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おまけ 3:0の関係

 講義が始まるようで、ざわめき出す大学のロビー、その一角のテーブルにやっと昼食を食べ終えた、神崎流美、上楽甘菜、大城和泉の三人が座っている。

 彼女たちは出るべき講義がないようで、騒がしいロビーの中でのんびりとしている。

「スーツ姿の人達が多いね」

「大学も就職率を上げたくて必死なのよ」

 辺りを見回しながら、甘菜と和泉は自分たちにはまだ無縁と言いたそうな顔をしている。

「流美と和泉は進学するんだっけ?」

 弁当箱を片付けていた流美と、食後のお茶を飲んでいる和泉は、ほぼ同時に「そうだけど」と返事をする。

「それより、甘菜はどうするつもりなの?」

 子供の進路を気にする親のような顔をして、流美が尋ねる。

「え、アタシ?」

 甘菜は自分の今後について、二人に話すべきなのか、少し悩んでしまうが、すぐに悩むというそれ自体が面倒になり口を開く。

「アタシね、結婚させられるかも」

 弁当箱を片付け終えた流美は、真っ直ぐに甘菜を見つめる。

「とりあえず、うちで花嫁修行しようか」

 真剣な口ぶりで言うと、和泉も隣で同意するように深く頷く。

「いやいや、アタシは店のための見合いなんかで結婚する気なんて、さらさらないけどね」

 甘菜は片手を振りながら、流美からの申し出を断る。

「それで、最近お見合いさせられているわけ?」

「最近では先週の土曜日にお見合いした」

「へぇ、どんな人だったの?」

 二人は甘菜とお見合いした不幸な男性が、一体どんな人物か気になる。

「どんな……普通にいい人なんだけど、普通過ぎる」

 難しい顔をしている甘菜を二人は呆れ顔で見つめる。

「一流料亭、上楽の娘がこんな変な娘だなんて、悲しいことよね」

「ちょっと、アタシが悪いみたいに言わないでよ、本当に普通でつまらない男だったの」

 和泉の言葉に反論する、それでも和泉と流美は顔を見合わせて、溜め息を吐き出す。

「じゃあ、どんなお見合いだったわけ?」

「えっと、アタシは行きたくなかったけど、両親に強制されて仕方なく……」

「そういうのはいいから、彼はどんな人だったの?」

 和泉は手を振って甘菜の言葉を遮り、その隣で流美が紙とペンを取り出す。

「年齢は二十四歳で、誠実そうな人だったよ」

「五点加算」

 甘菜から見合い相手の話を聞いて、和泉はそう言い、それに従い流美が紙に容姿の欄を作り5点と書き込む。

「ちょっと、なに採点してんのよ」

「そりゃあ、甘菜に相応しい男性か査定してるに決まってるじゃない。安心しなさい、今の段階では彼は満点だから」

「あ、容姿って五点満点なんだ」

 点数を書いていた流美も今知ったようで、5点の隣にスラッシュと5を書き足す。

「さあ、次にいって」

「えーと、彼の職業は料理人で、仕事にすごく熱意があるらしい」

「予想してたけど、お見合い相手って、やっぱりそちら方面の人なんだ」

 紙に仕事の欄を作り、料亭だから仕方ないかとか考える。

「とりあえず、仕事は十点」

 流美は和泉の言葉通りに仕事と書かれた隣に10点と書き込む。

「それでさ、うちの親と向こうの親が話始めるわけ、アタシは聞き流していたけど、彼は律儀に返事を返していたかな」

「態度、十五点」

「あれ、態度の比重が重くない?」

「そりゃあ、重いに決まってるじゃない、ちなみに彼はまだ満点だから」

「まだ満点なのね」

 なるほどと頷きながら、態度の欄を作り15点と書き込んだ後で、点数の横にスラッシュと同じ数字を書き込む。

「ひとしきり両親が話したら、後は若い二人で、とか言いながら出て行ったわけ、それで二人きりになってしまったわけ」

「ドラマみたいね」

「正直、親はそれが言いたいがためにお見合いさせているような気もしてくる」

 流美と和泉がそんなことを話していると、甘菜が不機嫌そうな顔をする。

「それでさ、二人きりになったから、向こうも少しは楽しいこと話すと思ったら、そうじゃないわけよ」

「そりゃね、料理人なら誰もが憧れる、料亭上楽の娘とのお見合いで、ふざけたことはできないでしょう」

「アタシにはそっちの方が失礼なわけ、第一声がご趣味は何ですかって聞いてくるの。アタシはね、彼がどこのテンプレを引っ張ってきたのか問いただしたかったね」

 腕組みをして、お見合いした相手への不満を吐き出す。

「大体、アタシが趣味を答えた程度で、アンタはアタシの何を知ったつもりでいるのか教えて欲しいわ」

「いや、趣味を知ったつもりにはさせてあげな」

 力説する甘菜に流美は呆れたように言い、紙に第一声と書き込む。

「上楽の娘を相手に黙らずにいられただけでも評価して、第一声は五点かな」

 和泉が言う得点を書き込み、中間採点をする。四回採点して三十五点、評価としてはまずまずといったところ。

「で、甘菜は趣味を正直に答えたの?」

「答えるわけないでしょ、友人の弁当を食い漁るとか、友人の家でジャンクフードに調味料タップリかけて食べてるとか、言えるわけがない」

 流美は、甘菜の話しを聞いて二人に冷たい眼差しを向ける。

「あのさ、私のお弁当を食い漁るのは別にいいけど、また二人でそんなことしてるの?」

 静かだが、圧迫感のある刺すような冷たい声。

「別にいいじゃない、そんな毎日しているわけじゃないんだから」

「そんなこと言って、和泉はまた味オンチに戻るよ」

 和泉の反論を軽くあしらい、ギラリと睨む。

「和泉には、朝と夕の食事管理が必要?」

「すいませんでした、朝夕の管理は勘弁してください」

 ペコリと和泉が頭を下げる。そんなやり取りをする二人を見て、甘菜が笑う。

「甘菜、笑ってないで続きを話しなさい」

 和泉が顔を上げて、甘菜をブスッとした表情で睨む。

「わかった、とりあえず趣味は友人たちと過ごすことと言っておいた」

「まぁ、間違えてない当たり障りない返答だね」

「それで、甘菜は彼に聞き返したの?」

「そう、相手の趣味のことなんだけど、彼ね仕事に真っ直ぐな人で、特に趣味はなく、仕事をするのが楽しいらしいよ」

 甘菜は不満そうな顔になり、少しぶっきらぼうな言い方をする。

「仕事に誠実な人なんだね」

 流美は納得したように何度も頷くが、甘菜がバンッと机を叩く。

「仕事と趣味を一緒にするような、遠回しな誠実さアピールは勘弁して欲しい」

「確かにね、仕事が真面目に出来るなら好印象、特に厳格な料亭上楽ならなおさら、といったところかな」

 冷静に甘菜の言うことを分析して、和泉は皮肉そうな顔をする。

「しかし、上楽甘菜はその例から洩れているのだけど」

 甘菜は普通であることが嫌いである。大半の人が良しとする範囲で満足できない、許容できる範囲から外れていれば上でも下でもかまわない。しかし、それに必然性があると興味を失ってしまう。

「別に洩れてるつもりはないのだけど、私はとりあえず愛想よく笑っておいた」

 甘菜は偉いでしょと言いたそうな顔で胸を張る。

「はいはい、偉い偉い」

 流美は軽く甘菜の頭を撫でる。

「甘菜、続きを話しなさい」

 和泉は流美の前にある紙を取り、趣味の欄とその横に3点と書き込む。

 流美に撫でてもらいながら、お見合いの時のことを思い出す。

「次に、最近読んだ本を聞かれた」

「人生の時間と上手く付き合う方法」

「困った時の一品バイブル」

 甘菜がそう言うと二人が即答する、それに甘菜は溜め息を漏らす。

「とても知的な本と、家庭的な本ですね」

 そんなふうに即答のできる二人を羨ましく思ってしまう。彼女には二人のように特出した部分がない。いや、ないと言うのは誤りがある、ただ彼女は自分のその部分が嫌いなのだ。

「講義が減って、卒論も書き終えて暇だから、甘菜は何か読んでないの?」

「えーと最近は、和泉の部屋にあった『昆虫が見せる世界、3.蟻の視線から』と言うのを読んだ」

「……なんであれだけある本の中から、そんなの選んだわけ?」

 薦めたのは和泉なのだろうと、少しそちらに視線を向けながら流美は困ったような顔をする。

「和泉が面白いって言ったから」

 大まじめな顔で答える。やっぱりと言いたそうな顔を流美はする。

「もっと、年相応な書物を選んであげたら?」

 甘菜ではなく、部屋が図書館になりつつある和泉に言う。

「年相応なんて甘菜には似合わないから。それで彼の質問には、なんて答えたの?」

 軽く流美の言葉をあしらい、元の話しに切り替える。

「普通に卒業論文が忙しいって言った」

「大分前に終わらせたのに」

 流美がボソリと呟くが、甘菜は聞く気はないようでソッポを向く。

「それで、彼はどんな本を?」

「なんだっけ、『虹を渡った先へ』とか言ってた」

「ああ、最近話題のベストセラーね」

 そう言って、私も持ってるよと流美が取り出して見せる。

「内容的にはどうだったの?」

 その本を読んでいないが今後読む気もないので、さらりと和泉が尋ねる。

「そうね、大衆受けはいいと思う、読み物としてもなかなか。でも、私は好きじゃない」

 流美がここまで褒めておいて、好きじゃないと言うのは珍しく、和泉はその疑問を口にする。

「それは何故?」

 その問いに対して、流美は笑いながら答える。

「主人公の弟が死んでしまうから」

 二人はその答えに、なるほどと納得してしまう。

「でもさ、こんなお見合いなんて無意味だと思わない?」

 甘菜はダラけるようにテーブルへ突っ伏す。

「それはどんな心境から?」

「だって、趣味が友人のお弁当を食い漁ることでも、最近読んだ本が昆虫が見せる世界でも、最近見た映画が昨晩放送していた地上波初登場のロードショーでも、それを知ったところでアタシの何がわかるって言うの」

「でも、相手が誰なのかを知るために、お付き合いするんじゃないの?」

 流美は少し難しい顔をして笑う。

「もしそうなら、何より気に食わないのが、そのお見合い相手が、アタシとお見合いしに来たわけでなく、上楽の一人娘とお見合いしに来ているってこと」

「どちらにしろ、そんな奴には甘菜の扱いは無理ね」

 和泉がやれやれと首を振ってから、指を組んで甘菜を見つめる。

「じゃあ、甘菜はどんな相手がいいわけ?」

「変な人」

 彼女は簡単に即答する、その簡単過ぎる答えに二人の表情が固まる。

「もう少し具体的に?」

「アタシの予想や認識の外を行く存在」

「それは、なかなか難しいでしょ」

 軽く呆れたように溜め息を吐き出す。そんな反応を見て甘菜は眉をへの字に曲げる。

「じゃあ、初対面で下着の色を聞いてくる人がいい」

「ごめん、さすがにそれは理解に苦しむ」

 流美は頭に手を添えて、頭の痛そうな顔をする。

 甘菜は流美に言われて、助けを求めるように和泉を見つめる。

「そんな目で見つめられても、正直困る」

 甘菜の望みとは裏腹に、和泉は突き放すようにサラリと言い捨てる。

 二人から言いたい放題言われてぐぅっと呻く、そして少し考えをまとめてから顔をあげる。

「それならもっと刺激的な恋がしたい」

 二人に妥協案を出しながらプクッと膨れる。

「刺激的な恋ねぇ……興味ないな」

 絶賛弟溺愛中の流美がツンツンと甘菜の膨れた頬をつつく。

「恋ね……強姦されても子供ができる身体なのに、恋愛というプロセスは本当に必要なのかしら」

 反恋愛主義者の和泉も膨れた甘菜の頬をつつく。

ブブッと音を立てながら空気が抜けて、甘菜の頬が萎む。

「なら、弟君を襲う」

 唇を尖らせたままで、わがままを言う子供のような顔をする。それを聞いて流美の指が甘菜の頬にブズリと深く突き刺さる。

「甘菜は男じゃ満足できない身体になりたい?」

 凍てつきそうな冷たい言葉を彼女に投げ掛ける。

「冗談だよ、そんなことするわけないでしょ」

 乾いた笑いを吐き出しながら言うが、流美はジトリと彼女を見つめて、指を頬に突き刺したまま手首をグリグリと回す。

「謝るからやめて、爪が短い流美さんでも、回るとさすがに痛いです。本当にすいませんでした」

 甘菜が頭を下げると、流美は彼女を見つめたまま、ゆっくりと手を引く。

「トシちゃんへ、悪戯に何かしたら、それに対して私は応酬する。情状酌量の余地なし、私が絶対に裁く」

 呪いのようにボソボソと呟く。そんな流美の背中をポンポンと和泉が叩く。

「冗談でもやめておきな、本当に男じゃ満足できなくされるよ」

 首を横に振り真面目な顔で甘菜な方を見る。

「わかってるよ、アタシも和泉みたいに開発されたくないからね」

 少し怯えたような顔で、ほじくられた自分の頬を優しく撫でる。

 甘菜にそう言われて、和泉は流美の背中を撫でながら、ふむとその時のことを思い出しながら考える。

「しかし、アレはアレで興味深い体験だったかな」

 頬を赤らめながら、潤んだ瞳で頬を吊り上げてニンマリと笑う。

「あー、やだやだ、快楽のためなら同性でもかまわない人の言葉なんて聞きたくない」

 耳を塞ぐ仕種をしながら、首を横に振る。

「でもまぁ、刺激的な恋がしたいなら、お見合いなんてしない方がいいかもね」

 今まで見合い相手の採点をしていた用紙に『点数が高すぎるため不採用』と書き込む。

「え、何か言った?」

 耳を塞いでいた甘菜にはその声は届いていない、しかし今更言うことでもないと和泉は首を横に振る。

「いや、明日から母校の高校で学園祭だと思い出してね」

 話を切り替えるようにそう言うと、予想通り甘菜はその話に食いついてくる。

「なんでそれを早く教えてくれないの?」

「いや、流美が言い出すと思っていたから」

 二人で流美の方へ視線を向けると、彼女がわざとらしく手を叩く。

「あ、忘れてた」

 これまた、わざとらしい明るく言う。二人は「コイツ、一人で行くつもりだったな」と口走りそうになるが、そこには口を出さない。

「じゃあ、ドムドム買っておかないと、高校生ってお盛んだからね」

「またあの水風船買うの?」

「今回こそ使うもん」

「甘菜、相手は高校生なんだからやめなさいよ」

 良からぬことを考えている甘菜を流美が軽く窘める。

 しかし、火に油を注いだように、甘菜の瞳がギラギラと欲望に満ちて光る。

「そこがいいじゃない」

「良くない、全然良くないからね」

 首を横に振り、甘菜の意見を否定する。それに甘菜はプスッとした顔をする。

「何さ、流美だって弟君とそうなりたいくせに」

「そうなったら、抵抗はしない」

 今度は流美が胸を張って自信満々にそう言い切る。

「いや、否定はしなくていいから、姉として抵抗くらいしなさい」

 今度は和泉が流美を窘めるが、やはり火に油を注いでしまう。

「嫌、絶対抵抗しない、トシちゃんのすべてを受け入れる」

 そんなことを満面の笑みで言い切る。

「そんなことを自信満々な顔で言わなくとも」

 甘菜も困ったと言いたそうな顔をして、溜め息を吐き出す。

 このままでは話の流れが脱線し続けてしまいそうなので、和泉がパンパンと手を叩いて、不毛な話にピリオドを打つ。

「とりあえず、三人で明日は学園祭に行く予定でいいの?」

 三人で多数決を取る、もちろんすぐに甘菜が手を挙げる。

「賛成」

「なら、私も不本意ながら賛成」

 甘菜に続いて、流美が渋々と返事をする。

 少し笑いながら和泉は手元の紙を折って紙飛行機を作る。

「じゃあ、明日は学園祭ね」

 ヒュッと手首のスナップを効かせて、紙飛行機を飛ばすと、大きく一回転してからごみ箱へ落ちる。


――――――


 学園祭の一般入場の三十分前に三人が校門に揃う。

「ふぁ」

 甘菜は気の抜けた欠伸をする。

「なんでこんな時間から来なきゃならないのよ」

 流美に早朝から起こされて、寝不足気味で機嫌が悪い和泉が彼女を肘で突く。

「だって、トシちゃんに早く会いたいから」

 突かれた流美は気にする様子もなく、幸せそうな顔をする。

 反応の薄い流美を突くことに飽きた和泉はポケットから眼鏡を取り出す。

「あれ、和泉って目が悪かったっけ?」

 甘菜がそう聞いてくるので、眼鏡をかけて、クイッと角度を片手で微調整して、そちらを向く。

「いや、私は裸眼族だよ、これも度は入ってない」

「じゃあ、なんで持ってきたの?」

 片手を眼鏡のブリッジに添えて、和泉はビシッと甘菜を指差す。

「頭良さそうに見えるから」

「和泉は頭いいじゃん」

 甘菜がなにを今更と言うと、和泉はチッチッチッと指を左右に振る。

「見てくれは大切よ、特に初対面の見てくれはね」

 そう言う和泉に甘菜は首を軽く傾げるが、二人の間に流美が割って入る。

「もう入っても平気じゃないかな?」

 待ち切れないという顔で、流美が言うが、二人は同時に首を横に振る。

「さすがに早い」

 しかし、そんな二人の話を無視して、フラフラと学校の敷地に一人で入っていく。

「ちょっと、流美」

 二人で慌てて流美の後を追いかける。

 覚束ない足取りで歩いている割にズンズンと進んでいく流美を、二人同時に肩を掴んで引き止める。

「さすがにダメだって」

だが、二人の制止の努力も虚しく、見回りの教員に気付かれてしまう。

「貴方たち、何をしているの?」

 三人がまずいとそちらを向くと、流美と和泉がハッとしたような顔をする。

「あ、涼子ちゃん」

 流美が指を指してその教師の名前を呼ぶ。

「流美、先生を付けてもう一度」

 しかし、流美が先生を付けて呼ぶ前に和泉が口を開く。

「高山、私たちはもうここの学生じゃない」

 流美と和泉の二人が学生の頃に英語の授業を担当していた高山涼子は、ツカツカと三人に近付く。

「ここの学生じゃなくても、年上を呼び捨てにしていい言われはない」

 そして、和泉の前に立ち不快そうな顔をする。

「和泉、ついでに言っておくと、眼鏡をかけていいのは可愛らしい男子とカッコイイ男性、限定だから」

 そんな理不尽な言い草に、和泉は鼻で笑う。

「先生は全然お変わりないようで、よくクビになりませんね」

 二人の間に流れるピリピリとした空気を感じながら、甘菜が流美を肘で突く。

「誰?」

「男子高校生大好きな変態教師」

 甘菜の問いに対して流美は簡潔に答える。

「なるほど、それはあまりお近づきになりたくないね」

 流美は「そうね」と笑う。

「なにが、“そうね”なのかしら、貴方の弟がまだうちの高校にいることを忘れない方がいいんじゃないの?」

 涼子が笑っている流美へそう言うと、空気が一気に凍てつく。

「涼子先生、トシちゃんに手を出したら、男子高校生に触れるのも拒否してしまうような身体に作り替えますよ」

 流美の顔を見ていた甘菜はその表情の変化にゾクッと寒気を感じてしまう。

 ただ、その寒気がただの恐怖だけではなく、彼女に自分を使役して欲しいという、服従心が芽生えそうな特殊な恐怖だった。

 反射的にその顔から視線を反らして、頭を振る。今すぐにその顔を忘れてしまいたかった。

 甘菜がそんな葛藤をしているとも知らずに、和泉が涼子へ呆れ気味に警告する。

「高俊君のことになると、流美は容赦しませんから、やめておいた方がいいですよ」

 流美のことは実体験している、それについて嘘や偽りはない。

 涼子が和泉の警告を軽んじて、和泉に視線を向けるが、彼女は無言で首を振る。ふざけた様子もなく、首をゆっくりと振る和泉の様子を見て、それが“冗談ではない”ことを察する。

「馬鹿ね、流美の弟に手を出すわけないでしょ」

 無意識的に言葉は口から出ていた。

 流美は涼子へゆっくり顔を向ける、ニコリと笑うその顔にホッとするが、和泉と甘菜に言わせれば、警戒心を全く解いていない笑顔だった。

 そんなことは知らずに、涼子は腕組みをする。

「そんなことより、一般参加の入場はまだのはずだけど」

 やっと自分の勤めを思い出したように突然に彼女が言うと、流美は不思議そうな顔をして首を傾げる。

「いやいや、知ってるけどそれがなにか、と言いたそうな顔をしないでくれる。悪いけどOGも一般参加だからね」

「そんなの知ってる、だけど私は保護者でもあるの」

 自信満々に流美は言うが、もちろんそれで認められる訳もなく、涼子はゆっくりと首を横に振る。

「だったら、なおのこと一般参加者枠。どんなに役職が増えようと、一般参加なのは変わらない」

「でも、私は教育実習で教鞭を執っていますよ」

 流美は夏頃の話をし始める、涼子は思いだしたように嫌な顔をする。

「それのせいで全学年から、私の指導が下手だと言われるはめになっているのだけど」

「それは、楽をしたいからと言って、私に全学年を任せたのがいけないんですよ」

 学生時代に担任だったという理由で、流美の教育実習を任された涼子は、自身が担当している授業のほとんどを彼女に丸投げしていた。

「それは、流美のことを思ってのことだから」

 心にも無いことを、いかにも教育者の顔をして涼子は言う。

「そうですか、では、私もまったくの善意から、涼子ちゃんの授業で足りない部分を教えましょうか?」

 流美も心にもないことを言いながら、ニコリと微笑む。

「遠慮しとく。もうすぐ時間だから早く門まで戻りなさい」

 時計を見ながら校門の方を指差す。

「めんどい」

「もう、いいじゃない」

「まず、涼子ちゃんは発音が悪い」

 三人が三人、好き勝手なことを言う。

「お前ら、いい加減にしないと、今日と明日出入り禁止にするぞ」

 涼子が怒りからヒクヒクと頬を引き攣らせていると、開園のアナウンスがかかる。

「いくぞ、ごー」

 甘菜の号令で、三人は涼子の横をすり抜けるように同時に走り出して、屋台が並ぶ校庭に逃げていく。

「ちょっと」

 一人残された涼子は三人が駆けて行った方向へ振り返るが、すでに三人の姿は見えなくなっていた。


――――――


「かき氷一つ、シロップダラダラに垂らしてくれる?」

 かき氷を売る屋台の前で和泉はそう言い、硬貨の替わりに白い部分が無いようなかき氷を受け取る。

 ザグザクとピンクのシロップがどっぷり入った氷に、ストーローを刺して掻き混ぜる。

「お待たせ」

 そんな彼女に甘菜が声をかける、そちらに目を向けると、三人の男を連れた甘菜と流美が手を振っている。

「おかえり」

 ズズッとシロップを吸いながら、興味なさそうな顔で男達を眺める。

 甘菜は涼子から逃げた後すぐにナンパを始め、それに流美がお目付け役として付いて行っていた。

「本当に眼鏡が良く似合いますね」

 馴れ馴れしく話し掛ける男、和泉はその男を男Aと名付けることにした。

「ありがとう」

 自分で伊達眼鏡をかけて来たというのに、枠に囲われた目の何処が良いのか、とか考えてしまう。

 甘菜と流美はそれぞれに男と話している、甘菜は慣れた様子で、流美は興味が失せたような顔をしている。

 大方、流美と話している男が弟の知り合いじゃなかったのだろう。

 そんな推測を立てていると、甘菜は男と歩きだす、それに合わせて流美と彼女と話していた男が続く。

 和泉の隣には男A、今回は彼を担当させられるらしいので、彼に合わせて歩き出す。

 内心では、私を担当するのは災難だな、とか考えてしまう。

「かき氷が好きなんですか?」

 一人だけかき氷を持つ彼女に男Aは聞いてくる。

「糖分があれば何でもよかった」

 ほとんど薄めたシロップに氷が浮かんでいるようなかき氷をズルズルと吸う。

「じゃあ、甘い物が好きなんですね」

「別に一粒で十日間食べずにいられる豆があるなら、それを食べて生きていたい」

 男Aは彼女の言葉に首を傾げてしまう、それに気付いて「いいのよ、気にしないで」と付け加える。

 それから男Aは、聞いてもいない自身のことを喋り始める、それに対して相槌と聞き返しを繰り返す、もちろん話しなど理解していない。しかし、男Aは気を良くしてペラペラと次から次へと喋り出す。

 和泉は返事をしながら、前を歩く流美が会話そっちのけで、周りをキョロキョロと見渡しているのを眺める。

 その時、彼が和泉のことを聞き出そうと試みていた。

「……ですか?」

「え、もう一度言ってもらえます」

 疑問形の発音に反応して聞き直す。

「いや、何か熱中してる趣味とかあるのかと思って、何かありますか?」

 今まで彼が自身の趣味の話をしていたのだと、ここでやっと理解する。

「別に、これといって熱中している趣味はないけれど、興味がある分野ならいくつか。でも、言ったところでつまらないでしょう」

 もう話を続けるのが面倒なので、尻尾をちらつかせて食いつくのを待つ。

 そして、彼は彼女の予想通りに食いついてくる。

「いやいや、教えて下さいよ」

「そう、じゃあ話すけど……私の興味のある一つは」

 ツラツラと話しながら綺麗に晴れた空を見上げる。

「宇宙のこと」

「へぇ、随分とロマンチックなことに興味があるんですね」

 笑いながらそう言う男Aを観察するように眺める。

「貴方は誰かに同調しているのね、いや私も知識と同調しているから、それが悪いとは言わないけれど。でも、それでは貴方の意識は何処にあるの?」

 男Aは初対面の女性に突然そんなことを言われて、面食らったような顔をする。

 そんな彼を気にかける様子もなく、続けて和泉は口を開く。

「貴方は自覚がないかもしれないけど、他人に塗り固められた価値観を持っているから、あんな温度が3Kにも満たない真空の場所をロマンティックなんて言えるの」

 薄めたシロップを全て飲み、“早く終らないかな”と甘菜を見つめるが、彼女はまだ動き出す様子はない。

 これ以上話す必要があるとは思えないが、仕方ないと、ゆっくり口を動かす。

「服装も髪型も喋り方も、貴方たちは似過ぎているのよ、そこまで同調しないと不安なの?」

 和泉がそれまで言ったところで、前で別の男と話していた甘菜が言い放つする。

「あんた、普通過ぎてつまらない」

 主に何がダメな訳でもなく、普通でつまらないからという理由で、甘菜はそう言う。

「別に答えは必要ないから、自分の中で少し考えてみたら、そうしたら二割増しで楽しい人生が過ごせるかもよ」

 男Aへ離れ際にそう言い、甘菜と流美もそれぞれに別れを告げてから、そこから立ち去る。

 突然のことで残された三人は呆然と立ち尽くしてしまう。


―――――――


「いやさ、本当につまらなかったの」

「高校生相手になにを期待しているのよ」

 三人は、流美の提案で彼女の弟を探すために、廊下を歩きながら話をしている。

「期待って、そりゃあほとばしる若さ」

「そんな、即情交になるはずがないでしょう、発情期の犬ですら少しはステップを踏んでそこにいたるよ」

 和泉がチョコバナナを食べながら、甘菜が言いたいことを考えて、彼女が異常であることを伝える。しかし、甘菜はそんなことを気にする様子はなく笑う。

「さすがに、即情交にはいかないけど、即接吻くらいは期待してる」

「甘菜がそれでいいなら、私はこれ以上なにも言わないことにするけど、ああいうチャラいのは頭の回転が悪くて面倒だから、変に巻き込まないでくれる」

 ごみ箱に食べ終えたチョコバナナの串を投げ入れる。

「努力はするよ」

 甘菜と和泉が出会った頃から、この会話を何度となく繰り返していることについては何も言わず、流美は弟をキョロキョロと探す。

「りんご飴を一つ貰えます?」

 チョコバナナを食べ終えてから、間髪入れずに今度はりんご飴を買い、それを舐める。

「何か面白いことはないかしら」

 甘菜は退屈そうにアクビをする。三人が三人、全く別のことをしているが、少しの刺激ですぐにまとまりを見せる。

「四階に人前で堂々とキスをしていたカップルがいたみたいだよ……」

 例えば、すれ違った女子高生達の言葉だけで、すぐに一名に火が点く。

「その話を詳しく聞かせてくれるかしら?」

 流美の隣にいたはずの甘菜は、いつの間にか女子高生達に話し掛けている。

「え、あの」

 突然話し掛けられて、女子高生達は困惑する。その頬に優しく甘菜が触れる。

「ダメかしら?」

 ゆっくりとその手で頬を撫でて微笑む。

(今日は一段といい声)

 甘菜の様子を離れた場所で見ている、流美はそんなことを考える。

 和泉はその隣で別に興味のなさそうな顔で、ガジガジとりんご飴に歯を立てている。

「そんなことないです、四階で、その…キスをしていたカップルのことですよね?」

 甘菜を失望させたくない、その一心から言葉がこぼれ出る。

 頬を紅潮させて、恥ずかしそうにしているのだが、視線は彼女から外さない。

「そう、知っていることを教えてくれるかな?」

 触れる部分を頬から撫でながら首筋辺りに移して行く。

「えっと、男の人がクレープを持っていたようです」

「クレープ?」

 聞き返して首筋に爪を立てる。その時「あ……」と女子高生の口から切なそうな吐息が漏れる。

「どこのクレープかしら?」

 放心している彼女に、もう一度甘菜が聞き直す。

「その、三年四組で売っていた巨大なクレープだったみたいです……」

「なるほど、ありがとうね」

 手を首筋からゆっくりと離していく。彼女は自身の首に爪を立てたその手を、残念そうな表情で見つめる。

「あの……」

 流美と和泉のいる方へ甘菜が戻ろうとすると、女子高生が手を握り、それを引き止める。

「どうしたの?」

 上手く甘菜の視線を直視出来ずに、目線を下げてしまう女子高生は精一杯の声で彼女に頼む。

「あ、いや……連絡先を教えて貰えませんか」

 そんな会話が繰り広げているとは全く知らずに、流美と和泉は適当な話を繰り広げている。

「和泉はどちらの方に進むの?」

「どうだろう、別に望みはないよ、宇宙工学に進むのも、生命化学に進むのも、結果的にはあまり関係ないから」

 りんごをかじりながら、進路の話しを夕食の献立を考えるように話す。

「あんまり関係ないんだ、まったく別分野のようにも思えるけど」

「関係ないの、私は自分の一生分の探究心が満たされれば、それに基礎知識があれば進路決めてから死ぬ気になればどうにかなるでしょう、そんなことより将来の指針が欲しい」

「指針?」

「そう、私が参加するとその分野の進歩にどれくらいの貢献が出来るのかという指針」

 それが指針という表現が本当に適しているのか、彼女達の会話に出てきた指針は未来を指し示す未来予知に近い完全な指針である。

「とりあえず、あの子に聞けばいいか」

 博学である和泉は珍しく投げやりにそう言う。それを聞いて、流美は慌ててしまう。

「ダメ、あの子は恐ろしい子だよ」

「でもね結局、彼女は間違いを言わない、その結果が望まれようと望まれまいと、間違いは言わないのよ」

 和泉は慌てている流美をなだめるように言う。

 流美は和泉に言い返そうとするが、そんな彼女の肩に甘菜が手を置く。

「二人とも四階のクレープ屋に行こう」

 満面の笑みで甘菜は二人を誘う。

 興味の無いような顔をしているが、とりあえず和泉は聞いてみる。

「彼女たちはいいの?」

 甘菜と今まで話していた女子高生の方を見る。

「いいの、連絡先も交換したし」

「女ったらし」

 流美が溜め息混じりに言うと、甘菜はニンマリと笑う。

「女だから別にいいじゃない、それじゃあ行こうか」

 そう言いながら、二人の手を握り歩き出す。

「ちょっと」

「はしゃぎすぎ」

 二人は転びそうになるが、どうにかバランスを保ち、手を引かれるままに歩く。そして、三人で並んで歩き始める。

 三人で手を繋いでいると、周囲から不思議そうな目で見られるが、今さら人目を気にして恥ずかしがる気など三人にはない。


―――――――


「私はそんなカップルに興味なんてないのだけど」

 三年四組まで連れてこられた流美はそう言う。

「もしかしたら、そのクレープを買ったのが弟君かもしれないよ」

 甘菜はスキップしながら、楽しげに笑う。

「ないない、人前で接吻なんてトシちゃんの柄じゃない」

 首を振りながら流美がそう言う。すると、女子生徒たちが彼女の前に集まって来る。

「神崎先生、お久しぶりです」

「あら、久しぶり元気にしていた?」

 流美の前に集まったのは、彼女が教育実習で授業を受け持った生徒たち。流美は優しく笑いながらその生徒たちと話を始める。

「人望あるなぁ、今のうちに二人で聞きに行こうか」

 流美が女子生徒に取られてしまったので、横にいる和泉の方を向く。

「私は、クレープ頼むだけだよ」

「それはそれとして、とりあえずついて来なさい」

 三年四組に入り、甘い香りが立ち込めている。

「ちょっと、聞きたいんだけど、ここで一番大きなクレープを頼んだのはどんな人か教えてくれない?」

 別に注文するわけでもなく、甘菜は店員の男子生徒に聞く。

「は、えっと……」

 聞かれた彼は困惑したような表情をするが、隣からヒョコリと女子生徒が顔を出す。

「三年四組オリジナルのクレープを頼んだ人のことですか?」

 その女子生徒は、直接接客したらしく、彼女によれば、その男子生徒ここの生徒で、彼女、正確には彼女らしき女子生徒と一緒に来ていたと言う。

「その彼氏の方の特徴を詳しく教えてくれるかな」

 彼女はその男子生徒の特徴を一つ一つ、思い出しながら列挙していく。

 その一つ一つを聞く度に、甘菜と和泉の顔は険しくなっていく。

「あの……」

 それに気付いた店員は困ってしまい、話を中断して二人を見つめる。

「ああ、気にしないで、貴方が悪い訳ではないの、その来ていた男子生徒が問題でね」

 甘菜の中ではそれが誰なのか見当が付いていた。

(弟君としか考えられないけど……自分の姉が怖くないの?)

 それと同じように、和泉も彼が誰なのか確信を持ち、甘菜とは別な方向に考えが移っていた。

(高俊君は甘いものが好きなのかしら)

 二人が揃って同じ人物を思い浮かべていると、その姉が遅れてその教室へ入って来る。

「誰かわかった?」

 なんともバッドタイミングと二人は思うが、この話を今まで聞いていなかったことを考えれば、十分にグッドタイミングだと言える。

 しかし、流美を見て店員がいらぬことを言う。

「あ、その方に似てますね」

 流美は来てすぐにそんなことを言われて首を傾げる。それを見て、まず甘菜がしめたとすぐに流美の方を見て笑う。

「どうも、うまく特徴が掴めなくてね」

「いや、何か聞き捨てならないことが聞こえたような気がする」

 しかし、流美はすぐに状況を理解し始め、甘菜の向こう側にいる店員に話をしようとする。

「ねぇ、それより注文いいかしら」

 和泉が店員の口を塞ぐために、ゆっくりと注文を始める。

「はい、いいですよ」

 店員はうまい具合に流美の方から、和泉の方へ視線を移す。

「三年四組オリジナル、苺と生クリームのデラックスクレープ、カスタードクリーム&チョコレートクリーム限界盛り、ベリー&ベリーソーススペシャルを一つ」

 和泉がそんな呪文を唱えると店員は少し固まるが、すぐにニコリと微笑む。

「えっと、少しお時間をいただきますがよろしいですか?」

「大丈夫」

「では、合わせて千六十円になりますね」

 電卓をパチパチと打って値段を見せる。和泉は札を一枚と、小銭を二枚渡すと、一枚の小銭が返って来る。

 そして、店員は店の奥へと入って行く。

「また変な物を頼んだのね」

 流美は話をしたかった相手がいなくなり、呆れたように和泉の方を見つめる。

 上手く回避できたと胸を撫で下ろしながら、甘菜は二人の会話に加わる。

「デラックスなクレープらしいよ」

「そんなの、名前を聞いただけでデラックスでスペシャルなクレープなのはわかるけどさ」

 そんな会話の中で、甘菜と和泉は一度目配せを交わし、男子生徒についての話しを極力避けながら会話を続ける。

 甘菜は話題に気を使い過ぎて、その後にどんな会話をしていたのか、まったくといって印象に残っていない、流美が教育実習の時のことを話していたような気がしたが、それすら定かではない。

「三年四組オリジナルでお待ちの方」

 注文した物が出来上がったようで、和泉が満面の笑みでクレープを受け取る。

 これでこの部屋から出れば、危険は回避出来る甘菜はそう思いながら、出入口へ足を進める。

 しかし、店員は最後に呪いの言葉を残した。

「やっぱり似てますね、お姉さんなんですか?」

 その言葉に一番始めに反応したのは流美、振り返り店員に問い詰めようとするが、その右腕を和泉が掴む、それから1テンポ遅れて左腕を甘菜が掴む。

「ちょっと、二人とも離して」

 流美は抵抗するが、それも虚しくズルズルと引きずられていく。


―――――――


 中庭に設置されたテーブル、そこに並んだ椅子に腰掛けて、三人は話しをしている。

「まぁ、他人の空似かもしれないし」

 うなだれている流美を慰めるように、甘菜が気を使い言うが、彼女は首を横に振る。

「嘘だ、私に似たプリティな学生なんて、トシちゃんしかいないもん」


 頑なにそれを拒否する。

 もちろん、甘菜も和泉も十中八九高俊であると確信しているが、それでも親友の為に嘘を言う。

「人の記憶なんて、不確定でアテに出来ないものをあまり信じない方がいい」

 和泉もそう言うが、やはり流美は納得しない。

 二人は流美にこれ以上言っても無駄だと考えて、テーブルの上の物に目を向ける。

 テーブルの上にはタコ焼きとお好み焼き、焼きそばが並んでいる。

「とりあえず、食べようか」

 甘菜は自分の前にあるお好み焼きに、割り箸を差し入れる。

「そうね、食べましょう」

 和泉も甘菜と同じように、焼きそばに箸を伸ばす。

 甘菜は箸を器用に使って、お好み焼きを切り分けて、一口サイズになったものを口に運ぶ、食べている物がお好み焼きだが、食べ方から上品さと育ちの良さが滲み出ている。そんな無駄のない綺麗な食べ方をしている甘菜とは裏腹に、和泉は焼きそばを食べるために不要な恥を捨てて、ズルズルと麺を啜る。

「……トシちゃん」

 流美は手元に残ったタコ焼きに、楊枝をプスプスと何度も突き刺しては引き抜く。

「そんなに気になるなら、直接聞いてみたら」

 口の物を飲み込んでから、箸を置いて甘菜は言う。

「そうだよ、聞いてみたらいいじゃない」

 口の周りがソースで汚れて、メガネをかけたインテリア顔が台なしな和泉もそう言う。

 二人は、とりあえず後で高俊に連絡をしておこうと、同じことを考える。それと同時に、今目の前にいるオニが高俊を見つけたら完全にアウトと半分くらい諦めて、彼が見付からないことを願った。

 流美はプスプスと楊枝で突いていたタコ焼きが割れて、中のタコだけを楊枝に刺して口に含む。

「流美ちゃん、食べ方が汚いですよ」

 その様子を見ながら甘菜が幼い子に注意するように指摘する。しかし、そう言われた彼女は駄々っ子の様にぶすくれてしまう。

「うー」

 甘菜は二つに割れたタコ焼きの皮を箸でまとめて挟み、流美の口元に運ぶ。

「はい、あーんして」

「……あーん」

 小さく口を開ける彼女に甘菜は捩込むように、タコ焼きを食べさせる。

 流美は口に入れられたので仕方なく、タコ焼きの皮をモグモグと噛む。

「しかし、和泉はあれだけ食べてよくまだ入るね」

 かき氷からクレープまで、売店の甘いものを片っ端から食べていたはずの和泉は、そんなことを微塵も感じさせずに、ズルズルと焼きそばを食べている。

「ん?」

 聞かれた時にも、焼きそばを入れて口を動かしている。

「ああ、全部飲み込んでからでいいよ、どうせ別腹ってやつでしょう?」

 そう言いながら、タコ焼きをもう一つ流美の前に差し出す。しかし、やはり口を小さくしか開けない彼女に捩込むように食べさせる。

「そうね、やっぱりソース味は別腹かしら」

 口の周りをソースで汚した和泉は甘菜に同意するようにそう言う。

「あ、そっちが別腹なんだ」

 和泉の答えに意表を突かれるが、逆に甘菜は彼女らしいと納得してしまう。

「そう、当然でしょう」

 ソースで汚れた口元をニィッと曲げながら笑う、そうしてまた不器用に焼きそばを口に運ぶ。

「ほら、箸がまた交差してる」

 彼女の箸の持ち方を指摘して、甘菜も自分の食事を再開する。一切れお好み焼きを飲み込んだところで、流美がツンツンと指で肘をつつく。

「甘菜、あーん」

 味をしめたのか、口を開いて甘えるように催促する、それを見て眉をひそめるが、仕方ないと箸でタコ焼きを挟むと、今度は逆の手を和泉がペチペチと叩く。

「甘菜、こう?」

 慣れない指の動きに悪戦苦闘しながら、甘菜の正しい箸の動きを真似ようとしている。

「違うよ、こうして……」

 タコ焼きを挟むのを一回やめて、見やすいようにゆっくりと箸の開き閉じを何度か繰り返す。

「ねぇ、甘菜」

 途中でタコ焼きが放置されたのを見て、流美が不満そうに言う。

「ああ、面倒」

 素早く指を動かして、流美の口にタコ焼きを詰め込んでから、余っている割り箸を割ると、箸の持ち方の見本を左手で作り和泉に見せる。

「おお、さすが両利き」

 感心したように和泉が言うが、言われた彼女は首を軽く傾げて笑う。

「違うよ、左利きだけど作法とか面倒くさいものの関係で、右手を使うようにさせられただけ、ほら真似する」

 甘菜が左手でも滑らかに箸を動かす、それを前にしながら和泉は難しい顔をして見本と自分の手を交互に見比べる。

「そんなにやりにくいなら、物理演算すれば?」

 ヒナに餌を与える親鳥のように、右手で流美にタコ焼きを食べさせながら、悪戦苦闘している和泉に言う。

「あれは箸を持つ程度で使いたくない」

 私の最終兵器だからと、首を横に振る。

 和泉は運動に類することが極端に苦手である、だから運動する時も頭を使う。

「そんなモノなの?」

「そんなモノよ、ほら出来た」

 箸を上手く持てた手を見せて嬉しそうに彼女は笑う。そうやってはしゃぐ様は、まるで子供のようだと、本人には言わないが思ってしまう。


―――――――

神崎流美、上楽甘菜、大城和泉のおまけ的なお話です、少し息抜きに近い感じで書いているので、本編のおまけとして付けておきました。

本編に挟むには、少しお姉ちゃんお姉ちゃんしすぎている気がしますね。


この三人の名前は結構悩んで付けたりしました、上楽甘菜とかかなり無理矢理な名前だと、今更思います。でも、甘菜ちゃんはかわいらしいです。


三人のイメージ的には

神崎流美が過保護な母

上楽甘菜がトラブルメーカー

大城和泉が本の虫

といったイメージですかね。


作者として、本編キャラ以上に三人が大好きです。



と言ったところで長くなりましたが後書きを終わりにします。

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