ち:地図①
ソウナムの住む“高いところ”の周辺には、先人の残した遺跡がある。今となっては何に使われていたのかも定かではない、地下に広い遺跡だ。
風化が激しく、子供たちが一人でその中に入ることは禁じられていた。
しかし、禁じられても子供の好奇心を抑えることはなかなか難しい。ごく一部の子供たちの間で、その遺跡は秘密基地と呼ばれていた。
外観からは崩れかけた小さな遺跡にしか見えないが、地下は複雑に入り組んでいて広い。それに、地下の遺跡は外観ほど風化が激しくはなかった。
迷路のように分かりにくい構造をしていたが、今までここで行方不明になった子供は一人もいない。今は既に大人になった、かつての子供たちが残した手書きの地図が、その範囲を少しずつ広げながら子供たちに受け継がれている。この地図があれば、決して迷うことは無い。
そして、その地図は今、ソウナムたちの手にある。
「・・・で、ここはどこなの?」
不信感いっぱいの泣きそうな声を無視して、ソウナムは重い足を引きずるようにして歩き続けていた。
「ここはっ!いったいどこなのっ!?」
「ば、ばかっ、大声出すな!崩れるだろっ」
癇癪を起こしたユンの口を慌てて押さえながら、押し殺した声で黙らせる。ユンは不服そうな目つきをしていたが、天井の一部から破片が落ちてきたのをみて、とりあえず黙った。
ソウナムは持っていた地図にランプをかざしてから、小さなため息をついた。この地図を受け取ってから、もう何度も秘密基地の中を探検してきたのに、今現在自分たちが歩いているのがどこなのか全然分からない。
「本当に地図に載っていないところなの」
「間違いない。だってこんなに特徴のある通路なのに、この地図には無いんだよ」
不安げなユンに、できれば否定したかったが、実際に迷っているのだから、ごまかしても仕方が無い。
「まさか、あそこの床が抜け落ちるなんてなぁ」
ほとんど泣きそうなユンにかける言葉が見つからない。落ちた先でおとなしくしていれば良かったのに、ちょっと探検してみよう、といって先を歩いてきたのはソウナムだ。地図に新しい場所を書き込むつもりでいたのに、程なくしてまた別の穴に落ちることになってしまった。
運良く二人とも怪我は無かったけど、自分たちがどこにいるのか、まったく分からない状況になってしまった。
「ねえ、外に出られるのかなぁ」
「そろそろ夕食の時間だ。いないことがわかれば誰かが探しにきてくれるさ」
ユンをこれ以上不安にさせないために、なるべく明るい声で言うが、実際誰かが探しにきてくれるかどうかは微妙だ。ここは子供が入ってはいけない場所とされているのだし、八年前まで“高いところ”では、子供が生まれる数が極端に少なかった。ソウナムの同い年の子供は三人しかいないし、ユンに至っては同じ年の子供がいない。ソウナムとユンの間の年齢の子供は生まれなかった。ユンよりも年下の子供たちなら大勢いるが、その子供たちはまだ秘密基地に入って遊ぶことを知らない。
やっぱり、自分たちの力で出口を探すしかない。いくら広いとはいえ、下に落ちて来たのだから、どこか上に登れる場所があるはずだ。心配なのは・・・。
「ソウナム、明かりを弱くしないでよ」
「だめだよ。燃料が無くなったら、本当に真っ暗になっちゃうんだから」
ランプの燃料はあと半分くらいしかない。火をつける道具は持ってきているけど、予備の燃料は無い。
「ユン、離れるんじゃないよ」
「ソウナムこそ、置いていかないでよね」
手をつなぐと、少し勇気がわいてくる。
ランプの小さな明かりに、今は廊下のような場所を歩いていることがわかる。草木の装飾が壁中に施されていて、まるで神殿の中にいるみたいだ。
「ねぇ、ソウナム見てよ。ユン面白いことに気づいたよ」
さっきよりは幾らか明るい声でユンが話しかけてくる。
「この模様、全部違う植物なんだよ」
いわれてみれば、確かに全ての装飾が微妙に違う。
果物や、ジュンタと呼ばれ巨木、スイネという小さな花に至るまで、さまざまな植物が浮き彫りにされている。よく見ると、それは床から天井へ突き抜けるような形になっていた。
「ね、おもしろいでしょ」
「うん、きれいだしね」
ユンの明るい声に、ソウナムも少しだけ気分が明るくなった。手に持っていた地図の隙間に、植物の装飾、と書き込んでおく。穴に落ちた場所も地図に書いておいたから、ほんの少し、地図が広くなる。
「ソウナム、みて! 蔦草の飾り! 階段があるよ!」
地図から顔を上げてみると、通路の左側に近くに蔦草の飾りがぶら下がっていた。蔦草の飾りは近くに階段があることを示している。だけどあの蔦の向きは・・・。
「早く、ソウナム!」
「あ、待てよ、ユン!」
いきなり駆け出したユンを追いかける。
ユンの言う通り階段はあった。
ソウナムは立ち止まって落ち込むユンの小さな頭の上に、自分の手を置いた。
「階段はあったんだ。きっと他のも見つかるよ」
「・・・うん」
より深い闇に繋がっているような下り階段を離れて、手をつないだまま、また歩き出した。