な:なじみ客との攻防
「帰っとくれ」
「嫌だね」
顔を見るなりのこのやり取りも、もう何度繰り返しただろう?
左の額からまぶたにかけて大きな傷を持つ、縦にも横にもでかい相手に、わざとらしく大きなため息をつく。
「あんたも大概しつこい男だね。何度来たってあれは売れないって言っているだろうに」
「そういうあんたも大概頑固だな。俺に売ったほうがあれのためにもなるだろうに」
このやり取りも、何度繰り返したことか。
本当に、この男はしつこい。
男が求めるものは、決して男のものにはならないというのに。
「いい加減、諦めておくれよ」
お互い、時間の無駄だろうに。
ため息まじりに言えば、男の傷を負った左の眉が上がった。
「商売人が、商品を欲しがっている相手に売らないってのはどういうことだ?」
「あいにく、商品じゃないからね。まぁ、商品でなくても、あれが私のものだってんなら売りもするけどね。何度も言っているとおり、あれはただの預かりものさ。それを勝手によそ様に売るわけにはいかないだろうよ」
「預かりもの、ね」
「そうさ。この店にある他の物なら喜んで売ってやるけどね、あれはダメだ。あんたもわかっていながら毎度毎度のこのやり取りにいい加減嫌気がさしてこないかね?」
「さっきあんたが自分で言ったんだろう。俺はしつこいのさ。諦めるって言葉が嫌いでね」
確かにこのしつっこい性格の男は、欲しいものを諦めたりしないだろう。私が絶対に売らないということがわかっていながら、諦めずにこうして何度も足を運ぶ根性は、正直、少し好ましくはある。
この男なら、私を殺して奪って行くことだって可能なはずだから。
「厄介なことこの上ないけど、個人的にあんたのことは嫌いじゃないよ。あれが私の物だったなら、きっとあんたに売っていただろうさね」
それにこの男の言うとおり、あれにとってもこんなさびれた商店で朽ちらせてしまうより、男と行った方がずっと良いだろう、と思う。
だけど、それは、本当にあれのためにはならない、ということも分かってしまう。
「あれが預かりものなら、持ち主は誰だ」
「それは教えられない約束でね。あんたに押しかけられたら、さすがにあの子がかわいそうだ」
「あの子?」
「おっと。余計なことをいったら私が怒られちまうんでね。さぁさぁ、あれ以外にもなかなかいいものが揃っていると思うけどね、どうだい、こんなのひとつ?」
うっかり口を滑らせてしまいそうになるのも、この男ならあの子を見つけ出してくれるかもしれない、という期待があるからか。もしも、正式に依頼すれば、そのしつこい性格であの子を見つけ出してくれるのでは、と思う。
それでも、あの子との約束を破るわけにはいかないけれど。
「あんたもなかなかしつこい商売人だな。俺が欲しいものは分かっているだろうに」
「そうかい。じゃ、こっちを勧めるとしようか。あんたが欲しがってた薬、入荷しているよ」
「ああ、それならもらおう」
「毎度あり。じゃ、用が済んだら、とっとと帰って下さいな。あんたみたいなでかいのにいられちゃ、私の大事な店が小さく見えてしょうがないんだよ」
これ以上ここにいられると、またうっかり口を滑らしてしまいそうで、早々に追い払うことにした。
「・・・また来る」
「また来ても、何も変わらないよ」
そっけなく追い払っても、熱心に追い払っても、あの男はまた来るのだろう。
そんな確信を持って男の背を見送ると、大きなため息をついた。
「まったく、あの男にも参ったもんだ。ねぇ?」
男が何度となく熱い視線を送っていたモノに声をかけると、ソレは答えるように発光した。それは柔らかく、好意を示すような優しい色合いの光で、知らず微笑みが浮かぶ。
「ああ、あんたもあいつが気に入っているんだねぇ。どうだい、あの男のところに行きたいかい?」
駄目元で聞いてみると、拒否を示した冷たい色の光が激しく点滅する。
人で言うなら、青ざめて激しく首を横に振っているようなその光に、今度は苦笑してしまった。
「まぁ、そうだろうねぇ。あんたにとっちゃ、あの子が唯一無二だから。ああ、謝りなさんな。仕方ないさね、あんたらはそういう種族なんだものね」
申し訳なさそうに弱々しい光を浮かべるソレを慰めるように、優しく撫でながら、一人の少年を思い浮かべる。
まったく、馬鹿な子だよ。
さっさと戻ってこないから、大事な預かりモノがしつこい男に狙われちまったじゃないか。
・・・早く、無事に帰っておいで。
そして、月日は流れ。
「帰っとくれ」
「嫌だね」
立派な青年になって帰ってきたあの子に、預かり物を返した後。
アレを追うか、諦めるか。
どちらにしても、もう二度とここへは来ないだろうと思っていたあの男は、今日も店にやってくる。
「あんたも大概しつこい男だね。何度来たって無駄だって言っているだろうが」
「そういうあんたも大概頑固だな。いい加減に折れてくれてもいいだろうが」
二度と来ないどころか、翌日にはもう顔を出し。
なぜか毎度、綺麗な花や気になっていた本を手土産に持ってくる男に邪険にもできず。
気づけば、なぜか、求婚されていて。
「いい加減、諦めておくれよ」
「知っているだろう、俺はしつこいのさ。諦めるって言葉が嫌いでね」
男の執着の対象が、いつの間にかアレから私に移っていたのだと気づいた時には、既に遅かった。
・・・私と馴染み客との攻防は、もうしばらく、続く。