第一章:卒業の日、母の歌を背に
五月の柔らかな陽射しが音楽専門学校の屋上を包み込む。未来翔はひとり、そこに立っていた。卒業式を終えたばかりの校舎は、どこか静かで、けれどどこか温かい空気が漂っている。
見上げる青空は限りなく澄みわたり、そよ風が彼の髪を優しく揺らした。どこからともなく、かすかに歌声が聴こえてくるような気がした。
「母さんも、こんな気持ちで空を見上げていたのかな……」
そう呟きながら、未来翔は胸の奥にしまい込んだ記憶の扉をそっと開いた。
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彼の母、朝比奈紗奈は、かつて伝説のアイドルとして輝きを放っていた。誰もが憧れ、誰もが追いつけない存在だった。しかしその華やかな舞台の裏で、紗奈を支え、人生を共にしたのが父、藤宮翔太。彼は紗奈のマネージャーとして、そして夫として、静かに彼女の夢を守り続けた。
そんな二人の息子として生まれた未来翔は、自分の音楽の道を模索しながら、この日を迎えた。だが、ただ歌うだけではない、誰かの夢を支え導く“プロデューサー”という道を志すことを決めていた。
彼の胸の中には、紗奈の歌声がいつも響いていた。
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屋上の片隅に置かれた古いスピーカーから、ふと彼のスマートフォンに流れ始めたのは、母がかつて歌った名曲のイントロだった。未来翔は目を閉じて、深く息を吸い込む。
「母さんの夢を、今度は俺が繋ぐ番だ」
心に誓いを立てた未来翔は、風に揺れる校舎の影を背に、ゆっくりと歩き出した。
新しい世界が、いま、始まろうとしている――。