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つ:つがいの魂換え①


 最近、いつも同じような夢を見る。

 それは時に砂漠であったり、ジャングルのような深い森であったり、富士山よりも高い山々の頂上であったりしたけれど、いつも、一人の少年がいた。

 柔らかな薄茶色の髪と大きな緑の瞳。

 日に焼けた健康的な肌とあいまって、大地そのものような子。

 その子と夢の中でたくさんの話をして、たくさんの話を聞いた。

 今の自分の生活とはまったく違う日々を送るその少年との夢での邂逅は、いつしか自分の中でとても大切なものになっていたから、寝る前に彼と会えることを祈りながら眠るようになった。


 だからその日も、夢の続きを見ているのだと思った。 


 砂漠とジャングルが隣り合う不思議な地形、平原の森に、富士山よりも高い山々が混在して、独特の景観を生み出している。

 そのはるか上空を滑空している夢を見ていた。

 空を飛ぶ夢は今までに何度も見たことがある。だから目を開けた時、風を切る感触に心地よささえ感じていたのだけど・・・。

 空を飛んでいるのは、巨大な鳥・・・なのだろか?

 胴体部分だけでも6畳はあり、優雅に滑空する羽は両翼で25メートルプール程の大きさがある。うつ伏せに寝ていた体を少し起こしてみると、遥か彼方に山脈が見えた。

 こんなにリアルな夢を見るのは久し振りだ。自力で飛ぶならともかく、鳥に乗って飛ぶのもその鳥の羽毛の柔らかさと温かさまで楽しめる夢を見たのは初めてかもしれない。


「きもちいい~」


 暖かな陽射しと滑空に合わせて起きる風の心地よさについ歓声をあげると、頬に当たる羽毛がふわり、と膨らんだ。


「セロン、玉城が見えた。どうする?」


 低く、明瞭に響く声。ああ、この大きな鳥が話しているんだ、と当たり前のことの様に理解した。


「既に先触れは送ってある。そのまま鳥場につけてくれ」


 これまた低い声。でも、若い。他に人がいたのかと驚いてあたりを見回すと、さっきは気づかなかったが、鳥の首の付け根の辺りに背を向けて座っている人がいた。

 誰だろう、と思って見ていると、その人が少し振り返った。声は低いけど、明らかに自分よりも年下の男の子だった。


「寝ていろ。落ちたら死ぬぞ」


 普通、夢の中で話しかけられたら、それが誰なのかすぐに分かる事が多いのに、この少年が誰なのか、どんな役柄なのか分からない。

 何か聞きたい気がしたけど、鳥が急旋回を始めたのを感じて鳥の柔らかな羽毛にしがみついた。

 そろそろ目が覚めてくれないかな。

 高度を落とした鳥はその分スピードが早くなった。

 こういう夢はうれしくない。

 きつく目を閉じて振り落とされない様にしっかりつかまっていると、軽い衝撃の後、風が止んだ。止まったんだ、と気が付いてそっと目を開けると、そこは私のベッドの上、ではなかった。

 屋上のような石畳の上に鳥が身を伏せている。おそるおそる身を起こして周囲を見回すと他にも何羽か鳥が伏せているけど、そのどれもがこの鳥と同じ様に大きな体をもっていた。


「早く降りろ。タツキが休めない」


 そばで低い声がして、そちらに目を向けると、少年が立ってこちらを見下ろしている。いくら鳥が地面に伏せてくれているとはいえ、自分の背丈以上の高さがあるところから、どうやって降りればいいんだろう? と疑問を浮かべていると、鳥が片方の羽を伸ばしてくれて、少年が先にすべり下りる。それを真似てそっと降りると、滑り台よりも滑らかに滑り、勢いをとめられず、着地に失敗して思いっきり石畳に膝を打ち付けてしまった。かなり痛い。すりむいた膝から血がにじんできて、ずきずきと痛む。そう、痛い。夢なのに。時々は痛みを感じる夢も見たことがあるけど、いくらなんでも、こんなに涙がにじんでくるほどの痛みを感じる夢はさすがに見たことがない。


「……ここは、どこかですか?」

「鳥場。玉城のな」


 ねぎらうように鳥の体をたたくと、少年はさっさと歩き出してしまう。あわてて追いかけようとしても、すりむいた両膝が痛くて、立ち上がるのがやっとだった。


「ちょっとまって!」


 声をかけるまでもなく、少年はいやそうに立ち止まっていた。痛みをこらえて足を引きずるようにして少年を追いかけると、黙ったままゆっくりと歩き出した。


「どこへ行くの?」

「ここは玉城だぞ。一度主人に顔を出すのが筋ってもんだ」

「主人って誰?」


 立て続けに質問をぶつけていると、いぶかしげな表情で足を止めた。


「さっきから何なんだ。玉城の主人といえば、リオーシャ様に決まっているだろう」

「リオージャ様って? というか、あなただれ? どうして私はここにいるの?」


 転んだときに気がついたが、自分の服装が変わっていた。パジャマで寝ていたはずなのに、丈夫そうな綿の厚手の上下を着ている。靴もいつの間に履いたのか、ひどく重く、硬い。腰のベルトにはさまざまな道具と袋が下がっていて重い。しかし、その歩きにくい重さが、どこまでも現実的だった。寝ぼけていた頭がはっきりするに連れて、迷子にでもなってしまったかのような心細さと不安が湧き上がってくる。


「私は家で寝てたはずなのに、気がついたら大きな鳥の上で寝ていたんだけど、これってやっぱり夢なのかな。それにしては膝が本当に痛いし、血も出てくるし、歩くとずきずきして、脳みそがはっきりしてくるのがわかるんだけど、そうしてみるとやっぱり夢じゃないのかもって思うわけで、でもそーするとここは私の知らないところで、あんなに大きな鳥は世界中のどこにもいないはずで・・・」

「わかった。わかったから、黙れ」


 話をしているうちにパニックを起こしかけて涙目になった私の話を低い声がさえぎった。

そういえば、この少年の顔立ちもどことなく日本人離れしている気がする。少年はいやそうにため息をつくと、私の肩を二度たたいた。


「熟睡していたところをたたき起こしたのは詫びる。悪かった。だから玉城でふざけるのはやめろ。家に戻ったら好きなだけ寝てかまわないし、起きるまで起こさないって約束してやるから、今はしっかりしてくれ」

 わかったと言っていたくせに、まったく何もわかってくれていない。


「人の話をちゃんと聞きいてよ!」

「バカ……ッ大声出すな!」


 正面から手が伸びてきて口をふさがれる。

 その手を払いのけようとして、利き腕を押さえられた。


「寝ぼけるのも体外にしろ、ルアン。ここは玉城だぞ」


 つかまれた腕が痛い。残った左腕で口をふさぐ腕を思いっきり振り払った。


「寝ぼけているのは、あんたのほうでしょう! 私は、玉城なんて知らないし、あんたの事も知らないっ!」

「ル、ルアン?」

「ルアンも知らない。私は静輝なんだってばっ!」


 勢いあまって、こらえていた涙があふれてくる。


「騒々しいぞ、セロン、ルアン。痴話げんかならよそでやれ」

「コウズ」


 ぼろぼろと泣き出されて固まってしまった少年は、奥からやってきたマントをまとった大男をみて、ほっとしたような顔をした。コウズと呼ばれた男は背に大きな剣を背負っているのだけど、それが尋常でなく、大きい。しかしそれ以上にコウズの体は大きく、バランスが取れているように見える。泣きながら見上げていると、コウズはぎょっとしたように後ずさった。


「な、何を泣いているんだ。セロン、どうしたんだ、ルアンは?」

「わからない。ここについてからずっとこの調子だ」


 ほとほと困り果てた、というように首を振るセロンに、むっとする。困り果てたいのはこっちのほうだよ、と内心毒づきつつも途方にくれていると、コウズがやってきたほうの道の、さらに奥から、何かを感じた。それが何かはわからないけど、ひどく心が引かれる。ふら、と歩き出すと、その気配というか、音のない音色のような、とにかく何かが強くなるのを感じた。


「それにしても、なぜあんたがここにいるんだ?」

「リオーシャ様のご命令でな。お前たちを迎えにきたんだ。今日はいつもの謁見の間ではなくて……」


 ああ、もうだめだ、我慢できない。

 抗えない誘惑に負けて、両膝の痛みもそのままに、駆け出した。


「ルアン!?」


 背後の二人の声が重なったけど、それもどうでもよかった。ひきつけられる何かが何なのかを確かめたくて、それ以外のことは全てどうでもよくなってしまった。走り続け、大きな扉も蹴破るようにして開けると、そこには明らかに位の高そうな人が大勢の人々と話をしていた。その人は豪華な椅子から立ち上がると、柔らかな笑みを浮かべた。


「謁見中だよ、ルアン。そんなに息を切らして、どうしたんだい?」


 言葉は叱責を含んでいたが、その人はほかの人々を下がらせて楽しげな調子で言った。

 この人が、何か? いや、違う。その奥のもっといったところからなにかを感じる。

 私はその人を無視して奥へ走り、カーテンでくぎられた部屋に入った。


 そこには、巨大な銀の鏡。

 迷わずその前に立つと、銀の鏡にはよく見知った、彼の姿があった。


年のころは、セロンと同じくらい。口調も目つきもきついセロンよりも、優しい顔立ち。鏡のはずが、その人は大きく目を見張ったあと、本当にうれしそうな笑顔になった。

 夢の中でしか、会えないはずだった。

 夢の中の、ほんの少し、時折会えるだけのはずだった。

 だけど今、二人は鏡越しに向き合っている。

 手と額をあわせて、あまりの幸福感に涙が止まらなくなった。



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