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う:嘘

何年も前に書いたものです。懐かしかったのでUPしてみました。


 事実や真実とは異なることを口にすると、それは“嘘”と呼ばれるようになる。


 嘘にはいくつかの種類がある。

 隠すための嘘、騙すための嘘、事実や真実だったものが時の経過と共に変質してしまったための嘘。

 嘘も方便というように、嘘をついたほうがいいこともある。逆に、決して嘘をついてはならないこともある。


 人は皆、多かれ少なかれ嘘をついて生きている。

 一生のうちで一度も嘘をついたことがないという人間がいるのなら、その人間は幼い子供か、よほどの嘘つきか、嘘をついた事実を忘れてしまっているかのどれかだろう。


 斯く言う私も、相当の嘘つきだ。

 私のことをよく知っている友人からは、大嘘つきと呼ばれている。 


 嘘をつくには、三つのポイントがある。

 嘘だと疑わせないこと、嘘の中に真実を混ぜること、嘘に嘘を重ねないこと。

 最初から疑われていたら、いつ嘘がばれても不思議はない。嘘をつく前から、嘘の気配は隠しておくに限る。それに、嘘がばれそうになっても、真実がわずかに含まれていれば、その真実がほかの嘘をうまく隠してくれる。

 その代わり、嘘は所詮嘘であるから、積み重ねるのは、土台の悪い土地に家を建てようとするのと同じくらい愚かなことだ。積み重ねれば積み重ねるほど、崩れやすくなって自分で自分の首を絞めることになる。だから、嘘を積み重ねるくらいなら、土台のうちにばれてしまうほうが被害が少なくて済む分、いくらかましだ。嘘を積み重ねてからの発覚は、自分にも周囲にも甚大な被害をもたらすことになる。


 この三つのポイントを頭において、時と場合と相手を選んでうまくバランスをとれば、嘘が露見することはかなり少なくなる。


 これのおかげで、私はほかの同僚よりも早く出世をしたし、仕事のほうもずいぶんはかどっている。私の嘘は、ついている回数から見れば、露見した回数はスズメの涙程度だ。

 

 だが、物事には例外というものがる。


 10人に嘘をつけば、9人がだまされる私の嘘を、たった一人だけ、常に見破る相手がいる。そのどうしても騙せない相手というのが、私を大嘘つきと呼ぶ、私の友人だ。


「お前な、嘘がばれなきゃいいと思っているんだろうが、そのうち絶対手ひどいしっぺ返しに遭うことになるぞ」


 私にそうい続けてもう3年ほどになるが、今のところ、私にそういうしっぺ返しが来たことはない。

 まぁ、時折嘘が露見したり、空回りしたりすることはあるが、ひどく困った状態に陥ったことはない。


「あのな、狼少年の末路を知ってるか? お前もそのうち嘘に食われちまうかもしれないぞ」


 いつものように二人で飲んでいると、友人が忠告というより、やけに確信している口調で、言い出した。


「塵も積もれば、っていうだろう? 小さな嘘だと侮っていると、気づかないうちにでっかくなった嘘に押しつぶされちまうぞ」


 友人は善人を絵に描いたような人物で、根っからのいい奴なんだが、いかんせん、話が大げさになっていく癖がある。

 だからことの時もいつものように右耳から左耳へと軽く聞き流して、嘘を活用した自分の生活を変える気は毛頭なかった。

 それでも友人は諦めずにくどいくらいに嘘はやめろ、と忠告してきた。

 ここまで念入りに忠告されるのは初めてで、逆に相手のことが心配になったりしたが、とりあえずその日は何事もなく過ぎていった。


 友人と飲んでから数日たったある日。

 私は奇妙なことに気がついた。 

 何も食べていなのに、妙に満腹感がある。胃に何かたまっているような感じで、胃腸薬を飲んでも治らない。

 疲れているからだろう、と数日ほっといたら、満腹感どころか腹が張って苦しくて、食べ物が食べられなくなっていた。

 病院にいって診てもらったが、特に異常は見つからず、気休めにもらった薬は効き目がなかった。

 変な満腹感は日に日にひどくなり、付き合いの飲みにさえ行けなくなってしまった。


 上司や部下にまで心配され、それに対して適当な嘘でごまかしていたが、あるとき、そうする余裕もなくなって、胃腸の調子がおかしいのだ、と本当の子というと、奇妙なことに腹が張った感じが、ほんの少し楽になった気がした。

 おや、と思ってまた試してみるとやっぱり苦しさが楽になる。

 それで試しに、本当に必要に迫られたとき以外は嘘をつかないでいてみると、たった二日であの満腹感はきれいさっぱり消えてなくなった。

 どういうことはわからないが、どうやら私が嘘をつくと腹が膨れていくらしい。

 あの破裂してしまいそうな満腹感を味わうくらいなら、必要最低限の嘘以外、嘘をつかないようにするほうが楽だ。


 この一件を酒の席で友人に話すと、しばらく何かを考え込んで、急に笑い出した。


「いや、笑うようなことじゃないんだが、すまん、可笑しくてな。お前、“しょくげん”という言葉を知っているか?」


 笑いを収めた友人を怪訝な顔で眺めながら、いや、と首を振ると、友人は髪とペンを取り出し、漢字で“食言”と書いた。


「一度口にした言葉を飲み込む、って意味で転じて嘘をつくことをこういうんだ。お前はきっと嘘をつきすぎて、言葉を飲み込みすぎたら腹がいっぱいになったんだよ」


 言葉を食う。

 何も入っていないはずの胃が、限界まで膨らんだようなあの感じが思い出される。

 しかしそれにしても、飲み込んだ言葉で腹が膨れて、本当のことを言えば言葉を吐き出したことになって楽になるってのは、随分できすぎな気がする。


「ま、言霊って言葉もあるくらいだし、そんなことも有りなんじゃないか」


 言霊。だんだんオカルトな世界になってきた気がする。

 とりあえず私は黙っていた。

 どうせこいつのことだから……。


「きっと、あんまり嘘をつくんじゃないって神様が言っているんじゃないか?」


 やっぱり言いやがった。

 友人の話は大げさで、ロマンチストで、話のまとめは必ず寒い。


 私は無言で酒を口に運ぶ。


 また友人がなにやら説教を始めたが、いつものように聞き流した。

 


 それから。

 めったにつかなくなった私の嘘は、さらに磨きがかかり、今だにひとつも露見していない。

 

 


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