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13、ラーメン屋さん

 肩を掴んで無理矢理、僕はカズトに引っ張られるようにカズトの家に来ていた。

 僕は少しだけ腫れた目を、道中気にしながら目をこすっていた。カズトは何も言わずに、ただ僕の前を歩いているだけだった。

 カズトが言っていたとおり、彼の家はラーメン屋だった。賑やかな街並から外れた所にポツンと建っている、ちいさなラーメン屋さんだ。でも、客の数は多い。僕の座る場所は無いように思われたのだが、カズトは一番隅の方の席に僕を座らせた。そして、正面にカズトが座る。

 そして、カズトが言っていたバイトの女の人が現れた。

「かっちゃん、何してるの?」

 カズトはその女の人をみると、少しだけ頬を赤くした。

「こいつダチの、水戸っち。水戸っち、こちらさんはアキコさん」

 こんにちわ。と、僕とアキコさんはあいさつさした。僕は、すこしだけ潤んだ瞳でアキコさんを見るカズトを見て、なんだか分かってしまった。恋してるんだ。

「かっちゃん、お店手伝ってよ。こんなとこで、食べようとしてないで」

「今日は、こいつと話あるから、それまで待って」

 アキコさんはカズトの腕をつかんで、立たせた。すごい睨んでる、よくカズトは普通にあの目をみてられるよ。

「こらっ、かっちゃん! 話なら自分の部屋いきなさい。おじさんとおにいさんの仕事の邪魔になるわよ! ほら、おじさん見てるじゃない」

 カウンターから微妙に顔をのぞかせるおじさんを見て僕は思わず笑ってしまった。その隣にいるカズト似の、ノッポな男の人が兄貴なんだろう。こっちを見ようとしているのが伺えるが、兄貴の方はお客と話をしている。

「あっこちゃん」

「変なあだ名で呼ばないでよ」

「だって、水戸っちにここのラーメン食わせてやりたいじゃん」

 演技の入った口調でそういうと、カズトは上目ずかいにアキコさんを見た。

「あーそー。わかった、わかったけど、他のお客さんに迷惑かけないでよ」

「うん」

 アキコさんがカズトの腕から手を放し、すぐにカウンターの方に戻っていくのを見ると、カズトは再び座った。

 僕がずっとカズトの方を見ていると、カズトは恥ずかしそうに笑いながら小声で言った。周りの音がうるさくて実はあまり聞こえていなかったけど、それでもカズトが言いたかった事は分かった。

「あの人が、俺の好きな人」

 ふーん。僕まで顔が熱くなった。


 しばらくすると、カズトがこの店で一番おいしいという、醤油ラーメンがあらわれた。運んできたのはアキコさんだった。僕の方を見ると、熱いから気をつけてね、と言った。そのときの笑顔には、僕の心のどこかをわしずかみにするだけの威力があった。でも、カズトがそれに気づいたので、慌てて一言感謝を述べた。

 アキコさんは高校二年で、僕等の一つ上だ。ってことは聞いていたけど、僕が想像していた以上にめちゃくちゃカワイイんですけど。髪の毛はほわほわしていて、パーマがかかっている。メイクもしてないのに、見事にあがった睫毛や、整ったまゆげ、爪はあわいピンク色で切りそろえられている。僕の中の守ってあげたい女の子のイメージにあてはまる。

 これはカズトじゃなくても、惚れてしまうんじゃないか?

「そうなんだよねぇ。実際、ここのお客さんの何人かも狙ってるし。でも、彼氏つくんないんだ。なんでかな? って聞いたら、兄貴の事が好きだって言うんだぜ!」

 思わず、カズトの兄の方を見てしまった。

「はぁ、オレさぁ。兄貴から勝ったコトないんだよねぇ。なんでもできる出来のいい兄貴って、ほんとにいるもんなんだよね」

 ずずっと、音をたてながらラーメンをすする。僕は眼鏡が曇って、うまくラーメンをすすれずにいたけど、口に入れるだけで醤油の味が広がり、スープも一口すすると、また味が広がる。思わず手が頬に当てられる。

「おいしい」

「だろ!」

 カズトは飛びつきそうなほど、体を浮かした。

「うまいだろ! へへっ、やっぱオレんちが一番だよ」

 また、ずるずると麺をすする。

「で、さっきの話。もう、マジ落ち込んだ。なんで兄貴なんだよ! って、結構きつかったなぁ。アキコは初めから兄貴がいるからここで働いてたんだ。ま、兄貴ってオレと違って大人だし、優しいし、カッコいいよ。好きになる奴はそりゃ、いっぱいいるさ。アキコもそのひとりだったってこと」

 僕はついに眼鏡を外した。周りの人間からは僕の目なんて見えないし、気にする事はないと思ったから。それにラーメン食べれないし。

「あきらめるつもりなんかない。けどさ、やっぱ胸がいたいって言うか・・・これ以上好きでいていいのかわかんないよ。いっそ、拒まれて、嫌われて、会えなかったらいいんだけど」

 僕は食べるのを止めた。ぼやけて見えるカズトをじっと見てやる。ラーメンをすする音がやけに大きく聞こえた。

 そのときに僕は、井上のことを思い出していた。僕は彼女の気持ちに答えられないけど、別に好きな人がいるわけじゃない。だけど、断わらないといけなくて、でも傷つけたくなくて。

「やっぱり、ふられた方がすっきりするの? 僕は、きっちりふったらいいの?」

 僕はスープに映る自分を見た。おかしな顔だ、なんでこんなに泣きそうなんだろう。

「オレは、ふった方がいいと思うよ。だって、ふらなきゃ何にも変わらないじゃん。つき合えないなら、言わないとダメだと思う。傷ついても、ふられた方もすっきりするから、次の恋を見つけられるよ。でも、あいまいな返事だと何も出来ないよ」

「・・・そうだね」

「オレ、ふられたら・・・奈落の底につきおとされて、二度とはいあがれない夢を見そう」

 僕はカズトを見た。目が潤んでる、たぶん想像してしまったんだろう。っていうか、いまの一言、僕においうちかけてるんだけど。

「オレの場合だって! その子はどうかしんないよ」

「ふーん。ふーん」

 僕はまたラーメンをすすった。



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