こ:幸運②
銀の鏡に映し出されたのは、何かを探しているような、やせこけた少女。
「ああ、彼女だね。リー、か」
薄紅色の瞳が揺らめくように、わずかにその色が濃くなる。
「なるほど。彼女なら、君が気まぐれな幸運を与えてみたくなるのも頷ける」
今、ルータスの目には、彼女のこれまでの人生が全て視えているのだろう。
鏡の中の少女は、探していた何かを見つけたのか、ほっとしたような顔になったあと、急に怒り始めた。枯れ枝のような細い腕の先には、少女よりはいくらかましな幼い子供の腕があり、子供は泣き出している。少女はそれでも許さずに、鬼のような形相で叱り付けているようだ。
それなのに、ルータスはほほえましげにその映像を見ている。
「これが笑えるような状況には見えないが」
「ああ、すまない。私の鏡は音は出せないんだ。頼めるか?」
アンバーはちらり、とルータスを横目で見てから、短い呪文を唱える。
途端に聞こえ出す、少女の声。
『こんな危ないこと、二度としてはだめ!』
いきなりの大音声にルータスが一瞬目を丸くして、それから、また微笑を浮かべた。
『ご、ごめ・・・っ、りいっ、ごめ、なさいっ』
『ごめんじゃないでしょう! ちゃんと誓いなさい!』
『もう、しなっ、もうしないっ、くろさまにちかって!』
ぼろぼろと大きな瞳から涙をこぼしていた子供が大きな声で何かに誓うと、ようやく少女は握り締めていた腕を放して、子供を抱きしめた。
『そうよ。あなたは、あなたを大切にしなくてはだめ。夜の森は危ないって教えたでしょう? 獣に見つかっていたら、あなたは食べられてしまっていたかもしれないのよ?』
『は・・・いっ』
『わかれば、いいの。さ、みんな心配しているよ。帰ろう』
泣きじゃくる子供を背負って、少女は歩き出す。
「あの子は、夜の森に入ったんだね。だから、彼女に見つかって叱られた、というところかな」
「・・・弟か?」
つぶやいた声を拾って、ルータスはちらり、とアンバーを見る。
「そうだね。弟、だ」
何か含みを持たせた言い方に、アンバーはまた口を閉ざして鏡を見つめた。
少女はなかなか泣き止まない子供に子守歌を歌ってやりながら、小さな小屋に入っていった。
その小屋は、以前彼女が寝床にしていた廃屋とは違うことに気づいて、アンバーは鏡から視線をそらした。
「つまり、弟と二人、暮らしているというわけだ」
彼女の仲間の孤児たちは、今頃廃屋で冷たくなっているのだろう。言外にそんな思いを込めて口にすれば、ルータスはくすり、と笑って見せた。
「半分当たりで、半分外れ」
『リイ姉ちゃん、おかえりー!』
『エリス見つかったんだね、よかったぁ』
『心配したよ、エリス!』
ルータスの言葉に答えるように、次々と子供たちの姿が映し出され、子供特有の高い声が響く。
「これは・・・」
狭い小屋の中、大勢の子供たちがいた。
『みんな、ごめんなさい!』
『エリスはちゃんと反省して黒様にもうしないって誓ったわ。さぁ、みんなももう寝るわよ!』
わらわらとあちこちから出てくる子供たちを寝床に戻しながら、少女は一人ひとりにおやすみのキスをしていく。
『エリス、寝る前の感謝の言葉を』
『くろさま!きょうも、いちにちいきていけました、ありがとうございました!』
『ありがとうございました!』
『あしたもいちにち、げんきにいきていきます!おやすみなさい!』
『おやすみなさい!』
子供たちは大きな声で感謝と挨拶をいうと、それぞれ小さな声でおやすみを交わして眠ったようだ。
少女はそれを見届けると幸せそうに微笑み。
『黒様、ありがとうございます』
そうつぶやいて、目を閉じた。
そこで少女の姿は消え、元の鏡に戻った。ルータスが左手を振ると、鏡は音もなく消える。
「彼女はとても賢い子だね。君からもらった幸運を、余すところなく活用したんだよ」
呆然としているアンバーにルータスはくすくすと笑ってみせる。
「彼女は、ずっと貧しかったからこそ、その日一日だけ満腹になっても、それから先、また飢えることを知っていたんだ。だから、食料ではなく、銀貨を望んだんだろうね」
銀貨20枚。
彼女はまず、銀貨1枚で麦と塩、薬を買えるだけ買った。
それから仕立て屋にいき、見本においている服と靴を買った。
川で髪と身体を洗い、新しい服と靴に着替え、町長の家を訪ね、町外れにあるほとんど使われていない小屋と土地を子供たちのために貸して欲しいと頼み込んだ。子供たちが街の人たちに迷惑をかけないこと、毎日街の大通りを掃除することを条件に許可をもらい、住む場所を得た。
彼女はすぐに隣村まで駆けていくと、知り合いの男性からメスヤギ2頭とオスヤギ1頭を買い取った。
さらに畑道具を買い、苗を分けてもらった。
街に戻り、小屋の掃除をし、修理道具を知り合いから借りてみよう見真似で修理した。雨風を防げる寝床に子供たちは大喜びだった。
最初の一月は手探りだったものの、自分たちで畑を耕し、ヤギの乳からチーズやバターを作り、街で大通りの掃除をするついでに大人たちから簡単な仕事をもらって小銭を稼いで、決して裕福ではないが、子供たちが力を合わせて誰一人欠けることなく生き抜いていた。
「本当に、運が強いというか、運を引き寄せるというか。面白い子だ」
それにねぇ、とルータスは面白がるようにアンバーを見る。
「君を“黒様”と呼ぶなんて、見る目がある子じゃないか」
アンバーはぎろり、とルータスをにらみつけると、何も言わずに立ち上がって部屋から出て行った。
その背中を見送ったルータスは、こらえきれずに小さく声に出して笑った。
アンバーは蜜のような金の瞳と髪を持つ。好んで着る服は深い青。
それでも、彼女はアンバーを“黒”と呼び、感謝の祈りをささげているのは、偶然なのか、アンバーの本質を見抜いたからなのか。
「どちらにしても、彼女と君とはすでに絆が出来ているのだよ、アンバー」
君が好むと好まざるとに関わらず。
しばらく一人で笑っていたルータスは、自分の髪を一本抜くと小さな指輪に変化させた。
「我が幼馴染殿と絆を結んだ貴女に、幸運を」
あえて言葉に乗せた力を注ぐと、指輪は解けるように手のひらから消え、明日の朝には彼女の細い小指に納まっていることだろう。
しばらくは彼女のことでアンバーをからかえそうだ。
ルータスはふてくされた顔をするアンバーを思い浮かべて、またこみ上げてきた笑いに身を任せた。