ね:猫~満サイド~
その一部始終をつぶさに見ていた人物がいた。
満はクラスメイトの行動を見て愉快な気分になっていた。
名前も覚えていないクラスの女子に気が付いたのは、本当に偶然だった。
ちょっといつもと違う道で帰ってみよう、という気分になり、たまたまこのドブ川の道を選んだら、目の前を歩いていた女が、何かを見つけたように川の中をじっと見ていた。
瓶底メガネに、年代ものの三つ編み。
同じクラスにあんなのがいた気がする、と思ってみていると、メガネはまた歩き出した。
何を見てたんだ?
川の中をのぞくと、薄汚いダンボールが石に引っかかっていた。中で何か小さいものが動いている。
ネコだ。
満は、何の感想も持たないまま先を進もうとした。すると、さっきのメガネが立ち止まっている。
思いっきり眉を寄せて、ものすごく嫌そうな顔をして何かをつぶやくと、辺りを見回す。残念ながら、ほぼ真後ろにいる満には気づかなかったらしいメガネは、ドブの中に入っていく。
おいおい、本気かよ?
しかし、メガネはネコの入ったダンボールを拾い上げると、やけくそのように派手に泥を飛ばしながらあがってきた。
満はなんとなく見つからないように身を隠して観察していた。
メガネはダンボールを草むらの中において、自分の泥だらけのスカートと足を見て、心底嫌そうな顔をした後、箱を置いたままその場を立ち去ろうとした。
そのとき、箱の中のネコが鳴いた。
車通りのないこの場所で、その鳴き声はいやに響いて、満の耳まで届いた。
メガネの足が止まる。
その肩が震えていたかと思うと、
「・・・だぁーっ、もうっ!!」
何に怒ってるんだか、奇妙な声をだして足音も荒く箱まで戻ると、そっと小さなネコを抱き上げる。大きなため息をついて、まるで敗者のように肩を落として、哀愁漂わせなが らその場を立ち去っていった。
満はその後姿を眺めていたが、やがて口元に笑みが浮かび、こらえきれなくなって笑い出した。
面白い。面白すぎる。
もしも、これがネコを見つけたとたんに助けに行って、連れ帰るようなら面白くもなんともない。物好きなやつもいるもんだ、と思って終わっただろう。
けれど、あのメガネは絶対にネコをほっておこうとした。なのに気になって仕方なく助けに行って、置き去りにしようとしたのに、鳴く声にだまされて仕方なく連れ帰った。
お人よし、確定だ。
それにあの叫び声。そして敗残者の後姿。
どれをとってもツボだった。
面白い。最高に面白い。
あのメガネの名前は、なんだったかな。
満は次の登校日が非常に楽しみになっていた。
・・・そして、瑞樹の平穏な高校生活もこれまでだった。