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ひ:人攫い、誘拐、かどわかし

 

 人攫い、誘拐、かどわかし。


 言葉は異なれど、その意味するところは、本人の了承を得ずに、本人の望まぬ場所へ連れてくること。

 それにしたって、普通というか、一般的には小さな子供や若い女性に使われる言葉なんじゃないだろうか。つまり、そういう危険にあうのは、小さな子供や若い女性が多いということだ。

 それなのに、三十路を過ぎて、この状況。

 膝をついた拍子に強かに打ちつけてしまったせいで、痛みは鋭く、少なくともこれが夢でないことを突きつけてくる。

 目の前には、明らかに怪しい宗教集団。

 全身黒一色でフードを目深にかぶっていて、誰が誰だか、男か女か、若いか老人かすら分からない。全員が膝をついた状態でこちらを見上げているから、身長の違いさえ分からなかった。

 ただ、異様な興奮状態にあることだけは分かる。

 隣り同士で手を取り合っていたり、興奮のあまり、立ち上がりそうになったり、奇声を上げていたり。

 ざっと数えて、23人。

 そして、一段高いひな壇の上に置かれた真四角な箱の上に私がいる。

 

「ようこそ、御出で下さいました。救世主よ」


 奇声ではない、落ち着いた声に目を向けると、フードのうちの一人が立ち上がって進み出ていた。

 声の感じから言って、ご老人だろうか。

 少なくとも、私の父よりは年上な声。

 フードは取らず、そのままでまた二人が立ち上がってご老人(推定)の両脇に立つ。身のこなしの違いから言って、この二人はそれほど老人ではないようだ。


「どうか、我らに力をお貸し下さい」

「さぁ、救世主様。この世界に生まれたばかりでお疲れでしょう。こちらへどうぞ」

「さぁ、お食事もご用意しております」


 三人を眺めているうちに、それぞれが口々に言う。突っ込みどころが満載すぎて、どこから始めていいかも分からんわ。

 誘拐だと思ったら、異世界召還?

 まぁ、どっちも本人の意思に全く関係がない、の部分には変わりがないか。

 膝をついている残りの人々を一通り見回した後で、自分の身の回りを見回す。

 部屋着のままで、はだし。髪は見なくてもぐちゃぐちゃだって分かっている。そんなことは、どうでもいい。問題なのは。

 私の手にあるべきものが、ない。


「美香は?」

「は?」


 寝起きのようにぼんやりと霞がかっていた意識が、鮮明になる。


「美香は、どこ!?」

「ミカ、とは?」


 反射的に一番近くに立っていた老人(推定)の胸倉を思いっきり掴んで引き寄せ、襟を小指から握り込んで、腕と襟とでいつでも首を絞めて落とせる体勢をとった。

 慌てたように立ち上がるオカルト集団は、どうでもいい。

 

 美香が、いない。


「一緒にいたはずよ! 美香をどこへやったの!?」

「わ、我らがお招きしたのは、救世主様ただお一人でございますっ」

「お連れの方は、こちらへは生まれておりません」


 私だけ? 私だけ、だって?


「じゃあ、美香は?」

「きゅ、救世主様ご自身の世界にいらっしゃいますっ」

「ですから、ご心配要りません」

「そうですとも。救世主様がこの世界を救って下さいましたら、必ずや元の世界にお帰りいただけるよう手を尽くすことをお約束いたします」


 必死に言い募る彼らを見て、私は一瞬、目を閉じる。

 これまでの長い人生で、こんな感覚は初めてで、どう制御したらいいのか分からなくて、結局制御することを諦めた。


「今すぐ、私を帰して下さい。『今』、『すぐに』」


 地を這うような、低く、それでいて怨念の込められた声に、オカルト集団が一様におびえを見せるが、そんなことはどうでもいい。


「お、お待ち下さい、救世主様。我がグレイスターク・リシュドの名に賭けて必ずお帰しすると誓います。ですから、どうか、この世界をお救い下さい」


 立ち上がっていた若い(推定)二人のうちの一人が地にひれ伏して大声で懇願する。


「誓うなら、『今』、私が『居た』『その場所』へ、戻して下さい」

「それはできません!」

「どうか、私たちの世界を、国を、家族をお救いください!」


 若い(推定)うちの一人は、女性だったのだろう。悲鳴のような、真摯な声。それに怒りが掻き立てられる。


「私の家族は、私の美香は、まだ2ヶ月よ!?」


 はっ、としたように息を詰めたのは、老人(推定)だった。若い(推定)二人はわけが分からないというように、挙動不審な動きをしている。


「寝返りも打てない赤ちゃんが、一人で家に居るのよ。美香には父親が居ない、私しか居ないのに!」


 こうしている間にも、お腹を空かせて泣いているに違いない。

 救世主? そんなもの、若くて適応力のある想像力豊かな人に白羽の矢を立てるべきだ。自分のたった一人の大切な子供さえ護れないのに、世界が救えるものか。いや、もし美香に何かあれば、私がこの世界を許さない。


 ばしばしと腕を叩かれる感触にはっとすると、老人(推定)が咳き込みながら、大きく呼吸を繰り返す。

 興奮して、老人(推定)の首をぎりぎりと絞め始めていたらしい。


「わ、分かりました。特例になりますが、先に一度お帰ししましょう。ただし、救世主様は我らにとっても唯一無二のお方。お帰しするのは、次に日がのぼるまで。それまでに、お子を信頼できる方に託すのです」


 勝手なことを。

 一瞬怒りで脳が焼ききれるかと思ったが、冷静な部分がまだ、残っていた。


「戻ったら、日の出直前だった、なんてことないでしょうね?」

「今お帰りになれば、日中でございます。こちらへは、これを使いください。模様に触れるだけで結構です」


 若い(推定)うちの、なんとかと名乗った方が手早く何かを書き込んだものを手渡してくる。綺麗な模様が描かれているそれは、なんだかとても嫌な気配を感じた。


「よろしいか。必ずや、日の出前にこちらへお生まれ下さい。これは、救世主様とグレイスターク・リシュドとの『約束』です」


 勝手に連れて来ておきながら、何が約束だ。

 というのが、偽らざる本音だったけれど、とにかく美香が心配で、一瞬でも早く家に帰りたかったから、頷くことでその約束を交わした。

 そうするしか、なかったから。


「お戻りを、お待ちしております」


 ようやく一歩離れた位置に下がることが出来た老人(推定)が厳かに言うと、私が乗っていた箱が鈍く光りだした。


―――



 鈍くても光は光。

 目を瞑ってまぶしさをやり過ごすと、聞きなれた力強い泣き声が聞こえてきた。

 目を開けると、お腹を空かせて泣く美香が布団で暴れているのが見えた。


 ああ、美香だ!


 安堵で涙が出そうになりながら、慌ててお乳をあげて、ゲップをさせて、オムツを替えて、抱っこしてスキンシップ。

 赤ちゃんの甘い香りを楽しんでいるうちに、あれは、夢だったのだろうか、とふと思う。最近、夜泣きが激しくて、あまり睡眠が取れていないし、疲れていたのかも、と思おうとした瞬間、ちくりと、太ももの辺りが痛んだ。

 ポケットの中に、何か入っている。

 見たくない、と思いつつ、恐る恐るポケットに手を入れると、折りたたんだ紙の感触。熱いものに触れてしまったように、反射的に手を引っ込めると、時計を確認する。4時を指していて、外は夕方特有の夕焼けを見せていた。

 

 日中は日中だけど、半日もないじゃないかっ!


 唇を噛みながら、眉間に皺を寄せ、大急ぎで美香の荷物だけをまとめてバックと風呂敷に詰め込む。

 美香が生まれたばかりのときに行方不明になってしまった夫と、三人で撮った一枚だけの写真を美香の荷物の中に入れる。

 抱っこ紐で美香を包み込んで、実家へ向かう。

 理由の説明もそこそこに、美香のことをくれぐれも、と念入りに頼んだ。不審げだった母も、とりあえず、美香を預かることに不満はないようだった。深く感謝しながら、美香にお乳を飲ませて、おしめを変える。美香の荷物の中から、家族の写真を取り出して壁に貼った。

 

 日が沈み、訪れた深夜。


 いつもならひどく夜泣きするはずの美香が泣かずに目を覚ました。

 じっと、見上げてくる瞳。


 不意に目が潤んでくるのを感じながら、美香を抱き寄せて、最後のお乳をあげる。おしめも変えて、そっと頭を撫でながら頬にキスを落とした。


「お母さん行ってくるね。絶対に、美香のところに戻ってくる」


 本当は、行きたくない。

 ポケットの中の紙を捨ててしまいたい、燃やしてしまいたい。

 でも、そうしたとしても、きっとまた攫われる。

 その時に、もし美香を抱いていたら?

 美香を抱いて、立っていたら?

 そんないつ起きるとも分からない時に怯えるくらいなら、諸悪の根源を絶ってやる。それがあの黒服連中なのか、それ以外の存在なのかは知らないが、すぐに片をつけてやる。


「母親を怒らせると怖いってこと、身に染みさせてやるわ」


 実家においてあった本やら服やら薬やらを適当にバックに放り込み、最後に美香にもう一度キスをすると、そっと家を出た。


 月が明るい。


 最初は何がなんだか分からない誘拐だったけど。

 今度は、交換条件という名の脅しの末とはいえ、私が自分の意思で向かうことになる。

 それがどれだけの意味を持つのかは知らないし、知ったことではないが、私と美香を引き剥がしたことだけは、どんな手を使ってでも、後悔させてやる。


「覚悟しろ、誘拐犯ども」


 大きく息を吸い込むと、ポケットから取り出した紙を開き、模様に触った。


 紙があの鈍い光を放つ。

 今度は目を閉じずに、じっと見ていると、光は次第に形を変えていく。

 それが覆いかぶさってきたかと思うと、次の瞬間には光は通り過ぎ、目の前には、あの黒服連中が膝をついたままの姿勢でこちらを見ていた。


「お帰りなさいませ、救世主様」

「お生まれになられると、信じておりました」


 老人(推定)と若い方の女性(推定)が立ち上がって近寄ってくるが、それでも二歩以上の距離を開けているのは、首の心配をしているからか。

 もうひとりの若い(推定)方は、最初から立ったままで腕を伸ばせば触れる位置に居た。


「約束を守って下さって、ありがとうございます」


 とりあえず。

 私は顔も分からないその若い(推定)誘拐犯を殴り飛ばした。


 その後。

 黒服連中相手に大暴れしたり、あの紙には約束を破ったらいろいろ制約をつけてがんじがらめにする呪いが掛けられていた事を知ったり、この世界の状況を教わったり、変な力をもらったり、世界を破滅に導いている狂った魔術師とその魔術師が生み出した生物の退治だとかを強制されたり、狂った魔術師が「行方不明中の夫」だったり、夫婦喧嘩が勃発して島ひとつ消し飛びかけたりしたが、最終的に夫と二人、美香の初寝返りを見届けたことだけは、記しておこう。

 

 



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