ガジュマル
大きな大きな、根本が二股に別れた大きな樹木の根っこにくるまれて。
安心なような幸せなような……。
目を開くと、いつもどおりの狭く簡素な自室が視界を覆う。
いつもどおりのはずなのに、なんだかとても良い気分。
そういえば、昨日は久方ぶりに寝酒をしなかった。
アルコールに呑まれていないからか、深く眠れたようだ。
なにか夢を見ていた気がするが、目が覚めた今は思い出せない。
日頃の疲れが溜まっていたようで、泥のように寝ていたみたい。
既に日は昇りきっている。
たまには昼間に外に出てみるのもありかもしれない。
そう思い立って、さっと身支度をする。
照らし出されるアスファルトの下。
跳ね返る日光を浴びるのはいつぶりだろうか。
どちらかといえば、夜行性で。
ふらりと電車に乗って、定期券の途中駅で下車してみる。
電車の車窓からは毎日見ているはずなのに、降りてみると自分が都会の喧騒の一部になったよう。
”人がごみのようだ”とまではいかないが、まあ、似たようなものか。
高架上からはわからないような、路地の間に。
よく目を凝らさないとわからないような薄暗闇のほうを、少しだけ意識を持っていかれて見やった。
「花屋、、か」
普段なら気づかない、気づいても意識も向けないような種類のお店に。
今日はなぜか心を惹かれた。
「ああ、そうか。がじゅまるだったか。」
起きたときに感じた、なんとも言い難い幸せ感。
あれは、いつか一人で訪れた沖縄で。バスに乗って、北のほうに行ったときに。
見つけた大きながじゅまるの樹。
樹齢が何年かなんてわからないくらいに、見上げれば首が痛くなるような大きさ。
あのときに、なんて自分はちっぽけなんだろうと、安心したものだ。
「すみません、こちら、頂けますか?」
立ち止まったときから感じていた視線に対し、そうお願いする。
「あ、すみません。お声かけもせず。
なんだか幸せそうで、躊躇ってしまって。」
思いがけず面映ゆい言葉をかけられて、表情に戸惑う。
「そんな顔を、していましたか。」
「あ、重ねてすみません。変な意味じゃないんですが。」
にへらっとその青年は、言葉を紡いだ。
「その子を見ているお客さまが、なんといいましょうか。
長年の友人に再会した、みたいな表情をされていましたので。」
たしかにそんな気持ちだったかもしれない。
朝から夜まで働いたとして、働きアリのように誰からも注視されない小さな存在で。
それでも、自分は何不自由なく過ごしている。
休日はある、自分の好きなことができる。そんな自分のちっぽけな幸せを日々積み重ねている。
「その子って、よく、キジムナーが住んでいるって言われるんですけど、
キジムナーが幸せを運んできてくれるんですよね。だから、幸せの象徴のような子なんです。」
いつのまにか、青年から渡された鉢を受け取っていた。
まるで、自分がお迎えするのを待っていたような、あるべき場所が自分の手元なのが当たり前のような。
「はい、ちょうど頂戴いたします。」
そんな言葉に我に返って、自分がその子を眺めて固まっていたのに気づいた。
「そんなに大事にしてくれる方のところに行けるなんて、幸せですね。
きっとお客さまにも幸せを運んでくれることでしょうね。」
ありがとうございます、と言葉にならない言葉を返し、
いつのまにか全体的にオレンジがかったアスファルトを歩きだす。
行き詰って始めた一人旅、そんななかで出会ったあの大きな樹に、
当時どれだけ心が救われただろうか。
手元にこの子がいるだけで、当時の気持ちが蘇るようで。
今の幸せを噛み締めて過ごそうと、改めて心に刻んだ。