そ:創造主の宝物 ~サイド・ミナ~
右手に攻撃力強化を施した中剣、左手に魔法防御も付加した盾。
右から、左から襲い掛かってくる電子怪物をなぎ倒し、無事セーブポイントまでたどり着いたミナは、持っていた剣と盾を置いて大きく息をついた。
勝てそうな相手にだけは強気で行って、負けそうな相手にはすたこらさっさと逃げる作戦をとったおかげか、時間はかかっているものの、かなりレベルは上がってきた。このフロアの怪物たち相手なら、間違いなく勝てる自信がある。
このまま順調に行けば、三日後くらいにはイベント起こしに行ってもいいかもしれない。できればもうちょっと回復薬が欲しいところだけど。
「ミナって、本当に堅実な進め方をするよね。せっかくの冒険なんだから、冒険すればいいのに」
「ふん、罰ゲームがかかってるんだから、堅実が一番! 下手に一か八かな冒険してリセットになったら、痛すぎでしょうが」
セーブの手続きをとっていると、楽しそうな声が降ってくる。声のほうを見上げると、かわいい熊のぬいぐるみがそのかわいらしさとはまったく合わないニヤニヤ笑いを浮かべながら、ふよふよと浮いていた。
本郷のやつ、また勝手に私のバックのキーホルダー使ったな。
汚したりしたら、後で文句言ってやる。
「それにしてもここのダンジョン、かなり複雑だよね。隠し通路も多いし、隠し財宝もあるし。本郷、本当に手を加えてないの?」
「まったく。珍しいだろ? 何の手も加えていないのに、こんなに完成度の高い世界が出来上がるなんてさ」
熊のぬいぐるみは、ぐるり、とあたりを見回すように体を動かすと、ぽて、とミナの手の平に落ちてくる。
「ま、誕生前から方向性は徹底的に設定してあるから、楽しんで行ってよ。できれば、一回くらいリセットしてほしいけどね」
手のひらの上で、ぬいぐるみの癖に性質の悪い笑みを浮かべる本郷を思わず握りしめたのは、私の責任じゃない。
「誰が、リセットなんかするもんですか! リセットなしで全クリしてやるから見てなさいよっ!」
「ふふふ、楽しみにしてるよ♪」
せいぜい頑張りたまえ。
上から目線の激励にミナはぶちきれそうになりながら、剣と盾を持って駆け出した。
―――
私の幼馴染の本郷猛には、ちょっと変わった特技があった。
それは、「世界創造」。
文字通り、今私たちが暮らしている現実世界とは異なる、異なる世界を作りだすことができる。
初めてその特技を私に見せてくれたのは、小学校1年生のときだった。
とってもきれいなビー玉のようなそれが、刻一刻と色を変え、本郷の指示通りに見たこともないような景色がめまぐるしく映し出されていく。
どういう理屈でできているのかわからないけど、本郷が望めば、私たちは生身でその世界に移動することもできた。
初めて二人で移動したときは、二人とも勝手がわからなくて、大変な目にあったり、大泣きしたりしたけど、それから約10年。私は毎日のように、あいつが作る世界で遊んでいる。
本郷が作り出す世界は、全て本郷の意思とその世界の必然と偶然によって発展を遂げて行く。予定通りの世界ができることもあるし、知らない間に、とんでもない世界が出来上がったりもする。
基本的に、その世界に私たちがいる間、現実世界では時間が経過しないし、その世界に入る前に設定しておけば、魔法だろうが、超能力だろうがバンバン使える。たぶん、世界で遊んでいた時間を含めたら、私たちは倍以上の時間を生きていることになるのかな。
私は空を飛んだり、ひたすら海底を探索したりするのが好き。
本郷は小難しい魔法を考え出したり、掘り出し物の発明品などを見つけるのが大好きだ。
生き物であれ品物であれ、こちらの現実世界へ持ってくることができるけど、本郷が作り出した世界を一括で管理、観察ができる「ホーム」と呼んでいる世界に思い出の品や服を置いているから、別に現実世界に持ってくる必要がない。
・・・まぁ、時々お小遣い稼ぎでアクセサリーの類をネットで販売したりはしてるけど。
二人で私の一番のお気に入りの自然豊かな世界「プラネット」から管理世界の「ホーム」へ帰ってきたあと、本郷が今年発生させた世界をチェックしていたら、まだ一度も足を踏み入れていない世界がリストにあがっていた。
それはもともと、私が人気のアクションゲームのような世界で遊びたい、と言い出して本郷が作り始めていた世界だったのだけど、基本設定だけ設定したまま、すっかり忘れてしまっていたらしい。
自然に発展を遂げた世界は、私たちの想像を超えて、実にゲームらしいゲームの世界が出来上がっていた。
「せっかくだから、遊んでみようよ!」
「そうだねぇ。もともとゲームが基本だから、死亡もないし、セーブもできるみたいだし。あ、でも行動不能時の復活の呪文は必要なのか。じゃ、設定しておくから、行っておいでよ。俺は他の世界との関連を調べたいからさ」
世界が自然発展して、本郷が遊ばせてくれる世界が出来上がったのは、この10年で初めてのことだったから、どうしても遊んでみたかった。
スクリーン画面で見た世界全体像は、とてもきれいだったし、倒すべき魔物軍団も苦手なグロテクスク系がいないことがわかったから、ためらいなく飛び込んだのだけど。
にやり、と笑う奴の顔を見ていたら、絶対一人で行かなかったのに!
―――
『生体反応チェック。“皆川麗華”確認。生命活動の必保持、精神状態異常時の強制帰還設定。“ホーム”より“キャラデイラ”王城客室へ転送。キャラ選択“魔法戦士”』
「ホーム」のメイン管理者である「ホンカイ」の声が聞こえてくる。
女性でも男性でもない、でも落ち着く理性的な声。
その声にあわせて、身に着けていた服が替わる。腰には剣、背には盾。笑顔で手を振る本郷の姿が消え、かわりに見たこともない部屋の中にいた。
・・・今、本郷、ものすごく怪しい笑顔じゃなかった?
『キャラ名“ミナ”。女性バージョン。付加能力“魔法使用”。魔力枯渇時は体力から強制補給。目標、魔王の命令で攫われた一の姫の奪還』
本郷の笑顔が気になったけど、ホンカイの声に集中する。
世界を渡るときは、ホンカイがその世界についての説明をしてくれるから、それを聞き逃すと、後で大変な目にあうのは、過去の経験上痛いほどよくわかっている。
魔王もいるらしいけど、退治じゃなくて、姫の奪還だけでいいのか。
魔王に命令された何かが攫ったなら、そこで奪還できば、ゲームでいう中ボス戦ってあたりかな。
『特殊設定、行動不能時“復活の呪文”により、セーブポイントまで帰還可能。“復活の呪文”管理者“本郷武”により「きらきら☆星降る夜の美少女乙女な、わ・た・し♪ きらきら輝く美少女戦士になぁ~れ」と大声で叫ぶ事に設定』
ちょっとまてぇぇぇっ!!?
「なんでそこだけ美少女チックなかわいい声に編集した、ホンカイ!? ってか、本郷! なにそれ、なにこの似非美少女キャラ系半身呪文!?」
王城の客室の中で大声で叫ぶと、くすくすと笑う本郷の声がどこからともなく響いてきた。
「行動不能時に罰ゲームがあったほうがスリルがあるでしょ? ちなみに、この復活の呪文を唱えると、自動的に衣装が超ミニの美少女戦士衣装に変わるから」
「なんの羞恥刑!?」
イタイ、非常にイタイ。
羞恥で死ねるっ!
「ま、せいぜい頑張って? ご褒美用意して待ってるからさ。あ、俺としては、ぜひ復活の呪文を唱えてもらいたいけど」
「この、ど変態が~~~~っ!!」
このゲーム世界には設定されていないけど、私の中でリセットなしの完璧なるクリアが必須条件になった瞬間だった。
―――
慎重に慎重を重ねて進めてきたこのゲームの世界に、お姫様を攫った中ボス戦中に魔王がやってきて勇者(私)を行動不能に陥らせるという、ストーリー上の必須イベントがあることを、私も本郷も、まだ知らない。