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た:大切なもの~言術士コマ・別物語~

このお話は、言術士コマの別物語です。

現在連載中の長編では、たぶん出てこない二人です。

もしかしたら、いつかこの兄弟メインの長編をUPするかも?


いつか芽吹くかもしれない、言術士コマの物語の種をどうぞ。

 

 昔から、自分にとって重要だと思うことはすべて自分でやってきた。


 自分の中にあるのは、大切なものと、そうでないもの。

 二つを分けるのは簡単で、大切なものはいつの間にか大切になっている。その大切なものが、そうでないものに逆戻りしてしまうことは今のところない。

 

 その大切なもの以上に、強い感情を持つものに出会うとは、思ってもみなかった。


「・・・あー、弟よ。その顔はかなり怖いからやめてくれないかな?」

 いま、自分は一応大切なもののひとつであるはずの兄、モクレンを尋問している。

 少なくともこの世の誰よりも、おそらくは自分自身よりもヒイラギのことを良く知っている兄に、口元にわずかに笑みを浮かべて詰め寄れば、硬直してだらだらと脂汗を流す。


「モクレン、俺は知りたいんだ」

 ヒイラギは自分が望んだことは、どんな手を使ってでも叶える。

 それこそ、本当にどんな手でも使う。

 善悪の意識というか、自分の中にあるものさしだけで優先順位を決めてしまう。しかも、一度こうと決めたらそれが叶うまで決してあきらめない。

 難儀な性格だと兄心に思うが、その矛先が自分に向いてくるとなると、いろいろと厄介なのだ、本当に。

「あー、とりあえず、座ろう、な?」

「知っているはずだ」

「んじゃぁ、まぁ、訊くがな」

 引く気のまったくない目の前のモクレンから、冷気すら感じて、モクレンは本気で自分が命の危機に直面しているのを理解した。


 血を分けた実の弟に殺意向けられるって、どうよ、俺?


 内心ぼやきつつ、ひとつ、大きく息をついた。その途端、目の前の殺気が消える。

「あいつをどうする気だ?」


 ヒイラギは兄の気配が変わったことを敏感に察知して、物騒な考えを消した。

 呼吸、ひとつ。

 それだけで、場はモクレンの支配下に置かれる。

 かつて、戦場で大切なものを守りぬき、守護神と呼ばれた男の気迫に、ヒイラギは笑みを深くする。あまり種類の良くない笑みにも、この男だけは目をそらさない。

 この表情は知っている。大切なものを守るときの目だ。久しぶりに、ほんとうに久しぶりに見る、本気の瞳。

 だからこそ、意外で不思議だった。

「なぜ、守る?」

「借りがある」


 一生返しきれないほどの、大きな借りが。


 瞳だけでそれを語った兄に、ヒイラギはまぶしいものでも見るように目を細めた。

 兄は自分とよく似ている、と思う。大切なものを守り、大切なものだけのためにすべてを守り抜き、そして失った人。

「あの子供の可能性と、その先を知りたい」

 場の支配権を取り戻すこともせずに、あえて、言葉をつむぐ。兄の眼光の鋭さは変わらない。

「何のために?」

「命を取り戻す」

 ヒイラギの予想外の答えに、モクレンは一瞬、言葉を詰まらせた。


 言った本人はなぜ自分がそんな言葉を口にしたのか、わからない、というように困惑の表情を浮かべていた。


 しょうがねぇなぁ。


 モクレンは大きく息をついた。

 場の緊張感が解ける。


 わりぃな、ちびっこ。こりゃ、俺の負けだ。


「スルダロム遺跡だ。今から追えば、まぁ、カルロイあたりで追いつけるんじゃねぇか?」

「ずいぶん遅いな」

 突然気迫が消えたモクレンにいぶかしげな視線を送りながら、もうその視線は地理を思い出すように遠くをさまよう。

 そりゃそうだろう。遺跡までは10日ほどかかるが、カルロイは2日の距離だ。

「いい事教えてやるよ。町に入ったら、すぐ食堂に向かえ。飯が食えるところならどこでもいい」

 不思議そうに瞬く。時々見せるこういう素の表情がこの物騒な塊が自分の弟だと思い出させてくれて、兄としては非常に気持ちがいい。

「あいつはな、三度の飯が何よりも好きなんだよ」

 そういえば、初めてあったときも、次にあったときも食堂にいた。

 なるほど、とヒイラギは口の端に笑みを浮かべた。

 そのまま出て行こうとすると、後ろからモクレンの声がかかった。

「スルダロムまでの飯屋リスト」

「買った」

「毎度あり」

 投剣のようなスピードで投げられた金貨を左手で受けると、同じように筒に入った書類を投げつけてやる。当然のように左手で受けたヒイラギの後姿は、なんとなく楽しそうだった。


 やっぱ、兄弟ってのは似るもんなのかねぇ。


 10年前、自分が同じ目をして追い求めたように、ヒイラギも必ず手に入れるだろう。それこそ、自分以上に手段を選ばず、徹底的に追い込み、そして命を取り戻す。


「わりぃな、ちびっこ。弟を頼んだぜ」


 ここにいない、小さな言術士に向かって口にした言葉は、やはり、なんとなく楽しげなものだった。



 

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