15、雨に濡れた頬
店を出たときは、曇り空が広がってた。勉強してる時以来に遅くまでいた。
これだけよく話すのは、あの四人以外じゃ裕子ぐらいだ。となりに並んで歩きながら、裕子は自分からいろんな話をして、笑っていた。僕も話なんかほとんど耳にはいってないのに、笑っていた。
「水戸っち、おかしいって、そんなに妹ラブでいいわけ? てか、そんだけカワイイなら見てみたいし」
「いつかね」
僕はそういって先をあるいた。僕の歩調より少し遅い彼女の足取り。僕は彼女の方をふりむいた瞬間、彼女の後ろにいる僕を見る、女の子に目を奪われた。それを見た裕子が後ろを振り向く。
「水戸・・・くん」
いつものように、化粧している。いままでで、一番うまいかも。
そんな事を考えてる場合じゃなかった、僕は今裕子といて、いきなり井上が現れて、彼女は泣きそうで。
「井上」
出て来た言葉をきくと、彼女は走り出してしまった。僕と裕子に背中を向けて。
僕は反射的に彼女をおいかけた。裕子とすれ違ったとき、裕子がぼそっと応援してくれた気がした。でも、やっぱり耳にははいってなかった。その時の僕に見えたのは、井上の背中だけだったから。
井上においついた時、彼女は立ち止まって背中を丸くしていた。
「井上! なんで、逃げるの?」
僕はゆっくり彼女との距離を縮めながら、息を整えていた。
「答えてよ!」
彼女は僕を見た。
目には、堪えて堪えて出て来てしまったと思われる、大粒の涙たち。ゆっくり頬につたって地面に落ちていく。
「だっ、て。水戸くん、私のことなんとも思ってないでしょ? わかるわよ、それぐらい」
叫んでる、叫んでるみたいに聞こえる。僕は何もしていないうちから、彼女を傷つけた。
「それでも、私のコト好きになってくれるんじゃないかと思ってたけど、無理じゃない! もう、水戸くんにはちゃんと好きな人いるんじゃない! 馬鹿みたい、なんで気づかなかったんだろ・・・」
好きな人?僕に?彼女はどうかしてしまったのか、僕にそんな人はいないんだけど、いないけど、どうしてそんな事を言うんだ?
「な、に言ってんの?」
出て来た言葉をきくと、彼女は鋭いまなざしを僕に向けた。
「これ以上私を惨めにさせないでよ! 私はふられるぐらいなら、ちゃんと水戸くんの言葉を聞きたかった」
「じゃぁ言うよ! 僕と一緒にいたのは、僕の友達のおネェさんで僕の友達だ。それ以上の感情はない。だけど、井上の事を好きにはなれないと思う。井上も僕にとっては友達なんだ、だからごめん!」
僕は頭を下げた。すると空からぽつりぽつりと小粒の雨が降り出した。僕が顔をあげると、井上が立っていた。僕を見る目は空虚で、僕を捕らえているようで、僕を見ていない。
井上の目から溢れ出る涙を僕は指ですくった。あまりにもキレイで、あまりにも近くにあって、僕は触れてしまった。
「知ってたよ・・・。たぶんそうなるって分かってた。でも、期待もしたのよ、こっち見てくれないかって。無理だったんだね。うん、ありがと。ちゃんと考えてくれて」
「そんなことないけど」
僕と同じように井上は僕の頬に触れた。そうする事が最後だって認めているかのように、おそるおそる壊れそうな玩具に触る見たいに。
「ありがとうはこっちのセリフ。気持ち嬉しかったよ、でもごめん」
「謝らないでよ、しょうがないよね。水戸くん、あの子の事好きなんでしょ?」
僕も井上も同時に手を離した。
裕子のコトを僕が好きだって?それはないんだけど。
「なんで?」
僕が聞くと彼女は虚ろな目を僕から離して、もう一度僕を見た。その瞳の中には僕しか映っていない。
「見てたら分かる。顔が違うもの」
そうなの?って僕が言うと、彼女は僕の襟首を引っ張った。そのまま僕が彼女の方に前のめりになると左頬に柔らかい感触がした。そして耳もとで「バイバイ」って言う声が聞こえた。彼女の少し高い声だ。
走っていく彼女を呆然と見ながら、僕は左頬に手をやった。
頬に触れるだけのキス
雨と涙で濡れた彼女の唇が触れた部分。僕は見えなくなった彼女を見ながら、僕の胸の奥にある恋の予感に気づきはじめていた。
雨の中を歩きながら、もと来た場所にいくとファーストフード店の屋根の下に裕子がいた。裕子は僕を見るとすぐにかけつけて、持っていた傘の中にいれてくれた。僕の様子から、裕子だって分かったと思うけど、その妙な気づかいが僕を泣かせていた。
「水戸っち、今の涙は許してあげる。全部流しきってしまいなさい。彼女の分までね」
僕は頷いたまま、彼女の肩に顔を埋めた。驚く奇声が聞こえたけど、彼女はすぐに僕の頭を包み込んでくれた。雨の中で濡れた僕の体を温めようとする彼女。少しだけ僕より背が高くて、優しくて、カワイくて、裕の姉で、好きな人がいる。それは僕じゃないけど、僕は彼女に恋をした。
僕は彼女にすっかり惚れてしまっていた。