て:天秤の神子~死んで生まれて生き直し~③
これでひとまず、終了です。
いつか、連載として書きたいな、と思っています。
私が目を覚ましたと思ったとき、周りは漆黒に染まっていた。
失明してしまったかのように完全な闇の中で、私はあせることもなく、そのあたたかさに身をゆだねていた。
あたたかいな。
ああ、私はこの心地よさを知っている。
しばらくそのままでいると、少しずつ闇が動く気配を感じた。
少しずつ、少しずつ。
そして、純粋な闇がそのまま私の左手の甲へすべて溶け込んでいった。
闇になれた目は、月明かりでも問題なく周囲を見回すことができ、奇妙な形をした植物から、私はここが“常世の森”と呼ばれる広大な森の中であることを知った。
空を見上げると、そこには無数の星々と、色の異なる3つの月。
「帰ってきたのか」
自分の声にしては高い声。
いやな予感がして、自分の手を見ると、柔らかく、黒く、小さな手がそこにあった。
用心深く立ち上がると、手だけでなく、足も小さく、感覚よりも地面が近い。
一糸まとわぬ姿で、浅黒い肌に目を走らせると、左手の甲に常世の森の植物に似た漆黒の模様が描かれていた。
「またか……」
(うれしい?)
つぶやきに答えるように左手がほんのりと温かくなる。
聞き覚えのある声よりもずっと幼く、無邪気な声が耳に届く。
右手を見ると、親指の爪ほどの小さな白い模様が手の甲の真ん中ほどにあったが、ただ、そこにあるだけだった。
(うれしい?)
答えをせかすような幼い声。
「……ああ、うれしいよ」
声に出して答えてやれば、それこそうれしくてたまらない、という感情が流れ込んでくる。
今度の相棒は、どうやらとてもかわいらしい性格のようだ。
「さて、自己紹介から始めようか? 私は、月城理汪」
(あーぎす)
「アーギスか。よい名前だな」
(りおうは、おうり)
私は、オウリ。
「アーギスは、アリス」
お前は、アリス。
(おうり)
「アリス」
互いに名を与え、呼び合った瞬間、左腕の文様が浮かび上がり、形を変え、こちらの文字で“アリス”という名が加わり、左腕に収まる。
「オウリのアリス。共に生きよう」
(ありすのおうり。だいすき)
まっすぐな感情を伝えてくれる、アリスにくすぐったいような気持ちになりながら、あたたかく熱を持つ左手の文様に口付けを落とす。
先ほどよりずっと見えるようになった視界で、常世の森を見渡すと、遠くに白く立ちのぼる陽炎のようなものを感じた。
「運がいい。ここから、街へはそう遠くないらしい」
(まちへいく?)
「朝が来たらな。その前に、何か着るものを作らないと」
寒くはないが、いつまでも裸でいるというのは、心もとない。
常世の森の植物の中で繊維がしっかりしているものがあったはず、と脳裏に思い浮かべていると、いきなり目の前に漆黒の布が現れた。
驚いている間に、布は勝手に動いてオウリを包み込み、初めから着ていたように服の形で落ち着いた。
肌にしっとりと馴染む手触り。
「アリス……」
こんなことが出来るのは、今のところアリスしかいないわけで。
(おうりの、きるもの)
無邪気な声に、オウリは頭を抱え込みたくなった。