アザミ
今日も今日とて、満員電車に揺られ、疲れはてながら無機質な建物へ向かう。アナウンスもなく電車は遅れ、時間ぎりぎり出社したものの、一息付く間もなく、すぐさまご機嫌ななめの上司に呼び出される。
怒られた理由はなんだったか。
思い出すことの出来ないほどに理不尽だった。
たしか、頼まれてもない仕事を、終わったのかと聞かれたんだったっけか。
当然、手を付けているはずもなく。
世の中、機嫌で仕事する相手ほど嫌なものはない。
締め切りが過ぎているからと、終えてから帰るように指示され、本人は悠々と定時で帰宅。
偉い人にごまをすって気に入られ、部下には理不尽を突き付ける。
そういう人ほど出世をし、そういう人ほど残り続ける。
同期はどんどんやめていく。自分も、4月に入った新人も、あとどれぐらい保つのだろうか。
やるせなさを胸に残し、今日も今日とて帰路に着く。
たまには、普段と違うことがしたいものだ。
華金はとうとう死語になり、黒金は流行る前にたち消えた。
それでもたまには、華金という言葉を使ってでも、ぱーっと過ごしたいものだ。
後輩を誘って街に繰り出したかったが、自分が帰る頃には既に帰宅しているか、もしくは家庭のある奴しか居なくて。
1人寂しく、ネオンの灯る街を歩く。
あんなところに、お店があったのか。
普段と違う気分で歩いているからか、見慣れない店に目を惹き付けられる。
「工藤生花店」
看板に書かれた街に削ぐ和ぬ店名に、少し興味を惹かれる。
独り身の自分では、なかなか花など買わないが、冷やかしがてら見てみたくなった。
当然、家に花瓶などなく、どうするかなんて後先は考えない。
「いらっしゃいませー」
少年か、青年か。年の頃の読めない相手に迎え入れられた。
「なにかお勧めありますか?」
おすすめもなにもないだろうに、年の功とでも言うべきか、話しかけられたら邪険にはできない。
「喜んで!」
にっこにこの笑顔で迎えられ、面食らう。
なんだか購入しなくてはいけない気分だ。
「こちらなんて、どうでしょう?」
手で示されたのは、小さな花弁が密集したような小さなお花。
なんとも言えず、ほろ苦い気持ちが表情に出ていたのか。
その店員が、慌ててつつ言葉を紡ぐ。
「アザミ、ていうんですけどね。自立とか、気品とかを表すお花なんです。
なんていうか、店内から見えてたお客さんが、自分に自信を持たれているようだったので…」
自分より一回りもふた回りも年若い相手を、慌てふためかせているのが、なんとも面白くなった。
「ははっ。お兄さんには、自分がそんな風に見えてたんですね。」
同僚から頼られることは増えた。仕事に対する自負もある。
けど、他人に、なんなら会話もしたことない赤の他人に、そんな風に見えていたことが更に面白かった。
「光栄です。家に花瓶、ないので花瓶のお勧めも一緒にお願いできますか。」
返した言葉に、相手は安心したようにふにゃっと笑った。
「なんか、変なこと言っちゃったかな、ってとても焦りました。
ありがとうございます!お包みしますね。」
目の前で、綺麗にくるまれる白いアザミを中心に、紫、青の同じ花。
家が華やぐ予感がした。