ」
頷く裕を見ると部屋を出た。
下に降りると、母が洗濯物を干していた。僕を見つけるとすぐに寄って来て、ニコニコした笑顔のまま話しかけてくる。僕はこの母親が苦手だ。こんなに良くしゃべる女とだけは結婚したくない。
「あっちゃん、具合どう? 起きて来て大丈夫なの? お友達は起きた? あ、おかゆ作ってみたんだけど食べる? 冷えぴたの替えはどうかしら?」
あぁ、うるさい。そんなにいっぺんにいわれても困るし。まだまだ何か言おうとする母の背中を押して、僕は台所に立たせた。
「とりあえずおかゆ用意してよ」
僕はその間に冷えぴたを探した。
「水戸っち、イジメあってたの本当?」
おかゆを口にほおばりながら、ベットに半身だけ起き上がらせて裕が言った。僕も同じように口にほうばりながら、頷いた。
「まっじでぇ。じめじめした奴らだな。っていっても、オレも何度かかつあげとかしてたけど」
そういうのもあったなぁ。
「オレは喧嘩ばっか。たたいて蹴って、殴ってボコって。楽しい、って気持ちはなかった。すっきりもしない毎日だったし、オレはみたされた時間が欲しかったのに、それは消えて行くばかり。つかめそうでつかめない所にすぐに行ってしまうんだ。それに気づいた時は遅かった、オレはすでに取り返しのつかない所まで落ちてた」
それはケンちゃんにきいたものと同じだろうか。裕の心の穴をさしているのかも。そんな話をしてくれるのは、初めてかも初めてかも。
「オレ等、中学の時ひどかったよ。自分のやってることが訳解んなくなって、自分が壊れるんじゃないかって思う時もあった。オレって、成長したかも。それも中学三年ときにいろいろあったからっていうのも、あるけど。水戸っちみたいに、そんなふうになるのが夢だったから」
夢、僕なんかになる事が夢?あさはかだ、そんな抵いものを望むなんて。僕は裕達みたいに堂堂といきたかった。イジメに対抗した勇気も、僕一人の力じゃなかったし、僕は一人じゃ何にもできないんだから。裕にそんな風に言ってもらうのは、もったいない気がした。
「へへっ」
でも嬉しかった。そう言ってくれる人は、そうそういないもの。
「変な笑い方。がっはっはっは、とかわらえねぇの?」
「下品だよ。それに、僕のベットの上にご飯ツブこぼさないでよね」
大口を開けたばかりに、裕の口からは数ツブの飯がこぼれていた。照れくさそうにそれを拭き取ると、裕はまた口にほうばった。
「えっと、えー、あの、僕」
裕が眉根を寄せて僕を見た。何がいいたいんだよ、って目がいってるのが分かる。
「僕、裕とまたはなせて嬉しいよ。よかった、仲直りできて」
へっへっへ。と僕が笑うと、裕は僕から顔を背けて、ふーんとだけ言った。僕から見える裕の耳が赤くなってるのに気づいて思わずまた笑ってしまった。
おかゆを食べ終わると、僕は裕に新しい冷えぴたを貼って、熱を測らせた。その間に食器をかたずけるつもりだったが、裕は僕の服の裾をつかんだ。思わず転けてしまう所だったが、ぎりぎりセーフ。食器も割れるコトなく、僕も無事。
「オレ、言ってもいいよ」
急に真剣になって、裕は言った。
「なにを?」
僕が聞き返すと、気づけよって、頬を膨らました。
「オレんちの事情さん。知りたいんだろ? どうせ、今日はまだお世話になるつもりだし。ってダメ?」
「それって、家に泊まるってコト?」
裕が頷く。ダメじゃない、けど図々しいくないか?まぁ、いいんだけど。
「聞かせてくれるならいいよ。裕も熱下がってないし」
やったと言って、裕は布団にもぐった。
僕は鼻歌まじり階段を下りた。そして重大なコトに気づいた、今日は金曜日じゃないかって。