え:英雄
思いついて書いてしまった。後で修正するかもです。
かつて。
英雄と呼ばれた男がいた。
誰よりも強く、誰よりも強固な意志を持ち、誰よりも人をひきつけてやまない英雄は、常に前だけを見つめ、どんな困難にも立ち向かい、強大な敵にも臆することなく勇敢に戦ったという。
人であれ、獣であれ、魔物であれ、その前に立ちはだかるものはことごとくその手でなぎ倒していった。
英雄は魔術士たちを集め、魔物や獣が人の領域に出てこれないように巨大な結界をつくらせた。
災害を防ぐために大規模な土木工事を完遂し、人災を防ぐために法を定め、それを正しく用いるための組織を整えた。
英雄はそのどれをも断固とした態度で推し進め、人々は英雄を慕い、憧れ、あるいは恐れてその指示に従った。
魔術師たちが総力をあげて構築した結界は、魔物や獣が一度結界の外に出ると、二度と中に入れないという非常に強力なものであったが、人々もまた、結界から出ることも入ることも出来ず、結界の先に何があるのかを見ることさえ出来ないという弊害があった。
それでも長い間、魔物と獣の被害に苦しんでいた人々は、その結界を歓迎し維持していた。
やがて。
人々の暮らしの中から魔物が姿を消し、作物を荒らす凶暴な獣たちが姿を消していった。
人々が魔物と獣の脅威を過去のものとして平和な暮らしを始めると、それと時を同じくして、英雄はどこへともなく姿を消した。
魔物の王を倒しに行ったのだ、とか伝説の野獣を狩りに行ったのだとか、まことしやかな噂が流れたが、その行方を知るものは誰もいなかった。
そして。
結界によって人間の領域から閉め出される形となった魔物達にはひとりの女王がいる。
誰よりも強大な魔力を持ち、誰よりも美しく、そして誰よりも賢い女王を魔物たちは誇り、恭順を示していた。
女王もまた、僕たる魔物たちを何よりも大切にしていた。
謁見の間に現れたのは、人間たちに英雄と呼ばれていた男。
居並ぶ上級の魔物たちは、ちいさく頭を下げて敬意を表し、女王は美しく笑みを浮かべた。
「お帰り、ファーマ」
それは、英雄と呼ばれるようになって忘れ去られてしまった英雄自身の名だった。
「ただ今戻りました、陛下」
「うまくいったようね?」
「はい。全ては、貴女様の描いたままに」
「そう。これでしばらくはゆっくり出来るわね」
女王は魔物たちをとても大切にしていた。
人間たちが魔物たちの領域に入ってくること、そして魔物たちが人間に関わることを良しとしなかった。
そこで女王は自分が最も信頼する男を、人の世に送り出した。
男は英雄を作り上げ、結界を張り、居心地のよい箱庭を作り出した。
人を囲うための、かりそめの箱庭を。
すべては。
女王のために。