て:天秤の神子~死んで生まれて生き直し~①
すみません。
先に謝っておきますが、このお話の種は、
③まであります・・・。
ついでに言うと、次の連載最有力候補です。
それでは、どうぞ!
遠のく意識のなか、嘆きが聞こえた。
いかないで、と痛いほどに手をきつく握られていた。
この世に呼び戻そうとするかのように、泣きながら私の名を呼び続ける声。
もうほとんど目が見えなくて、一人ひとりの姿を思い浮かべて心のなかで名前を呼んだ。
時に師であり、弟子であり、友人でいてくれた大切な仲間たち。
私がこの世界にいる意味を与えてくれた人たち。
最後まで、そばにいてくれて、ありがとう。
生まれ育った世界を離れ、別の世界で死んでいく今、どうしても伝えたかった言葉。
声が出たのかさえわからないまま、唇を動かして、意識が闇に落ちていった。
―――
忘れもしない、30歳の誕生日。
仕事で一日を潰してしまい、取って置きの酒を一人で空けて、お気に入りの入浴剤をたっぷり入れたお風呂で疲れを癒し、さっさと寝てしまおうと布団にもぐり込んだとき。
視界の隅を何か黒いものと白いものが動いたのが見えた。
いい気分で酔っていた私は、月明かりに遊ぶその二つの丸い物体が何かもわからないまま、なんとなく手を伸ばしてみた。
すると、甘えるように寄ってくる。
布団の中に入れて、体を密着させるようにくっついてくるその二つの物体から、なぜか泣きたいような、切ない気持ちが伝わってきた。
ああ、この子達は泣くほど悲しくて、泣くほど嬉しいんだな。
酔った頭でそんなことを考えながら、震えるそれを慰めるようにそれぞれなでてやった。
「おやすみ。ここには怖いことは何もない。お天道様が顔をだすまで、ゆっくり眠りな」
子供のころ、母親がそうしてくれたように、ささやきかけて呼吸を合わせる。安心したように、伝わってくる震えが止まるのを感じながら、自分も眠っていた。
―――
目を覚ますと、見慣れない天井。
寝ぼけた頭が正常に動いていないのを感じながら、なんとなく天井に向けて腕を伸ばす。
白くて、傷ひとつないきれいな手。長い爪は整えられて、朝日に反射する小さな石がいくつか塗りこめられている。
ミルフィが好きそうだな。
ぼんやりとその手を見つめながら、自分が動かしたい通りに動くその手が、見慣れた自分のものと明らかに違うことに気づいた。
一気に目が覚めて、飛び起きる。
辺りを見回すと、次々と信じられないものが目に飛び込んでくる。
ガラスの窓、スーツ、時計、テレビ、パソコン、こたつ。
ああ、あれはなんといったか。
電話…?
いや、違う。そうだ、ケイタイだ。
胸を締め付ける懐かしさ。まさか、と信じられない気持ちのまま、そっと触れたそれは、消えることなく手のひらに収まっている。
おぼろげな記憶を頼りに足を進めて、ひとつの扉を開ける。
洗濯機だ、ああ、乾燥機もある。タオル、水道、化粧ポーチ。そして、鏡。
そこには、懐かしい顔が途方にくれた迷子のような表情で映しだされていた。
「……戻ってきたんだ」
頬に手を当て、鏡の中の女性も同じ動きをしていることを確かめて、つぶやいた声もまた、懐かしいものだった。