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す:スカウト②


 熱い。

 とにかく、熱い。

 「暑い」ではない。「熱い」だ。

 異常な熱さに目を覚ますと、髪が汗で顔に張り付き、腕を動かすと、服が汗を吸ってひどく重たくなっていた。

 視界がきかないなか、少しだけ体を動かしてみると、どうやら人一人が寝返りが打てるぎりぎりの広さのスペースの中にいるらしい。

 左右上下、すべて触れて熱いと感じる壁で覆われている。

 それにしても、どうしてこんなに暗くて熱いんだ?

 まるで鉄板の箱に入れられているかのようだ。

 ……まさか、棺桶?

 火葬にされている自分を想像して、一気に血の気が引く。

 焦って腕を伸ばして天井に触れると、小さな穴がいくつも空いているのがわかった。棺桶、ではないのか。

 ほっと息をついた瞬間に、天井が開いた。

 冷たい空気に、思わず大きく息を吸い込む。

 熱中症になりそうなほど火照った体に、冷たい空気はひどく心地よく感じた。


「ああ、おはようございます」


 聞き覚えのある声に、思わず胡乱な目を向けてしまうが、これは致し方ない。

 異常な真夏の冬装備から、ひんやり涼しいこの場でタンクトップに短パン。今まで蒸し焼きだか鉄板焼きにされていた身としては心地よい限りだが、こいつの体感温度は何か間違っていやしないか、と実に普通の疑問がわいてきた。


「いやいや、まず疑問に思う目の付け所がおかしいですから」


 おかしいとか、お前にだけは言われたくない、ほんとに。

 汗を吸ってすっかり重たくなってしまったスーツを鉄板から引きはがすようにして体を起こすと、短パン色白男がまた腕を取った。

 どついてやろうか、とにらんだ瞬間に、体がふわっ、と浮いて、床に着地した。

 ……なんか、今、おかしくなかったか?

 なんで人の体がふわ、ってなるんだ? 一応成人女性の平均体重より若干重めな自覚がある体がふわ?

 ……ふわ?


「うーん、どうも思考回路についていけないですね。混乱しているんでしょうけど。まぁ、向こうさんは性格やら思考やらには興味ないでしょうし、まぁ、なんとかなりますか」


 ぶつぶつつぶやく男の独り言は、一言残らずしっかり記憶してやった。

 よくわからないが、自分で来た記憶がない見知らぬ場所にいたら、まずは自分の状況を把握することが大切だって、合コンの女王と呼ばれる同僚が言っていたし。


「状況が激しく異なるような気はしますが、一理あります。さて、貴方に詳しい話をさせていただきたいところのなのですが、その前にまずはお風呂でもいかがです?」


 お風呂!

 ただでさえでも今日の残業はハードだった。その上、全身汗まみれで、自分の汗を吸った服が張り付いている状況では、非常に魅力的な申し出だ。

 体感温度のおかしい変質者にしては、気が利いている。

 まぁ、単純に現在進行形で汗まみれで、汗臭い女といるのが嫌なだけかも知れないけれど、汗を流せるなら何でもいい。

 

「では、こちらへどうぞ?」


 促されるままに後をついていくと、今まで自分が鉄板焼きにされていたのは、本当に棺桶の形をしていたり、やけに天井が高くて装飾過多な西洋のお城の一室みたいな場所だったり、気になることは多々あったが、とりあえず、お風呂が先だ。

 案内されたのは脱衣所で、もうひとつあるドアの向こう側に風呂桶が用意されているそうだ。


「後で着替えを用意しておきます。迎えも寄越しますから、それまでごゆっくり」


 どこか芝居がかったようにお辞儀をして男は出て行く。なかなか堂に入った動きだったが、いかんせん、タンクトップに短パンだ。顔がいいだけに、非常に残念だ。

 手早く服を脱いで、念のため用意されていたタオルで身体を隠しつつ風呂場に入る。おお、温泉っぽい。室内で露天風呂を再現したような、岩風呂にちょっと感動しつつ、汗まみれの身体を念入りに洗い流して、ゆっくりお湯に浸る。

 極楽、極楽。

 疲れきっていた身体に、少しとろみがあるお湯が心地良い。

 思う存分ゆっくりと長風呂を楽しんで、髪も洗い流す。ボディソープとかシャンプーがないのはあれだが、このとろみがあるお湯で流すだけでかなりすっきりとする。心なし、お肌もすべすべになっている気がする。家に温泉を引いているなんて、羨ましい限りだ。

 満足して風呂から上がると、脱衣所に自分が脱いだ服が無くなっていた。代わりに、ワンピースが一着。ちょっと待て。これを着ろってか?

 夏場にぴったりな軽い素材で、裾が膝のラインでひらひらする水色のワンピース。これに罪はない。が。下着の類がない。ワンピースをばさばさ振ってみるが、やっぱり下着がない。ノーブラ、ノーパンでこれを着ろと? 米神がひくつく。

 バスタオルで身体を包んだまま、髪を拭きながらこの状況をどうするか、考えていると、軽いノック音の後、人が入ってきた。

 紺色のワンピースに、白エプロン。襟や袖にさりげないレースがあしらわれ、つけている意味があるのか疑問が湧いてくるヘッドキャップ。

 メイドさんだ。

 どこから見ても、間違いなく、メイドさんだ。洋館っぽい家にメイドさんを置くなんて、ある意味徹底されている。あの短パン男は、やっぱり変態だったのか。


「着替え、お気に召しませんでしたか?」


 小さな顔に大きな目。耳の下で切りそろえたボブショートが非常によく似合っているメイドさんは、少し低めのアルトの声でそう聞いてきた。

 ワンピースを広げて、バスタオルを巻いたまま、腕を組んで眉間に皺を寄せていたのだから仕方ないが、何度も言うようだが、ワンピースに罪はない。たとえ後で洗うとしても、下着もつけずに誰かの服を借りるなんて真似はさすがに出来ないだけだ。

 メイドさんはちょっと首をかしげて、ワンピースを手に取ると、ああ、と頷いた。


「これだけ渡されても困ってしまいますよね。確か新品があったはずなので取ってきます。それまで、こちらを召し上がって待っていていただけますか?」

 

 いつの間にか椅子とテーブルが設置されていて、フルーツと飲み物が用意されていた。そういえば、大量に汗をかいた上にお風呂に入って、かなり喉が渇いている。メイドさんはにっこり笑ってコップに桃色のジュースをついで手渡してくれたので、ありがたくいただくことにする。

 甘い、香り。

 少しの酸味が心地よく、一気に飲み干すと、じっとそれを見ていたメイドさんがコップを受け取って椅子を勧める。


「そちらのフルーツも召し上がってくださいね。すぐに戻りますから」


 勧められるまま、色とりどりのカットされたフルーツに手を伸ばす。冷たくて美味しい。メイドさんがそれを見て、満足そうな顔で脱衣所を出て行く。

 下着と靴と櫛と化粧品とアクセサリーの類まで持ってきたメイドさんが戻るまでに、お皿の上のフルーツは綺麗さっぱり美味しくいただいた。

 それをみたメイドさんが、とても嬉しそうな笑顔を浮かべた。




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