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か:飼い犬~ミッシュハルトとシュシュの日常~サイドミッシュハルト

ミッシュハルト目線です。

~サイド:ミッシュハルト~


 人狼という種族がある。

 人と狼とその両方の命と姿を持つ一族だ。


 人として生まれ、死に、狼に姿を変えて再び生きるもの。

 狼として生まれ、死に、人に姿を変えて再び生きるもの。


 中には、死んで生き直すまで、自分が人狼の一族だと知らままでいるものもいるという。

 また、飼い犬が死んで、人に姿を変えて初めて飼い犬が人狼だったと気づくものもいる。

 ミッシュハルトの場合は、後者だった。


 飼っていた犬が寿命を迎え、看取ったその瞬間、一人の子供に姿を変えた。



「ミッシュさまぁ! 待ってください、シュシュも行きます!」


 出かけようと扉に手をかけると、シュシュのあわてた声に止められる。

 振り返ると、まだ小さな手にパンと牛乳を持ったままのシュシュが玄関に出てこようとしていた。

 今日は、膝が出る短いズボンに長袖の上着。

 町長のところにシュシュを預けるようになってから、シュシュは自分で翌日着る服を用意するようになった。

 自主性を尊重するため、なるべく口を出さないようにはしているものの、せめてブーツを履かせた方がいいだろう。

シュシュにブーツを履かせるべく、自分もブーツに履き替える。

「シュシュ、座って食べなさい」

 両手に持っていたパンと牛乳を一気に飲み込もうとしているシュシュに声をかける。

 いくらなんでも、そんなに大きなパンの塊を飲み込んだら、のどが詰まるだろう。

「は、はいっ! あの、待っててください、すぐ食べますから、おいてかないでくださいね!」


すぐに部屋に戻るシュシュ。

 初めてシュシュが言葉を話したときは、まだ走ることはおろか、立つことさえできていなかったことを思うと、時がたつのは早い。

 人になったシュシュに最初は戸惑ったものの、町長の女将の手もかりながら何とかこれまで過ごして来た。


「ミッシュさま、おまたせしました!」

 大して時間をおかずにまた飛び出してくる。本当に座って丸呑みしただけか。今度はシュシュが食べ終わってから席を立つようにしよう、と心に決める。

何も言わなくても、自分と同じ色のマントを手に持ち、小さなブーツを迷わず選んで履くシュシュに苦笑が浮かぶ。

「マントを。今日は風が強い」

 普段は肩に羽織るだけのマントを、今日はしっかりと着せる。

 ……よし。これで少なくとも、足は目立たない。


「でも、どうして今日はブーツなのですか? こんなにお天気ですのに」

 心の中の声が聞こえたかのようなタイミングで自分を見上げてくるシュシュに、思わずため息がこぼれる。ちらり、と視線をやれば、大きな瞳を不思議そうに、それでいて嬉しそうに輝かせながら答えを待っている。

 小悪魔か。

「シュシュ」

「はい!」

「マテ」

「え、ええええええっ!?」

 ぼそっ、と命じた言葉に驚きの声を上げつつ、ぴたり、と動きを止めるシュシュ。

 信じていたものに裏切られたような、食べようとしたご馳走を目の前で取られてしまったような、切なく潤んだ瞳が悲しげにこちらを見てくる。

 今にもあふれだしそうな涙を浮かべた瞳に、頭を抱えたくなった。


「……冗談だ。行くぞ、こい」

 本気で家に置いて行こうかと思ったが、それはそれで心配だ。

 先に外に出て手招きすると、固まったように動きを止めていたシュシュが嬉しそうに勢いよく飛びついてくる。

 そのまま足にぎゅうぎゅうとしがみついてくる。シュシュがくっついていても歩けなくはないが、何かあったときに対処が遅くなってしまう。

 こら、っと小さく叱ると、つまらなそうに離れていく。

 小さな手が、マントのすそを掴んだのを確認して、歩き出す。

 この町は治安がいいとはいえ、シュシュ一人を出歩かせることは出来ない。町長の家までの送り迎えは、すでに日課になっていた。

「今日は、女将の手伝いに行くんだったな?」

「はい! 女将さまに家事を教わってきます!」

 シュシュの足がマントから出ていないことを確認しながら尋ねると、なぜか少し頬を赤らめながら答えてくる。


「あ、あと、町長さまに探しもののお手伝いを頼まれました」

 町長の探し物?

 女将はシュシュをかわいがってくれているし、シュシュも懐いている。だからこそ預けているのだが、町長は油断できない。

 シュシュの能力を知り、時折自分に断りなくシュシュを駆出していることを知ったときは、怒りで目の前が真っ赤になった。しかも、そのとき、シュシュは大きな怪我を負っていた。

「……それで?」

 そのときのことを思い出し、冷え切った声が出る。

「『ミッシュさまにお尋ねください』と答えました!」

 以前、怪我を追った際に言い聞かせた言葉そのままに繰り返したシュシュの頭を撫でる。

「よし」

 誰かに何かを頼まれたら、必ず伝えること。一人で勝手に請け負わないこと。言いつけをちゃんと理解していたらしいシュシュは、嬉しそうに撫でられている。

 それにしても、問題は町長だ。

 あれほど自分を通せといったのに、またシュシュに直接話をしている。

 もう一度、しっかりと、言い聞かせる必要があるようだ。


 町長の家が見えてくると、シュシュの足が速くなり、マントを引っ張るようにして進みだした。

ちょうど女将が洗濯物を抱えて出てきたところだった。

 こちらに気づくと、小さく手を振ってくる。

「ミッシュハルト、シュシュ、おはよう。朝ごはんは食べたかい?」

 若いころに世話になった女将は、いまだにシュシュだけでなく、自分をも子供扱いすることがある。もうそんな年でもないんだが、と苦笑を浮かべると、シュシュが大きく手を振り替えした。

「おはようございます! 朝ごはん、ちゃんと座って食べました!」

「おはよう。女将、町長は?」

 町長、の部分だけ幾分声が低くなったのを聞き分けた女将は、おや、と肩眉だけを上げてみせる。

「今日は森の視察にでちまったよ」

「そうか…」

 逃げたか。

 シュシュに気づかれないように舌打ちをして、マントを掴んでいた小さな手を掴み、女将へと渡す。

「シュシュをよろしく頼む」

 町長がシュシュを駆出していることを知ったとき、女将も本気で怒った。

 昔は荒くれものどもを女だてらに取り締まっていた女将は、元治安部隊訓練長を勤めていたという自慢の怒声を町長を浴びせ、怒鳴りつけていた。

 あのときの剣幕を思い出しながら、言外にくれぐれも、と含ませる。

 女将は敏感に何かを感じたのか、しっかりと頷いて見せた。


「いってらっしゃいませ、ミッシュさま」

 視線を落とすと、にっこりと笑顔で見送るシュシュ。

「……いってくる」

 くしゃ、と頭を撫でて、まずは町長を捕まえるべく、森へ向かった。



◎ミッシュハルトの本日の成果◎

 ①生足露出阻止

 ②町長捕獲



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