11、悩み相談
真っ赤なトマトが走って行った。僕は僕の耳を疑いながら、その場に立ち尽くしていた。
彼女の背中は、裕子とは違ったものだった。あのとき、どうしてそう感じたのか、今の僕にはまだわからない。でも今は、それどころじゃなかった。彼女はなんて言ったんだ?僕の事が何だって?
「えっ? 告白された?」
予想通り。四人は四人とも、同じ反応をした。驚いてる、この上なく驚いてる。裕にいたっては食べかけのパンを落としてしまっているし。
「その反応はないんじゃない? 僕が告白されるって、おかしい?」
僕の言葉にやっと四人は現実世界へと帰って来た。そこまでひどい反応する事ないと思うけど。まぁ、僕の容姿も容姿だから、それもしょうがないのかもしれない。ちびだし、男らしくないし、弱っちいし。自分でも悲しくなるほど自覚してるし。
「いや、そんなつもりはないんだけど・・・。なぁ」
カズトは同意を求めてケンちゃんを見た。ケンちゃんは迷惑そうな顔をしながら、結局何も答えなかった。口が開いてしまらないという状況がこういうモノなのだと、僕は初めて知った。それと同様に、薫は無理に笑いながら、よかったなとか言ってる。どう、よかったんだ?僕は、彼女からの告白を望んだわけじゃないのに。
「で、どうするんだよ? 返事」
一番驚いていたにも関わらず、冷静な事を言う裕は僕と目が合うと少し困った顔をした。
「・・・どうしよう。どうしたらいいんだろう? 僕、初めて告白されたし、彼女をそういう対象でみたことないし・・・。よくわかんない」
裕は大きな溜め息をついた。これは、うんざりした感じの溜め息だ。
「わかんねぇの? 自分の中で、その子がどの位置にあるのかってことぐらい。すきなのか? すきじゃないのか? それくらいわかんじゃねぇの?」
裕はイライラしてるのか、足もとに落ちたパンを拾いあげるとゴミ箱の方に向かって歩き出し、そのまま教室を出て行った。ケンちゃんは後を追ったけど、カズトと薫は僕にまた、気にするなと言った。
気にはしていない。今回の場合、僕は悪くない気がする。裕が勝手に怒ってでていっただけだ、僕のせいじゃない。
僕はその日、結局試験勉強の為にファーストフード店には行かなかった。彼女が来る事が恐かったし、返事も考えられていないまま、会うのがいやだった。それに、裕の言葉も胸にのしかかってる。
僕の中で答えは出ている。でも、それで傷付く彼女を見たいとは思わない。だいいち、彼女は四年も僕に片想いしていたと言うんだから、簡単にポイッと言ってしまえるような返事はしちゃいけないと思う。
考えているうちに、時間はするすると流れて行った。気がつけば、今はもう試験が終わっている。僕は勉強した成果を発揮できただろうか。無心といういがいの何でもない状態だったから、あまりいい結果は出ないと思う。これって、やってしまったと言うのか。
僕は試験が終わると、すぐに帰る準備を始めた。教室を出たとき、目の前には裕がたっていた。
裕は僕を見つけると、あごで道を示した。そこは玄関側の道。一緒に帰ろう、ってことだろうか?僕は裕の歩く後ろでのそのそと歩きはじめた。こうしてまっすぐ顔を合わせるのは久ぶりな気がする。
「水戸っち、なんか食べたいもんある?」
下駄箱まで来ると、裕がやっと口をひらいた。僕からは顔を背けているけど、裕は笑っているような気がした。声が、そんな感じなのだ。
「うーん、今の気分は寿司」
「寿司? 却下、高すぎ。他は?」
「えー? じゃぁ、鉄板焼」
裕は靴を履き替えて、歩きはじめた。そして、僕の方に顔だけ向けると、にこっと笑った。
「それに決定! 行くぞ鉄板焼」
僕は鉄板焼じゃないけど。ま、いいか。さっそうと走っていく裕の後を僕はおいかけた。
学校の近くではなかったが、僕もなんどか来た事のある店だった。
鉄板焼のメニューの数は豊富で、一品一品が結構安くてウマイのだ。家族や、大人数で来ると丁度いいかんじ。店の中は広いし、座敷とつくえと選べるのも気楽でいい。
僕と裕は二人なので、遠慮して机側の席を選んだ。
「オレがおごってやるから、しっかり食え」
「え、裕がおごるの? なんで、なんかわるいじゃない」
「いいって、オレ丁度きのうが給料日だったし」
なるほど、じゃぁいただきます。僕は早速何品か注文した。
「でも、なんか変な感じ。こんなことされんの初めてだし」
「おれも、おごってやるのは初めて。でさ、水戸っち返事したのか?」
直球だ。そんなずばっと切り出されると、困ってしまう。僕もここんとこずっとそればっかで、試験が手につかなかったんだから。僕は水をぐびっと飲み干した。
「まだ。考えてるの」
おいおいと、裕はあきれた調子で言った。
「早く返事しろよ。男だろ、ずばっと言ってやれ」
そう言われてもなぁ、四年越しの恋された彼女にそんな簡単すぎる答えは、あまりにも矢礼じゃないだろうか。
「裕は、そういう経験ないの?」
「オレ? あるけど、まぁ人並みには」
僕はマスターの言葉を思いだした。女百人切りを目指したとか言ってたけど、それが人並なのか?
「なんていうかなぁ、告白ってオレ良くわかんない。される事はあっても、したこないもん。水戸っちはあるのか?」
「ないよ、告白されたの初めてって、言ったじゃない」
そうだっけと、裕は首をひねった。
「でもなんでそんなに考えるわけ? 水戸っちの中では返事決まってるんだろ? じゃ、言ってしまえばいいじゃん」
「そういう訳にいかないよ、彼女は僕に四年越しの恋をしてたっていうから・・・」
「じゃ、尚更はっきり言ってやれよ。好きなら好き、好きじゃないならごめんなさい。いったいどっちなんだ?」
僕は裕の方を見据えた。挑戦的な視線に、僕も真剣に返す。
「友達止まりだよ」
「なら決まりだな、断れよ。キレイさっぱり、ごめんなさい。それとも、もう二度と自分に関われないようなきつい言葉でもぶつけてやるのか?」
「それは嫌だ。僕は彼女をそういうふうにはみれないけど、傷付くようなことは言いたくないよ。裕はそうじゃないの? 友達以上になれない人に告白されて、傷つけたくないと思ったりするでしょ?」
裕は荒々しく水を飲み干した、そして怒っているとあらかさまに僕にわかる顔で僕を見た。そこには凄みがあって、僕はすこし裕を恐く思った。
「オレは思わない。っていうか、オレの場合ほとんど告って来た奴そんなんばっかだったし。オレははっきりと、つき合えませんって言った。傷付くとかより、オレに執着しないようにしてやったよ。オレよりもっといい奴がいるって、そう言ってやった」
瞳はまっすぐで、僕は同じようにまっすぐ見る事ができず、目をそらした。まっすぐだ、そしてカッコイイ。そうやって、はっきりと自分に決着がつけられたらいい。僕は、うじうじ悩むことしかできないんだから。僕の答えは決まっているけど、少し迷ってるのかもしれない。僕は何者でもないけど、彼女はそんな僕を好きだという。なんだか、それはすごく嬉しい。でも、その好きっていう意味がもっと別のものだったら、僕は素直に気持ちを受けとれていた。
彼女の恋を壊したくはないけど、僕に停めておいたままでは、誰も前にはすすめない。
裕のいってる事って、そういうこと?
「泣くかな?」
ぽつりと、つぶやくように僕はこぼした。
「泣くだろ? ずっと好きだったんだから・・・でも、しょうがない」
どこか寂しそうに裕が言うと、すぐに注文した広島焼きがとどいた。鉄板の上でジュウジュウ音をたてているのを見て、僕の胸の奥にある熱い部分が反応した。まるで、生まれたての恋が音をたてているようだと。