第一章:アイドルの娘として
「お母さんがいた場所に、私も立ちたい」
――それは、小学校の卒業式の日。朝比奈美咲が初めて、家族の前で口にした“夢”だった。
桜が舞う帰り道。白い卒業服の裾を風が揺らしていた。母・紗奈はその横顔を見て、静かに微笑んだ。父・翔太は「お、ついにその言葉が出たな」と茶化しながらも、誇らしげに頷いた。
美咲は、国民的アイドル・朝比奈紗奈と、その伝説のマネージャーだった藤宮翔太の娘として生まれた。兄・未来翔は名プロデューサーとして業界で頭角を現し、姉・莉子もすでに芸能の世界に足を踏み入れていた。
だが、美咲は幼いころからその“名前”に、少しだけ戸惑いを覚えていた。
「お母さんみたいになりたい。でも、私自身として見てもらえるのかな」
中学に上がるころには、周囲からの視線が変わり始めていた。
「さすが朝比奈の娘だね」
「やっぱり芸能界に入るの?」
憧れや羨望、時には嫉妬混じりの視線に、美咲は何度も揺れた。
けれど、変わらなかったのは“あの日の気持ち”だった。
――お母さんが立った、あのステージに、私も立ちたい。
――でもそれは、“朝比奈紗奈の娘”としてじゃなく、“朝比奈美咲”として。
中学卒業と同時に、美咲はあるオーディションに応募した。
その名は――SIRIUS 新世代センター候補オーディション。
そこは、かつて母が所属し、数々の伝説を生んだ国民的アイドルグループ。今なお“アイドル戦国時代”と呼ばれる芸能界の中で、トップを走り続ける光の集団。
その舞台に、美咲は“自分の名で”挑もうとしていた。
履歴書には「朝比奈紗奈の娘」とは書かなかった。
歌唱映像も、ダンス映像も、自分で何度も撮り直した。
書類選考の通過連絡が届いたとき、美咲は泣きそうになった。
けれど――本当の戦いは、ここからだった。
オーディション当日。緊張でこわばる面持ちの候補者たちの中、美咲はただ一人、自信と覚悟を秘めた目をしていた。
審査員のひとりが、ふと口にする。
「朝比奈……この名前、どこかで……」
その言葉をさえぎるように、美咲は前を向き、言った。
「朝比奈紗奈の娘です。でも、今日は“朝比奈美咲”で来ました。歌を、聴いてください」
静まり返った会場で、美咲が口を開く。
――歌い出した瞬間、空気が変わった。
それは確かに、母を思わせる美しい声だった。けれど、そこに宿るのは紗奈の模倣ではない。もっと真っ直ぐで、まぶしいほどの情熱をはらんだ、**“美咲の声”**だった。
審査後、控室で待つ美咲のもとに、審査員の一人が声をかけに来た。
「君の声、きっと多くの人の心を動かす。これは、面白くなるかもしれないな」
その言葉に、美咲は小さく笑った。
嬉しさも、プレッシャーも、すべて飲み込んで――覚悟だけが残った。
彼女は思う。
(母さんが立った舞台。今度は、私の足で立つんだ)
夜空に浮かぶ星たちが、まるで彼女の背中を押すように輝いていた。
その名も、SIRIUS――“最も光り輝く恒星”のもとで、少女の物語が幕を開けた。




