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人生逆転スイッチ

 

 昼前、男はノソノソと布団から這い出た。

 二十代後半。定職には就かず、バイトも長続きしない。その日暮らしの生活だ。最近も、コンビニの深夜シフトに遅刻を繰り返し、あっさりクビになったばかり。


 だが男には、わずかな貯金がある。

 しばらくはこのボロアパートでの怠惰な日々を楽しめる──そう高をくくっていた。


 起き抜けにスマホを手に取り、SNSを開く。

 通知が2件。美女アイコンのアカウントからDMが届いていた。見るからに詐欺だ。


「あなたの投稿、センスありますね!笑っちゃいました♡」


 そんな投稿はしていない。どうせテンプレだろうが、男は迷わず返信する。


「ありがとうございます。嬉しいです!」


 しばらくメッセージのやり取りを続けていると、案の定、本題が来る。


「私、今ハマってるアプリがあるんだけど、このサイトに登録して欲しいんだ〜」


 男はニヤリと笑った。


「そんな見え透いた手口に引っかかるかバーカ。真面目に働け、クソ詐欺師」


 相手が返信する前にブロック。

 この瞬間がたまらない。相手の悔しがる顔を想像しながら、布団に戻る。


 詐欺メール、悪質な勧誘電話、SNSの怪しいアカウント──

 そういった“仕掛け”にわざと付き合い、目的達成直前で蹴り倒す。それが男の趣味だった。

 金もかからず、最高にスリリングな暇つぶしだ。


 しばらくゴロゴロしていると、玄関のチャイムが鳴る。

 出てみると、スーツ姿の男が立っていた。スラリと背が高く、妙に整った身なり。こんなアパートには不釣り合いだ。


「こんにちは。こちらの商品をご紹介したく伺いました」


 そう言って、男は手にしていたブリーフケースを開けた。

 中にはモノは入っておらず、ただ中央に、ひとつだけ赤いボタンがついていた。


「“人生逆転スイッチ”でございます」


 ──新手の詐欺か?

 男は目を細める。


「今の人生が不満でしたら、このボタンを押してみてください。状況が“逆転”いたします」


 冗談のような話だ。だが、何かを奪われそうになれば追い返せばいい。

 警察を呼んでもいい。

 そう思いながら、男は軽く笑って言った。


「いいですね。試してみます」


 そして、赤いボタンを──押した。


 ……とくに変化はない。


「何も起きてませんけど」


 そう言った瞬間、スマホに通知が届いた。

 ネットバンキングの入金通知。


 開いてみると、桁違いの大金が口座に振り込まれていた。


「うわっ、マジかよ……!」


 男は慌ててスーツ男を見る。男は穏やかに微笑んでいた。


「お金が振り込まれたようですね。

 世界にはとんでもない大富豪がいますから。あなたと比べれば、資産の差は圧倒的。

 きっとその“格差”が逆転したのでしょう」


 本当に金が入ったのか──疑う余地はない。現実感はないが、アプリの表示も正しい。


「ありがとうございます!……そ、それならお礼を──」


 今や億万長者だ。金ならいくらでもある。

 だがスーツ男は、申し出に首を振る。


「お代は、もう頂いております」


「……え?」


 スーツ男は静かに語り始めた。


「世界には、病気や事故、戦争で、若くして命を落とす人々が大勢います。

 あなたと比べれば、その寿命の差は歴然です。

 ──その“格差”も、逆転したのです。

 あなたが当然のように享受していた“長生きできる運命”を、今、ありがたく頂戴いたしました」


 男の笑顔が凍る。


 スーツ男は一礼し、何事もなかったかのようにアパートの階段を降りていった。

 取り残された男の背中を、じわりと冷たい汗が伝っていた。


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