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す:スカウト③


 メイドさんに言われるままに着替えて、化粧をして、中庭に続く豪奢な廊下をしばらく進んで連れて行かれた部屋は、応接間のような向かい合うソファーが用意された部屋だった。ソファには、元短パン男が西洋人がパーティーなどで好んで着そうな正装で座っている。

 

「さぁ、こちらへどうぞ。軽食もありますよ」


 人を上から下まで見て満足そうに笑う男の顔に、ん?と何かが引っかかった。ソファに腰掛けると、その隣にメイドさんも腰掛ける。その顔を見て、ああ、と思う。この二人、笑った顔がよく似ているんだ。兄妹、というよりも、親戚、だろうか?


「カルシャはいとこです。母同士が双子なんですよ」


 飲み物を勧めながら、男が言う。カルシャ、と呼ばれたメイドさんが、サンドウィッチを取り分けて手元に置いてくれたので、フルーツを食べたせいで余計に空腹を思い出した腹をなだめるために、ありがたくいただいた。これも、美味しい。野菜はぱりぱりだし、何かのクリームはちょっとの塩みが細切れになっている肉とマッチしていて、あっという間にひとつを食べきり、二つ目に手を伸ばしたところで、孫の食事を見守るような顔で見ている二つの笑顔に、手を止めた。


「遠慮なく、どうぞ? こちらは全て貴方のためのものですから」

「こちらの飲み物もどうぞ。甘味も用意してありますよ」


 二人そろって勧めてくれるのはありがたいのだが。

 今日初めて会った人たちと、見知らぬ場所で、自分の状況も分からないまま、のんきに食事なんてしている場合じゃないんじゃなかろうか? しかもさっきから自分ばかりが食べているし。でも、残すのも失礼かな、とも思うし、お腹も空いている。ちらり、と二人の様子を伺うと、それぞれが、料理と飲み物をもう一度勧めてきた。

 食べ終わってから、話を聞けばいいか。

 せっかくの料理を残してはもったいない、と気を取り直して食べ始めると、視界の隅で二人が意味ありげに視線を交わすのが見えた、気がした。

 給仕されるままに食事をして、食後の温かい飲み物も飲み干す。うん、全部とっても美味しかった。ご馳走様でした。


「気に入っていただけたようで、良かったですね、グリーシア」

「食の好みもエリーシアに似ているようで、安心しましたよ」

 

 新しい名前が出てきた。

 グリーシアと呼びかけられたのは、この男だろう。ということは、エリーシアは何度か男の口から出てきていた妹か。

 そういえば、この男は仕事を頼みたいといっていなかったっけ。それなら、悪いことをした。酔いが回っていたせいか、即答は出来なかったが、うちの会社は副業やバイトは禁止だ。怪しい男のお誘いということを除いても、受けることは出来ないのだからその場で言ってやればよかった。


「本当に、思考回路の面白い方ですね。それどころではないでしょうに」


 どこか困ったように笑うメイドさん。でも、目が笑っていないのが、すごく残念だ。

 そもそも、仕事の内容もここがどこかなのかも、あんたら一体何者なんだって事も、何もかも聞いていないじゃないか。何も聞かなくていいから、家に帰らせてもらいたい。明日は早めに会社に行かなくちゃならないんだ。合コンの女王からも招集がかかっているし。


「大丈夫ですよ。お仕事が全部終わったら、元の場所、元の時間に帰すことも出来ますから」


 だから安心して働いてください、と笑っているが、それは、逆に言えば、仕事をしなければ帰さないことも出来るってことを言外ににじませているようなものだろう。どこが大丈夫で安心なんだ。思わず、つと、大きく開いた窓の外に目を向ける。見たこともない大きな鳥が、横切っていく。さっきから気にしないようにはしていたけど。窓から見える月は、二つ。ここから外に出ても、自分の家にはたどり着けないような気がした。


「飲み込みが早くて、助かります。さて、貴方にお願いしたいお仕事の内容は、妹の代役。エリーシアの代わりに、ウィヴルド家が主催するパーティに参加してきてください」


 一瞬も視線をはずさないまま、笑みを浮かべつつ、油断ならない冷静な目でヒタリ、と対象者を観察している。反応を見るためなのか、何かをしでかすと警戒しているのか。ふざけた気弱な変態男だと思っていたが、この目を見ていると、ひどく警戒心というか、背筋が冷たくなるような、本能的に逃げ出したくなるような危機感がわきあがってくる。ただ、そういえば、この男はいつでもまっすぐに人の目を見ていたっけ。断っても家に帰れないなら、この非常識な状況で、普通のOLに出来ることは一つだけだ。


「雇用条件と期間、報酬を明確にして、雇用契約書を作成してください」


 本音を言えば、一番気になるのは報酬部分だけだけど。普段それなりの給料をもらっていた身としては、自分の時間と労働を安売りするつもりはない。

 まっすぐ目を見つめ返していった言葉に、男は一瞬目を丸くすると、隣に座っていたメイドさんがこらえ切れなかったように、噴出した。


「ふふっ、あ、あはははははっ! た、確かにね。確かに雇用条件は大事、だよね!」

 

 メイドさんは同意してくれつつも、何がつぼにはまったのか、一向に笑いを治める気配がない。視線を男に戻せば、こちらもまだ固まっている。

 一体なんなのだ。普通、雇用に当たって雇用条件を明確にするのも、後々面倒な揉め事が起きないように雇用契約書を作成するのも、当然だろう。こっちだって生活がかかっているし、どうせ働くなら、なんの憂いもなく存分に働きたい。それとも何か? 無償で労働を提供しろとでも言うわけか?

 胡乱な目を男に向けると、男は意識が戻ったのか、慌てた様子で首を多く振った。


「い、いえ、そういうわけでは……。もちろん、報酬はお支払いします」


 それならばよい。大きく頷いて先を促すと、変態正装男は先ほどまでの危機感をあおるような笑みではなく、困りきったような、情けない顔で微笑んだ。


「じゃ、条件が合えば、引き受けてもらえるんですね?」

「はい。まずはそちらの条件を提示してください」


 メイドさんがいつの間にか持ってきてくれた紙とペンで細かな条件を詰めていく。給与と期間については、少し議論を交わしたが、お互い概ね満足できる雇用契約書が出来上がった。二人でそれぞれにサインを書き込み、一部ずつ保存することにする。

 

「それでは、よろしくお願いします。グリーシア様」

「エリーシア。わたしのことは、お兄さま、と」

 

 どこか期待するようにこちらを見ている雇用主。本当に妹からお兄さまなんて呼ばれていたのだろうか? かなり怪しい気もするが、これも仕事のうちだ。


「はい、お兄さま」


 頬を赤く染める変た……お兄さまを見て、隣に座ったカルシャがまた笑いのつぼにはまってしまったが、もう勝手にしてくれ。


 こうして、代役エリーシアのお仕事が始まった。





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