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パワハラ上等!  作者:
2/2

効率化って、悪いことですか?

翌朝。


破和原が出社したとき、七篠カイトはすでに席に座っていた。

黒いリュックは机の横にきっちり置かれ、ノートパソコンの画面には社内システムのログイン画面。

片耳にはワイヤレスイヤホン。

手元には紙のメモではなく、タブレット。



「……早いな」

破和原が声をかけると、七篠はイヤホンを外して立ち上がった。

「おはようございます。始業前に環境設定を終わらせておこうと思いまして」

「環境設定?」

「社内メール、勤怠、チャット、共有フォルダ、全部見ました。あと、共有フォルダの資料も一通り確認しました」

周囲が一瞬だけ静かになった。


「……一通り?」

「はい。量は多かったですけど、フォルダ構成が古かったので、検索すればそこまで時間はかかりませんでした」

悪気のない声だった。

悪気がないから、余計に刺さることもある。




隣の席の若手が小声でつぶやいた。

「え、もう見たの……?」

ベテラン社員は腕を組んだまま、眉間にしわを寄せていた。

「最近の子は早いねぇ」

褒めているようで、褒めていない声だった。

破和原は、七篠の画面をちらりと見た。

たしかに整理されている。

必要な情報にすぐ飛べるよう、リンク集まで作ってある。

仕事は早い。

覚えも悪くない。

むしろ、かなりいい。

だが。



「お前、それ誰かに聞いたか?」

「いえ。マニュアルに書いてあったので」

「……そうか」

破和原はそれ以上、何も言わなかった。

まだ怒る場面じゃない。

まだ叱る場面でもない。

ただ、喉の奥に小さな骨が引っかかったような感覚だけが残った。





昼前。


先輩社員の丸井が、七篠に声をかけた。

「七篠くん、ちょっとこれ、紙でまとめといてくれる?」

丸井が渡したのは、取引先別の対応履歴だった。

古い書式の一覧表。

手書きメモも混じっている。

七篠はそれを受け取り、数秒だけ眺めた。

「これ、紙でまとめる必要ありますか?」


丸井の手が止まった。

「え?」

「Excelで共有したほうが早いと思います。検索もできますし、更新もできますし」

「いや、まあ、そうなんだけどさ」

「ではExcelで作ります」

七篠はそう言って、席に戻った。

丸井はしばらくその背中を見ていた。

「……そうなんだけどさ」


同じ言葉を、もう一度だけ小さく言った。





一時間後。


七篠が作った一覧表は、かなり見やすかった。


取引先名。

担当者。

過去の対応履歴。

注意点。

次回連絡予定。

色分けもされている。


しかも、古い紙資料より明らかに使いやすい。


「できました」

七篠が丸井に共有リンクを送る。

丸井は画面を見て、黙った。

「……早いね」

「ありがとうございます」

「いや、うん。助かるよ。助かるんだけど」

「はい」

「いや、こういうの嫌がる人もいるからさ……」

七篠は首をかしげた。

「でも、紙よりこちらのほうが効率的ですよね?」

「……効率化って、悪いことですか?」



丸井は言葉に詰まった。




効率で言えば、七篠が正しい。

見やすさで言えば、七篠が正しい。

結果だけ見れば、七篠が正しい。


だから、面倒くさい。

正しい奴ほど、扱いに困る。






午後の小会議。


七篠は黙って座っていた。

話も聞いている。

メモも取っている。


ただし、紙ではない。

タブレットだ。


会議が終わると、七篠はすぐに社内チャットへ投稿した。


【本日の会議要点】

・A社への提案資料は金曜午前までに修正

・B社の見積もりは丸井さん確認後に送付

・新規案件の初回連絡は来週月曜

・課題:情報共有の属人化


最後の一行で、空気が少し止まった。


情報共有の属人化。


言っていることは間違っていない。

だが、新人二日目が言うには、少し早い。


「おいおい、七篠くん」

ベテラン社員の倉田が苦笑した。

「いきなり課題とか言っちゃう?」

七篠は表情を変えなかった。


「会議内で出ていた内容をまとめただけです」

「いや、まあ、出てたけどさ」

「違っていましたか?」

倉田は笑ったまま黙った。


違ってはいない。


だから、また面倒くさい。


破和原はチャットの画面を見ながら、こめかみを押さえた。


こいつは仕事ができないわけじゃない。

むしろ、できる側だ。

ただ。

順番を知らない。


誰が、いつ、どこで、どう言えば通るのか。

それをまだ知らない。


正しさは、出し方を間違えると角が立つ。

そのことを、七篠はまだ知らない。






夕方。


七篠は定時の五分前に、机の上を片づけ始めた。


周囲がちらりと見る。

昨日の歓迎会拒否の余韻が、まだ残っている。


「七篠」

破和原が声をかけた。

「はい」

「今日、どうだった」

七篠は少し考えた。

「思ったより、非効率な部分が多いです」


周囲の空気が、また少し固まった。


破和原は笑わなかった。

怒りもしなかった。


「そうか」

「はい。ただ、改善できる余地が多いと思いました」

「……そうか」


七篠は真面目な顔で続けた。

「悪く言っているわけではないです」



破和原は、思わず息を吐いた。


改善できる余地。


言葉だけなら前向きだ。

意味だけなら悪くない。


だが、それを聞いた人間がどう感じるかまでは、まだ想像していない。


「七篠」

「はい」

「今日は帰っていい」

「ありがとうございます」

七篠は丁寧に頭を下げた。

そして、定時ぴったりに帰っていった。

昨日と同じように、軽く会釈して。

昨日より少しだけ、職場に小さな傷跡を残して。





七篠の背中が見えなくなると、丸井がぽつりと言った。

「悪い子じゃないんですけどね」

倉田が苦笑する。

「悪い子じゃないのが、一番やりにくいんだよ」

破和原は何も言わなかった。


本当に、その通りだった。


悪気があれば怒れる。

手を抜いていれば叱れる。

不真面目なら切り捨てられる。


だが、七篠カイトは真面目だった。

真面目で、一生懸命で、自分なりに会社を良くしようとしている。


ただ、見えている範囲が狭い。

自分の正しさの外側に、人の感情があることをまだ知らない。


破和原は七篠の残した共有ファイルを開いた。

よくできている。

悔しいくらいに。



「……"効率化って、悪いことですか?"……か」

誰に言うでもなく、破和原はつぶやいた。


悪いことじゃない。

悪いことじゃないから、難しい。


令和の新人は、今日も間違ってはいなかった。


ただ、正しすぎただけだった。



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